第十話
「今だ、〝勇者〟は見つからず……か」
『王』は自室にて報告書を読み、深いため息をついた。
『勇者』達が『城』を逃げ、既に数日。自国の何処にも手がかり一つ見つからないでいた。既に国外に逃亡したのか、それとも『死』を選び、『命』を絶ったのか。
「いや、それは無いか……」
自ら『命』を断つならば、城から逃げる必要など有りはしない。『勇者』は『召喚者』と生きていく為に、逃げ出したのだから。
本音を言えば、必要なのは『勇者』という『名前』で有って、『エレハイム』と言う女性は必要ないのだ。だが、『勇者』の証とも言える『加護』は『世界』に広まってしまった。同じような容姿の女性を、『偽物』として用意することは出来る。しかし、その『加護』を持つ者は他に居ないのだ。
『魔薬』により『強化』した『兵士』……『強化兵士』の量産は順調だ。だが、それだけでは他国に攻め入るには心許ない。自国の消耗は出来るだけ減らしたい。いくら『強化兵士』でも損失無しで、侵略など出来ないだろう。
『世界』の共通の敵……『魔帝』は『勇者』が『討伐』した。ならその後に起こるのは、『国』による『侵略戦争』だ。『魔帝』が『魔王』を殺し尽くしたが、いつ新たな『魔王』が現れるか解らない。その前に領土を拡大したい。それは何処の『国』もが抱くであろう考えだ。
その中で、『エルテミス』だけが持つ最大の武器が『勇者』だ。何処の『国』もが敵わなかった『魔帝』を『討伐』した者。それだけで『人々』からは絶大な支持を持つ。その『勇者』を筆頭にした『エルテミス軍』は、他国の軍に比べ、多くの民から受け入れるだろう。
しかし、今『エルテミス』に『勇者』は居ない。もし他国に『勇者』が付けば、それは『魔帝』に次ぐ『脅威』だ。故に『勇者』を探す事を諦める訳にもいかない。
「全く、儘ならぬものだ」
再びため息を付き、立ち上がる。窓から外を見れば、夜も更けていた。
「眠れぬ夜が続きそうだ」
訪れぬ『睡魔』を求めるように酒に手を伸ばす。何時になれば再び『安眠』出来る様になるのか……
苦笑いを浮かべ、酒を飲み干す。
そんな事は決まっている。『勇者』を余のモノにした時だ。
その時を思いながら、再び酒に手を伸ばすのだった。
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長い廊下を、私は目的の部屋まで歩く。
視線を左右に振れば、砕けた壁と、それを黙って片付け続ける『兵士』が目に入る。
普通の人が行えばブツブツと文句を言う作業を、何の感情も表さず行う『兵士』達は傍から見れば『異常』だ。
そんな中を黙って歩く『メイド』の私は、酷く場違いな気がする。しかし、此処は『王城』の『廊下』。『メイド』の私が歩いていても可笑しくはない。
そして『王城』をこんなに壊したのは、『勇者』と『召喚者』。
『名誉』と『権力』を捨て、『唯の人』として生きていく事を望んだ『勇者』。
『勇者』の為だけに、『エルテミス』と『敵対』した『召喚者』。
その二人を、私は理解出来ない。
私はこんなに、『名誉』と『権力』を望んでいるのに。
私の名前は、クレア。
『エルテミス』に属する『村』の一つで生まれた農民の娘。そんな私が何故『城』で『メイド』をしているかと言うと、『加護持ち』だから。
『加護』を授けられた私は、最初は歓喜した。農民の娘で終るはずの人生が変転したのだから。そして騎士団に入団。私の人生はここから輝かしい物になると、信じていた私に告げられた言葉は、
――――お前の『加護』は、使い難い。
その一言で、私は『兵士』では無く『メイド』にされた。つまりは、己の腕で『名誉』も『権力』も得られない。
丁度そんな時だ、『勇者』と『召喚者』が『魔帝討伐』から帰ったのは。そして二人を見て、私が思ったのは『嫉妬』だ。
――――何故、私と変わらぬお前達が『加護』によってここまで違う?
