けもみみもえー!
「……何か、人が多くないか?」
ポツリと呟きながら、オレは自分に向けられる視線を感じつつ、表通りの隅を歩いていた。
時刻は訓練を始めてから半日近く経っているのか、空を見上げると茜色が目立ち始めている。
……VR用のヘッドセットがあれば、それの機能で現実の時刻を調べることが出来るだろうが……どうやらこれにはそんな機能は付いていないらしい。
まあ、ここはオレにとってはもう現実であるというのだから、そういう機能とかが無いのは当たり前だろう。
そう思っていると、オレはある物がインベントリにあることを思い出し、それを取り出した。
見た目は何というか普通に片手で持てるサイズの銀で作られた懐中時計であり、天辺の開閉ボタンを押すとそこにはデジタル表示で2つの時間が表示されていた。
上のほうは現実……というよりも地球の現在時刻が表示されており、下のほうにはゲームであったエルミリサの時間が表示されている。
「ゲーム機本体に時計表示があったからで必要ないって思ってたただのファッションアイテムだけど、今となっては結構重宝することになりそうだなー……」
小さく呟きながら、オレは懐中時計をスカートのポケットへと収めると再び歩き出した。
「マジだって、本当だって言ってるだろっ!?」
「本当なのかぁ?」
「新種族登場って奴か?」
……が、何か馬鹿みたいに騒いでいるプレイヤーたちに気づき、何故だか分からないが気になってしまったオレは彼らの話に聞き耳を立てることにした。
新種族? まあ、ある意味オレも新種族のようなものだけどさあ?
種族名? ……ふ、不人気族? ……やめよう、落ち込み始めてる。
そう思っていると、何度言っても信じてくれない仲間たちに憤慨しながら、その男プレイヤーは再び話を始めたようだ。
「だからよぉ! 俺だけじゃなくて他のプレイヤーも見たんだって! 初めてこのゲームを始めたプレイヤーが降り立つスタート地点の神殿で、猫耳少女が病院で入院している人が着ているような服を着て現れたってのをよー!」
「何度も言うけど、アバターのカスタマイズだろ?」
「ちげーって! だって、カスタマイズショップには獣耳カチューシャとか尻尾アクセはあるけど、俺が見たのは本当に生えてるって感じだったんだって!」
「……お前なぁ、いくら猫耳好きだからってそんな幻想見たらいけないだろ? ちょっと病院行って来いよ」
「嘘じゃねえって言ってんだろ! くそっ、良いよ。だったら、お前らの前に連れて来てやるよ!!」
「そうかー、頑張れよー?」
腹を立てた男プレイヤーはズカズカと足を慣らしながらその場から立ち去って行った。
そんな彼らを唖然としながら見ていると、残された男たちは掲示板で話題になっている感情豊かなエルミリサの話をしだした。
つまりはオレである。……よし、オレも逃げよう。
そう結論を付けて、オレはその場から立ち去ることにした。
ちなみに背後から聞こえてくる声? こんな感じだったさ。
「うおおおっ!? ブルマッ! ブルマ姿の不人気ちゃんっ!? レアすぎるだろっ!!」
「何時も淡々としている表情が、汗を流して息絶え絶えに精一杯走ってるぜっ!!」
「こんな顔……出来たんだなー……」
「おれ、コイツを前にご飯3杯までならお代わりできるぜ」
「というか、何でこんなに個性豊かな不人気ちゃんが居るんだ?」
「運営が新しい人工知能とかを試験的に運用したんじゃねーのか?」
「ってことはだ……、今まで不人気ちゃんを拠点で置物のように思ってて裸で寛いでた俺が悲惨なことになるじゃねーかよ!?」
「おいおい、何お前が裸になってるんだよ? 裸にするのは不人気ちゃんだろ?」
「いやいや、まな板はまな板でしかないのだから裸にしてもそんな趣味の人にしか興奮できねーだろ?」
「というかそもそも裸に出来たか?」
「……お前知らないのかよ? 拠点限定でだなー……」
……変態しかいないようだった。
しかも、無駄に偏った知識しかないタイプの。
◆
「しかし、猫耳少女ねえ……? 可笑しくないか?」
呟きながら、オレは違和感を覚えていた。
