エピローグ:「雪乃」
前の『エピローグ:「雪野」』とは別の内容です。
全てのピースが噛み合ったような感覚と共に、目を開く。
目の前には『CLEAR』の文字が書かれた壁がある。
ゲームは終わった。もう体を支配していた痛みは無い。もう自分は『ダフネ』では無いのだから。
そこに一抹の寂しさを感じてしまうが、それを振り払い、『生還者リスト』と書かれた壁を見る。
そして、その中にユキノの名前を見つけて安堵した。
『波江雪乃』。大丈夫だ。きちんとある。
あいうえお順に名前は書いてあるらしく、ユキノの名前の上にはちゃんと自分の名前もあった。
これで、本当に、このゲームは終わりだ。
スタッフロールが流れる壁の間を進んでいくと、『EXIT』と書かれた壁がある。
それをぶち破って進めば、やがて光が溢れて何も見えなくなる。
ホワイトアウトした視界が暗く沈んでいき、そしてそこにノイズが混じり始める。
……音が聞こえる。
連続して響く鈍い音と、誰かの声だ。ひたすら自分を呼んでいる。
目を開くと、カプセル状のVRマシンのカバーを叩きながら俺を呼んでいるらしいユキノが見えた。
俺が目を開いたことに気付いたらしいユキノはカバーを叩くのを止める。
操作して蓋を開けると、ユキノが弾丸のように突っ込んできた。
そして腹部にダメージを与えてくれながら抱き付いてくる。
「イサナぁ」
「ん」
「心配、したんだからね!ほんとに!イサナ、だけっ、起きてないし!」
ユキノがつらつらと恨み言を言ってくるが、それが涙声なので、腕を背中に回して背を軽く叩くに留める。
昔からユキノが泣いた時はこうやって泣き止ませるのが習いだ。
「見てた、ら、イサナ、凄く危ないこと、いっぱい、してるし!なんでお金集める、とか、アイテムにする、とか、そっちにしなかったの!絶対、イサナそっちでも、できるじゃん!イサナなんだから!」
……ユキノのしっちゃかめっちゃかな話の断片をつなぎ合わせていくと、どうやら『暫定死亡者』はずっと『挑戦者』の様子を、実況プレイを見るかのように見ていたのだそうだ。
……あまりユキノに見られたくないような事もやっていた気がする。
やめよう。思い出さないようにしよう。精神衛生の為に。
「イサナが、死んじゃうかと、思った……」
そして、一頻り言葉を吐いて満足したのか、やっとユキノは離れた。
……肩のあたりのシャツが肌に張り付いている。ハンカチ代わりにされたらしい。……ったく。
「イサナぁ」
「なんだ」
「……イサナ連れてきて、良かった」
ほら見ろ。やっぱり先に言われた。恩着せがましくこっちから言ってやろうと思っていたのに。
「ありがと、イサナ」
涙の残る顔でへにゃり、と笑うものだから、こっちからはもう何も言う事が無い。
つくづく、こいつは得な性分をしていると思う。
それから結局、丸1日近く会場に拘束された。
今回のデスゲーム騒ぎの処理の為だ。
デスゲーム仕様になったのは『プログラムの暴走』が原因だった、とのことだ。
幸いな事に死者は出ていないし、まだ目が覚めない人についても救出活動中だ。
……しかし、死者が出ていないとはいえ、システム上、殺せるようにはなっていたらしい。
なんでも、プラシーボ効果の応用で人を殺せる、んだとか。
……思い込みの力だけで人は死ぬ。あれだけリアルなVRゲームだったんだから、プラシーボ効果でプレイヤーを殺すことだって十分可能だったろう。
何故そんな『バグ』が起きたのかは分からないが……VRゲーム。現実と大差ない世界。……バベルの塔。高く塔を築き過ぎた為、人間は神の怒りに触れた……なんていう事を、つらつらと考えてみたりもする。
勿論そこに意味は無い。正解でも無いだろう。ゲームに神など居やしない。仮に居るとしたら……ゲームにおける神とは、製作者のことだろうか。
また、あのゲームの条件1を達成できたのは結局、自分の他には2名のみだった。
1人は『甲』……つまり、金稼ぎルートをやっていた人だ。
この人はユキノが話を聞いたところによれば、『バグ?なにそれ?』というタイプで……ひたすら金の事を考え、早々に恋愛シミュレーションを国家経営シミュレーションに切り替え、驚くべきことに一回もバグを起こさずに999999999999ペタルを稼いだらしい。
もう1人の方は話を聞けていないが、『丁』ルートの人だったんじゃないかと思う。なんとなく。
……まあ、どうでもいいことだ。
その日1日を終えた所で、目覚めていない人も全員目覚め、無事に帰宅することができるようになった。
ユキノと一緒に会場を出る為、受付をまた通る。
ユキノが退場の簡単な手続きをしながら、受付のお姉さんににっこり笑ってこんなことを言われていた。
「彼氏さん、カッコイイですね」
だろうな。そうくるだろうな。あまりユキノと似ていない、とよく言われる。
「違います。こいつ、妹です」
別に勘違いされていても問題は無いんだろうが、とりあえず訂正しておいた。
「え、あ、ご兄弟……失礼しました」
なんなら保険証見るか?ユキノと苗字が同じだ。そして何より、保険の名義が一緒だ。ユキノ共々親父の名義だからな。
会場を出て駅に向かって歩く途中、ユキノがやや頬を膨らませ気味に覗きこんできた。
「別に勘違いされててもいいじゃん」
「面倒だろう」
「面白いじゃん」
ユキノの面白い、とこちらの面倒、は大体一致することが多い。
こちらの面白い、がユキノの面倒、であることも言わずもがなだが。
「面白いと言えば、VR謎解きアクションが楽しみだな、ユキノ」
「……んー、それはあんまり楽しみじゃないんだよね……」
ほら見ろ。これだ。
……もしかして、今回のデスゲーム騒ぎでVRゲームに懲りたんだろうか。
「……VR謎解きの奴の次、さあ、なんかもっと、平和なかんじのVRMMO、一緒にやらない?」
全然違った。
そうだった。こいつは嗜好こそ相成れないものの、思考は割と似通っているのだった。
「VRマシンを買う金は無いぞ」
「テストプレイ当てるから大丈夫!」
当てる、と言ったって、当たるかどうかは……当たるだろうな。ユキノは無駄に運がいい。
「ね、次、どんなのにしよっか。良いの知らない?」
「何でもいいが……1つ、条件があるぞ」
思考が似通った妹の事だから、言わなくても伝わっているような気がするが。
「……次は、シミュレーション以外で、頼む」
後書きは活動報告をご覧ください。
明日から短編か中編が始まります。
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