――――『魔帝』と戦う? 己の力で『名誉』と『権力』得られるじゃないか。
――――羨ましい、妬ましい、憎らしい。
そして更に許せぬ事は、『勇者』が『名誉』も『権力』を捨て、『唯の女』として生きて行きたいと言った事。
思い出しても憎らしい。私はこんなにも『名誉』も『権力』を求めているのに。
深く息を吐き、前を見る。目的の部屋が見えてきた。
私の今の仕事は、この部屋に放置されていた『勇者』の荷物を片付ける事。
部屋に入り、片隅に置かれた『勇者』の荷物……『剣』と『鎧』と『荷袋』に近づいていく。そして『剣』を手に取った時、
――――ドクン
『剣』の『中』に蓄えられた『力』に、私は気づいた。
その『力』の名は『白光』。今、『エルテミス』が求める物。
『加護持ち』の『武器』や『防具』に、その『加護』が宿る事は多々有る。
しかし、『剣』の『中』に『白光』が有ったとしても、使えなければ意味が無い。
だが、私の『加護』なら……
唾を飲み込みながら、『剣』を抜き放つ。上手くいけば、私の『人生』は再び変わる。久しく言わなかった属性発動音声を宣言する。
「展開」
途端に『剣』から放たれる『白き光』。私はその光の中で笑いながら、『加護』授かった時と同じ感謝を捧げる。
「女神様、感謝します。これで、私は〝幸せ〟になれます」
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『エルテミス』の城下、その中の一軒の家は夜も更けたというのに、今だ灯りを付け眠りにつかないでいた。その家の中に入れば、耳を塞ぎたくなるような『金属』を打ち付け合う音が響く。しかし、その音は家の外には全く漏れていなかった。それは『家具』などの後ろに隠された『エルフ』の秘術、『紋章術式』の効果の為であった。
この家は『鍛冶屋』。店を営むのは『ドワーフ』の夫と、『エルフ』の妻の二人だった。
二人は己たちが持つ、『知識』、『技術』、そして『願い』を込め、二領の『鎧』を製作していた。
そしてこの『鎧』を纏うのは、『勇者』、そして『召喚者』の二人。
そもそも、この『鎧』を作り出したのは約四年前。知り合いの『魔術師』の紹介で『勇者』と『召喚者』の二人と出会った後の事だった。
始めて『勇者』と『召喚者』と出会った感想は、『何処にでも居そうな少女と少年』だった。故にその時渡した『剣』と『鎧』は、『そこそこ性能が良い』程度の物。
当然だろう。『何処にでも居そうな少女と少年』に『魔帝討伐』など出来る筈が無いのだから。
直ぐに諦め、逃げ出すだろう。
『ドワーフ』と『エルフ』の夫婦はそう考えたのだ。
しかし、『勇者』と『召喚者』は諦めず、逃げ出さなかった。
何度も『剣』と『鎧』を持ち込み、修理を依頼する『勇者』と『召喚者』。その身体は傷だらけ、『鎧』には傷と、拭き取っても残った血の跡。それを何度も目にした後、夫婦は『勇者』と『召喚者』一人ずつ別々に訪ねたのだ、
『何故、辛い思いをしてまで世界を救おうとする?』
その疑問に『勇者』は、
「そこで〝世界の平和の為に〟と答えるのが〝勇者〟だと思うのですが……私の戦う理由は、ナオトの為です。彼は〝エルテーニア〟の事情で、本人の意思と関係なく『召喚』されました。それなのに彼は、〝勇者〟と一緒に戦うと言ってくれました。だから、私は女神様と約束しました。私が〝魔帝〟を倒したら、彼の願いだけは叶えて下さいと。だから、私はナオトの為に全力で〝魔帝〟を倒します」
『召喚者』は、
「本音を言えば、〝エルテーニア〟を救おうなんて思って無い。ただ、エリーを護りたい。それだけなんだ。一応、女神と〝魔帝〟を討伐出来たら、帰る、帰らないに関係なく一度俺の世界への穴を開けてくれって、約束してるけど……今は、本当に彼女を護りたいだけなんだ。〝エルテーニア〟で生きている〝人〟には悪いけど、俺の戦う理由はそれだけ」
夫婦は二人の答えに、笑みを返した。
その答えは、『エルテーニア』に生きる多くの『人』に『罵倒』されるだろう。しかし、夫婦にとってはとても満足出来る物だった。
何の臆面もなく「世界の平和の為に」と言う奴など信用出来ない。しかし彼女らは、ただお互いの為に『魔帝』を倒すと言った。それは夫婦にとって、とても好感が持てるものだ。
この時から、二人は夫婦にとって、『勇者』と『召喚者』では無く、『エリー』と『ナオト』になった。
そして、二人の為に自分達の全てを込めた『鎧』を作ると誓い、その日から製作を行ったが、無情にも彼女達はそれから直ぐに『魔帝討伐』に旅立たされた。
その事を『魔術師』から聞いた夫婦は、後悔する。どうしてもっと早く、彼女達と話さなかったかと。そうすれば、この『鎧』も彼女達の『出立』に間に合った筈なのにと。
後悔する夫婦の視線の先には、未だ完成に程遠い『鎧』が有った。
夫婦は『鎧』の製作を止めた。作り上げても、それを纏う二人は既に『エルテミス』に居ないのだから。しかし、その未完成の『鎧』は廃棄されず、『工房』の片隅に置かれていた。