何故なら、アバターのカスタマイズというものは初めてゲームをプレイするときは髪の色や顔立ちといった外見特徴を変えるぐらいしか出来なかったはずだ。
そして外見特徴を決めてゲームのチュートリアルを終了してからなら、次回からヘッドセットを取り付けてゲームへとログインする前にアバターショップというものが表示されるようになってそこでアクセサリとしてエルフ耳の飾りを付けたり、猫耳などの動物耳や様々なアイテムを手に入れることが可能なのだ。
要するに初回プレイは髪色とか顔立ちは変えれるけれど、アクセサリは2度目のプレイ以降と言うことだ。
「それがあのプレイヤーたちの会話だと、初めてプレイするプレイヤーが降り立つ神殿にそんな状態で現れた……と? しかも、入院患者が着てる服みたいな感じの?」
2度目のプレイのために受けを狙って行った。そんな考えが一瞬浮かぶが、その考えはすぐに振り払った。
何故なら、初めてプレイをするプレイヤーたちが降り立つ神殿ではログアウトが出来ないからだ。
というよりもこのゲームのログアウトは拠点か宿屋……、時間が掛かるダンジョン内であればダンジョン内に備え付けられたセーフエリア的な場所でのみログアウトが行えるのだから。
「うーん……考えすぎ、かなぁ?」
そう呟きつつ、オレは曲がり角を曲がろうとした。
――が、曲がろうとした瞬間、反対側を駆けていた人物が居たのか、オレはその人物とぶつかった。
「おぶっ!?」「にゃあっ!?」
驚きと共にドシンという尻餅を突いた音が互いのほうから洩れ、お尻の痛みを感じつつオレは起き上がる。
けれど、尻がまだ痛むので擦りながらという少し情けないポーズでだ。
「あ、あいた~……!? こらっ! こんなところいきなり走る馬鹿が居るか!? ちゃんと確認し……ろ……?」
「ご、ごごごめ、ごめっ! ごめんなさ――っ!!」
慌てながらも可愛らしい声でオレにぶつかった存在は謝ってきた。
だが、オレが自分を見ているということに気づいたのか、その……少女は息を呑んだ。
対するオレも、その少女を見て……驚いていた。
何故なら、その少女は……病院の入院患者が着ているようなピンク色の浴衣みたいな服に身を包み、ボサボサとなっている少し長めの髪は白と黒の斑模様。
その髪の天辺にはピョコンと生えるようにして付いている動物……猫の耳。そして、捲れ上がった服の隙間からはヒョロっとした猫のような独特の尻尾。
「ね、猫耳……少女?」
「――――っ!!?」
ポツリと呟いた一言に、少女は戸惑いつつも今にも泣きそうな顔をし、すぐにその場から立ち去ろうとするが……。
『おい、居たかっ!?』
『居ないっ! あっちじゃねーのか!?』
『新種族かも知れないんだ! どうやってなれたのかって話を聞かないと!!』
逃げようとしていた場所から多くのプレイヤーたちの声が聞こえ、その声に怯えたのか少女はビクッと震えて動けなかった。
……多分、あと少しで少女を見つけたプレイヤーたちにこの少女は囲まれて、色んな質問をされるに違いない。
そんな彼らへとこの少女が質問の返答を出来るかと聞かれたら、出来なさそうだ。
そして、それは飛び火してオレのほうにも来るだろう……。仕方ない。
「こっちだ、付いて来い」
「え? あ、あの……」
「速く!」
手を伸ばされた少女は戸惑っていたが、オレの言葉におっかなびっくり手を繋いだ。
その柔らかな手の感触を感じつつ、オレは少女を連れて駆け出した。
とりあえず、目指すは……家だな。
――――― ???サイド ―――――
眩い光に目がちかちかとして、ゆっくりと目が慣れていくと共に……あたしは周りがざわめいていることに気が付いた。
そして、完全に目が慣れきって周囲の状況が分かった瞬間、あたしの口からは……。
「え?」
呆気に取られた声が洩れただけだった。
何故なら、あたしの目の前に居る人たちは中学校のころに読んだことのあるファンタジーマンガや子供のころに近所の男友達の家で見ていたゲームで見たことのあるような鎧を着て剣を持っている人が多かったからだ。
右を見ても、左を見ても……男の人も女の人も、若い人もお年寄りの人も鎧を着たり、おとぎ話でしか見たことが無いような服装をした人ばかりだった。
え? ど、どういう……こと??
