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部屋と着替え

お待たせしました。

 静まり返った部屋の中、とりあえずオレは如何計野さんに接するべきか悩み始めた。

 ……正直、神さまが来てくれて助かった節はある。だって、オレ自身は今はエルのアバターとなっているけれどちゃんとした男性だ。更にいうならば高校生でもある。

 だから、女性と話すという行為がまったく無かったりする。……一応オレがこのゲームに誘った女友達は居る。居るのだが、あいつは武士(・・)だ。女じゃねぇ。

 だと言うのに、この状況だ。しかも、計野さんの見た目は獣人となっているけれど素の状態でもきっと可愛かったことだろう。きっと学校ではもてたりしてたのだろうか?

 少し気になる。……気になるけれど、その前にやらないといけないことにオレは漸く気が付いた。


「えっと、計野さん今着ている服――『ニィナ!』――え?」


 言い終る前に、計野さんは口を挟むようにしてオレの言葉を中断させた。……ニィナ?

 良く分からないと思いながら、計野さんを見ると少しムスッとしているのか頬を膨らませていた。……怒っているつもりなのだろうけど、凄く可愛らしく思う。

 いったいどうしたのだろうかと思っていると、わかっていないと理解したらしく計野さんはオレを見てきた。


「リアルネームはダメだって、神さまもあなたも言ってました。ですから、あたしのことは計野さんではなく、ニィナとちゃんと呼んでください! それも、さんとかちゃんとか付けないで普通に呼び捨てで!」

「あ、ああ、わ……分かった。ニ、ニィナ……」


 何というか、計野さん……いや、ニィナの凄い剣幕に押されて、オレは驚きつつもその言葉に頷く。

 というか、ニィナついさっきと比べてちょっと押せ押せになり始めてないか? ……もしかして、これが素とか?

 そう思いながら、その年頃の女子特有の圧力に押されつつニィナを見てみると、凄く……嬉しそうに笑っていた。


「ニィナ……ニィナ……、えへへ……♪」

「ニ、ニィナ……?」

「ふぇっ!? な、何かなエルサ!?」


 突然話しかけられて驚いたのか、ニィナはビクッとしながら耳と尻尾をピンと立ててこっちを見てきた。

 いや、何かなって……こっちのほうが何かなだよ。心で小さくツッコミを入れつつ、それを言ったらややこしいことになりそうな予感がしたのでお口をチャックし、用件を語ることにした。