その三年後、夫婦は再び『魔術師』から彼女達の事を聞く。無事に『魔帝討伐』を成し遂げ、『エルテミス』に帰って来ると。
夫婦は二人の無事を喜び、『女神』に感謝した。だが、後に続く『魔術師』の言葉に愕然とする。
『魔術師』曰く、「〝王〟は自らの欲望の為、二人を〝道具〟にするつもりだ」と。
夫婦は顔を見合わせ、そして『工房』の片隅に視線を走らせ、決意を新たにする。
今度こそ、『鎧』を完成させる。
成形した『金属』に『焼入れ』を施す。ある意味『金属の悲鳴』とも聞こえる音が響き、水中から引き上げる事で音が消えていく。『ドワーフ』の夫はその『金属』をしばし眺め、一つ頷くと『エルフ』の妻が居る『作業台』にそれを置く。『エルフ』の妻は『ドワーフ』の夫の顔を見ると頷き、細長い金属棒を持つと『粗熱』しか取れていない『金属』に素手で『紋章』を刻み始める。見る間に焼け爛れていく手、立ち込める肉の焼ける匂い。『エルフ』の妻はその事に悲鳴を上げるどころか、『詩』を詠い始める。
『詩』に聞こえるそれは『術式』。『エルフ』の妻は『紋章』を刻むと同時に『詠唱』する事によって、その『魔力』を『定着』させているのだ。素手で作業を行うのは、厚手の手袋を着けていては細かな『紋章』を刻めないからだ。
その姿を、苦渋に満ちた表情で見守る『ドワーフ』の夫。妻が傷つく事を平気な夫など、居るはずもない。だが、作業を止める事も出来はしない。それは、妻の『職人』のプライドを傷つける事だから。
『ドワーフ』の夫は、『エルフ』の妻に背を向け、己の『作業場』に戻る。まだ、『鎧』は完成していない。
彼女達が無事に『城』から逃げれた事は知っている。そして、『王』が諦めていない事も。
『金属』を打ち付け合う音が再び響く。既に夜も更けた、余り長くは『作業』をしていられない。『兵士』達に見つかれば面倒だ。
夫婦は時間の許す限り、己の『作業』を進めるのであった。
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「九百九十八!……九百九十九!……千!!」
数えが千に到達すると、俺は振っていた『魔帝の剣』を地に突き立てる。それから少し離れた所に置いてあったタオルで汗を拭き、水を浴びるように飲む。
荒かった呼吸が落ち着くのを待ってから、右腕に巻かれていた『包帯』を確かめる。まだ右腕は完治していない。しかし寝てる事に飽きた俺は、こっそり部屋を逃げ出し、『魔帝の剣』を振っていた。
「良かった、傷は開いてないみたいだ」
ただ、少しやり過ぎた。寝ている事で鈍った身体、それを少しでも直そうと夢中になってしまった。エリーに気づかれる前に戻らなければ……
荷物を纏め、部屋に戻ろうとして振り返った時……柔かに微笑むエリーに気がついた。
「あら、修練は終わりですか?」
ゾクッと背筋に寒気が走る。間違いないだろう、エリーは怒っている。俺は恐怖に駆られ謝罪を繰り返す。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ! ちょっと気分転換したかっただけなんです! 許して下さい!!」
だが、俺の言葉はエリーに届かなかった。彼女は何処からともなく『薬』を取り出した。
「いえいえ、修練は大事ですよ~ ただ、自分がどういう状態か解っているのですか~」
その言葉からは恐怖しか感じず、その笑顔からは怒りしか感じない。そしてその手に持つ『薬』からは……更なる寒気を感じる。
「〝妻〟として、そんな無茶をする〝夫〟の為に〝お薬〟をご用意しました。……さあ、飲みなさい」
一歩一歩、確実に迫って来るエリー。だが、俺の視線はその手に持つ『薬』に固定され動かない。不気味な色をし、異様な匂いを撒き散らす『薬』。全身から脂汗が吹き出し、震え始める。
俺は震える口で
「……いや、遠慮します」
拒否を示す、そんなもの断じて飲むものか!
「そんな!? 私の〝お薬〟が飲めないと言うのですか!? ひどい! もう愛が冷めたのですね……」
「え? 何その論理!?」
ひどい裏切りを受けたような表情で俯くエリー。その予想外の姿に俺は狼狽する。クソッ、飲むしかないのか!?
俺の悩む表情を見たエリーは、更に涙を浮かべ俺に懇願してきた。
「ナオト……私を愛しているならば、飲んで下さい! 私の〝お薬〟を!!」
もう、駄目だ……抗えない。
俺は震える手で『薬』を受け取り、嚥下する。
口に広がる苦味、脳に突き刺さるようなエグみ、総じて言うなら、不味すぎる。
それでも何とか飲み干し、俺はエリーに言う。
「……エリー、いくら愛が有っても……出来ない事は有ると思うんだ。そして、この〝薬〟は不味すぎる……」
その言葉を最後に、俺は意識を手放した。
教訓、奥さんは怒らせないようにしよう。
最近、エリーの性格に変化が……
そして、『らぶらぶ』が足りない気がします。ムズカシイ……
こんなおチビですが、これからもよろしくお願いします。
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