頭がグルグルとしている中で、その中の一人である鎧を着た男の人が恐る恐る……あたしに声をかけてきた。
「えっと……キミって、初心者……だよね? なのに種族はどう見ても獣人だし……着ている服も、何だか病院服って感じ出し……」
「え?」
この人が何を言っているのか、あたしには全然分からなかった。
初心者? 種族? いったい……どういう意味なのだろうか?
わからない、この人が何を言っているのか、全然分からない……。
「キミ、聞こえてる……よね? 質問に答えて――」
「――っ!!」
伸ばしてきた手に、あたしは恐怖を覚えた。というよりも恐怖を抱かないほうが可笑しいに違いない。
何故なら、突然わけも分からないまま、こんな状況に置かれ……。わけのわからないことを言われたら、日本語しか喋れないのに外国に放り出されるような物だと思う。
だから、気が付くと……あたしは逃げるように男の人から離れ、自分を変な瞳で見る人たちから逃げ出していた。
そんな逃げ出したあたしに声をかけているのか、後ろから声が聞こえたけれど……止まる気は無かった。止まり無く……無かった。
けれど逃げるたびに、あたしの姿を見るたびに……周りの人は驚いた顔をしながら、あたしを見つめていた。
時折、すくしょとか訳の分からない言葉が出たが、本当に意味が分からない。
本当に、ここは何処なのだろう? あたしは、何処に来てしまったのか? わからない、本当に、分からない。
頭の中がグルグルとしていく中で、あたしは何とか建物の外へと飛び出すことが出来たようで茜色の光があたしの目を遮った。
「っ!? …………え? にゃに、これ…………?」
目を瞬かせ、周りの景色が見えるようになった瞬間、再びあたしの口からはその言葉が洩れた。
何故なら、あたしの視界に映ったもの。それは……見慣れたビルやマンションが立ち並ぶコンクリートで造られた街並みなどではなかった。
木で作られた家や石が積み重なって造られた家、歴史の教科書の1ページで見たことがあるような石畳の道路、そして先程よりも大勢の人が先程話しかけたり自分を見てきた人たちと同じ姿だった。
クラリと目眩がした。
「あたし……何処に、来ちゃったの……?」
混乱しつつ呟くけれど、誰も返事なんてしてくれるわけが無い。
そんな中、後ろからドタドタという音が聞こえた。姿は見えない。けれど……あたしを追って来てる?
捕まると、どんなことをされるか分かったものではない。
だから、あたしは……逃げることを決意した。
『何だアレ!?』
『猫耳っ!? ケモナー大歓喜っ!!』
『ピコピコ動いてるぅぅぅぅぅ!?』
『新種族登場ッ! キタコレェェェ!!』
大通りだと思う道を一心不乱で駆けていると、周りからそんな言葉がかけられ訳がまったく分からない。
けれど、この訳の分からない視線にさらされることに耐えられなくなったあたしは、気が付くと大通りを曲がって小路に入り込んでいた。
それでも何故かあたしを追いかけてくる人たちが居るらしく、恐怖ばかりを感じた。
怖い、怖い怖い、怖い怖い怖いッ!!
焦りながら、足が痛くなるのを堪えてあたしは走り、曲がり角を曲がった瞬間――誰かとぶつかった。