「それでな、ニィナ。いい加減その入院患者の服から違う服に着替えるべきだと思うんだ。あと、部屋のほうも用意しないとって思ってさ」

「あ……。そっか、この服ってこういう所だと目立つんだよね?」


 オレの言葉でニィナも今の自分の服装を思い出したらしく、着ている服の胸元辺りを引っ張りつつ見ている。

 そんなニィナを見つつすぐに服を用意しようと思ったオレだったが、先に部屋を用意したほうが良いと考え直した。

 というよりも、リビングで着替えさせるなんて酷いよな。


「先に部屋のほうに案内するから、付いてきてくれるか?」

「あ、はいっ!」


 オレがそう言うと、ニィナは嬉しそうに答えオレの後に付いて歩き出した。

 リビングを抜け、2階の階段を上り……オレの部屋を通り抜けて、客室として造られている一室のドアノブに手をかけた。

 ちなみに中は質素なもので、客人用のベッドと衣装ダンスと椅子が2脚と足の高い丸テーブルが1つあるぐらいの部屋である。

 そう、そのつもりで扉を開けた。だがそこには……。


「え?」

「? どうしたの、エルサ――え?」


 オレが固まった様子が気になったのか、脇からニィナも部屋の中を見てどういうわけか固まったようだった。

 ……ちなみにオレの場合は固まっている理由の大半は混乱が混じっているからだ。

 何故なら、オレが開けた客室は記憶の中にあった客室とはまったく違った様相をしていたからだった。

 オレの視界に広がる部屋、それは一言で言うなら……少し子供っぽいけれど十分に女の子らしい部屋だった。

 ふかふかの寝心地の良さそうなベッドには、抱き心地が良さそうな大き目のクマさんのぬいぐるみやキモカワマスコットで有名な自殺ネズミのぬいぐるみ。

 木枠の床には柔らかそうな絨毯が敷かれ、その上にはこれまた柔らかそうなクッションと白い丸テーブル。

 机も学習机であり、その上にはカラーリングされた砂が詰まった瓶や昔流行ったアニメのデフォルメぬいぐるみ。

 窓は元のままだけれど、カーテンは薄い緑色のレースカーテンとピンク色の遮光カーテン。

 そして、隅のほうにはこの部屋の持ち主のために用意されているであろう白色の衣装ダンスが置かれていた。


「……え、ナニコレ? オレの知ってる客間じゃないんだけど……?」

「……だ」


 唖然とするオレに対して、ポツリとニィナが何かを呟いた。

 いったいどうしたのかと思いつつニィナを見ると、両手を口元に当てて涙を浮かべていた。


「え? ニ、ニィナ? ど、どうしたんだ……?」

「こ、れ……、あたしの……へや……なんです……!」

「え? それって――っ、メール?」


 涙を流すニィナに話を聞こうとしたオレだったが、頭の中にピンコンという音が響きメールが届いたことを知らせるものだった。

 というか、本当にゲーム時代と何ら変わってないって思えば良いんだなあ。

 そう思いつつ、オレは届いたメールを表示することにした。……とはいっても、メニュー画面からメッセージボタンをタップしてメールに移動を行うだけだ。

 とりあえず、差出人は……運営? いったい如何いうことだと思いつつ、新着メールをタップするとゲーム時代と同じように半透明なプレートにメールの中身が表示されることは無く、スクショと同じようにメールが映像で見たことがある手紙みたいに具現化された。

 ガサリとする紙の感触を感じつつ、オレは具現化したメールを読み始める。

 えーっと、何々?


『あなたのことですからニィナさんを客室に案内しているころだと思います。ですから、ひとつ言い忘れたことをメールを使って送らせていただきますね。

 さて、多分ですが今あなたがたは客室を見てニィナさんが泣いていると思いますが、それには訳があります。

 元々の客室の構造ですが、私の一存で勝手に変えさせていただきました。そして変更を行った部屋は、生前ニィナさんが病院へと入院する前まで暮らしていた部屋を元にさせていただきました。

 もしかしたら、ニィナさんはお礼を言うかも知れませんが、それは私たちではなく両親に向けてください。何故なら、この部屋はニィナさんが治ることを願った両親が何時あなたが戻ってきても構わないためにそのままの形にしていたからです。そのお陰で、すぐに部屋の構造を読み取ることが出来ました。……その結果はこれです。

 本当ならば服なども用意しておきたかったところですが、それはあなたがたに任せるつもりです。ですから行動を開始しないといけないときまでに色々と準備を整えておくようにお願いします。』


 ……オレはメールを畳むと、ニィナへとそれを差し出した。

 オレから受け取ったメールを読み始め……、全て読み終わったらしくニィナは愛おしそうに手紙を抱き締め――。


「パパ……、ママ……」


 両親のことを想っているのか、静かに涙を流していた。

 ……オレは、彼女が泣き止むまで静かに黙ることにした。


 ◆


「ご、ごめんなさい。突然泣き出しちゃって……」

「いや、あまり気にするな。普通誰だって慣れ親しんだ部屋がそのままあったら嬉しくて無くと思うし」


 30分ほど経過し、泣き止んだニィナが顔を赤らめながらオレに向けて頭を下げてきた。……ちなみに恥かしすぎたからか顔を隠したいようでベッドに置かれたぬいぐるみを抱き締めていた。

 それに対してオレは気にしないように言いつつ、ベッドの前へと移動するとインベントリから服を取り出した。

 それは現在、オレが着ている物と同じ布のワンピースであり、このゲームの女性NPCが基本的に着ている物と同じタイプの物だ。


「とりあえず、一般的に着られている服はこんな感じだけど……着てみるか?」

「うんっ!」


 オレの問い掛けにニィナは歳相応の笑顔で頷き、着ている入院患者の服を脱ごうと――って、待った待った!

 服をインベントリに入れて行うんだって。そう説明すると脱ごうとしていた服を戻し、彼女はベッドの上に置かれた布のワンピースを自分のインベントリの中へと入れたようだ。

 粒子状に消えていく布のワンピースを見ていたオレだったが、すぐにニィナの服装も変化を始めた。


「……どう、かな?」

「うん、可愛いな」

「そ、そう? え、えへへっ♪」


 着替え終えて恥かしそうにニィナが訊ねてきたので、オレはそう答えると彼女は嬉しそうに服を見つつ、クルリと回ったりした。

 だが、オレは彼女が着た布のワンピースの欠点を見つけてしまった。


「あ……」

「? どうしたの、エルサ?」

「尻尾穴……かぁ」


 良く分かっていない彼女だったが、オレは気づいてしまったのだ。尻尾穴、そう……彼女の服には尻尾穴が無ければいけないのだ。

 でないと、ニィナが着る服のお尻部分が持ち上がってしまうのだ。というか、きっと興奮したりして尻尾がピンと立つとパンツ丸見え状態となってしまうに違いない。

 ……家の中ならまだ良い。けれど、街中……街中でそうなったりしたらスクショとか動画撮られたりするに違いない!

 そんな未来を予想しつつ、オレは素直にその事実をニィナへと告げる。

 するとニィナは顔を紅くしてピンと耳と尻尾を立ててしまった。

 そしてそれは予想通り、尻尾はワンピースを捲れ上げさせ……しゃがんだらスカートの中が覗けるようになっていた。

 昔リアルで行われていたコスプレイベントに居たと言うアングラーだったかそんな感じの下から撮影を行う変態が群がりそうだな本当に。

 ……これは、ニィナ用の洋服を創らないといけない……よな?

 オレはそう決意をするのだが……。


「とりあえず、尻尾が隠れている状態だと窮屈だろうし……何か着れる物は無いか見てみるか」

「お、お願い……します」


 オレの言葉にニィナは恥かしそうに頷く。……というか、もじもじするのは止めなさい。

 何というか微妙に恥かしい気分になるから! ……はっ! まさかこれがユリというやつなのかっ!?(違います)

 ……何か今一瞬ツッコミが入った気がするけれど気のせいだろう。そう思いながらもオレはインベントリ内で所持している服を見ていく。

 というか、基本的に普通の人間のアバターばかりだから尻尾穴つきの服なんて無いよなあ…………あ。

 あった。あったんだ……。ふと思い当たる服があるのを思い出し、オレは顔を顰める。

 いや、良く見るとそれ以外にも尻尾穴ありの服は数点はあるな……。けど……。


「あーっと、ニィナさんや」

「どうしたの、エルサ?」

「えっとだな、今からちょっとオレの趣味じゃないけど尻尾穴つきの服を出します。けど、もう一度言うけどこれはオレの趣味じゃあありません。ですから変な誤解をしないようにお願いします」

「?」


 ニィナにそう言うと、彼女は分かっていないらしく首を傾げている。

 まあ、オレが言いたいことは無い。だからオレは見つけた尻尾穴つきの服を幾つか取り出した。

 まず一つめ、これはAA級ダンジョン『悪戯悪魔のトラップハウス』のボスである小悪魔ガロンから低確率でドロップされる衣装の<悪戯悪魔の勝負服>だ。

 見た目を分かり易く言うと、肌にピッチリと張り付く黒いスクール水着っぽいボディースーツ+燕尾服っぽいジャケットという一昔前のオタク要素満載の衣装である。コスプレ好きには興味をそそる逸品であったりする。

 だが、普通に人間がこれを着ると色々と不都合が生じるということが装備をした勇気ある人物によって発覚したのだ。

 その問題とは尻尾穴だった。小悪魔ガロンにはニョロンと生える赤錆色の尻尾が生えていたから問題は無かった。けれど尻尾穴が無いオレたちのアバターであれば、尻尾穴からはお尻がチラリと見えるという屈辱的な様相となっていたのだ。更に言うとピッチリと張り付く水着……つまりはボディラインがくっきりと分かるようになっていたのだ。

 つまり、だ……。アバターという現実の肉体ではないとしてもピッチリとした衣装に身を包んでボディラインが露わとなるのは少し耐えられなかったのだ。

 5ちゃんでは罰ゲームとして男性がそれを着るというスクショもアップされてたりするが、本当に見るに耐えられなかったりした。ガチムチモッコリ、そう言えば理解出来るだろう?

 まあ、お色気ムンムンボディの女性アバターが着用したらムチムチプリンという思わず今だ顕在するある外人を使った4コマ画像のようにガッツポーズをすること間違い無しだろう。

 そんなことを思いつつ、ニィナはこれを見てどんな反応をするのかと気になった。

 出来ればゴミを見るような目で見ないでほし――。


「わぁ♪ なんだか、キラピュアみたいだね!」

「あ、そういう見方できるのか……」


 目を輝かせながらニィナは<悪戯悪魔の勝負服>を広げて見ていた。

 そんな純粋な反応にホッとしつつも、キラピュアを懐かしいと思ったりしていた。ちなみにキラピュアとは休日の朝にやってる少女向けアニメであり、毎年劇場版では一作目からの主人公が勢揃いをして一斉に必殺技を放つことで毎回劇場版の敵を星ごと消滅させるのが大好きなアニメである。

 そんなことを思っていると、ニィナはそれをインベントリ内に収めて装備を選択したようだった。

 直後、彼女の服装は布のワンピースから悪戯悪魔の勝負服へと変化した。

 すると今まで布のワンピースの中で燻っていた猫の尻尾は尻尾穴から出るとニョロンと開放感を味わうかのように動き、キュッと引き締まった太ももが眩しいほどに曝け出され、燕尾服っぽいジャケットがニィナの身体を包み込んだ。


「~~♪ ねえ、エルサ。如何かな?」

「あー……うん、可愛い。と思うぞ」

「えへへ~、そう? そう? ね、ね、写真撮って写真!」


 着替え終わり、ニィナは機嫌良さそうにオレに似合うかを訊ねてきたので率直な意見を語る。

 ちなみに元男としての宿命か着替え終えて楽しそうにクルクルとその場で再び回るニィナをスクショするのは仕方ないと思う。

 だから、ニィナがオレにお願いしてくるころには既にスクショは撮られており、写真となってオレの手に収まっていたのだった。

 それをニィナは疑問に思わないらしく、嬉しそうに写真を受け取ったのだった。

 そしてそんな彼女を見ながら、オレは出そうとしていた<炎龍の花魁衣装(通称:エロ着物)>と<ゴシックドッグドレス(通称:忠犬ゴスロリドレス)>をインベントリの奥へと戻した。

 きっとこれらを出したとしても喜んで着るだろう。その結果、幼く可愛い花魁少女とかデレニャンゴスロリが見れるかも知れない。でもやっぱりこれはいかんと思うわけですよ。


「……うん、もう少しまともな衣装を頑張って創ろう」


 嬉しそうにはしゃぐニィナを見つつ、オレは小さく呟いて決意したのだった。

 ――というか、絶対に創らないとヤバイ!!

高難易度のダンジョン報酬って、時折頭おかしい装備(えろ方向とかキワモノとか)があったりしますよね……。

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アルファポリスでも不定期ですが連載を始めました。良かったら読んでみてください。
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