最終話 王都への街道と、欲望の芽吹き
村を旅立ってから、二週間が過ぎた。
積もる雪の量は徐々に減り、景色は白銀の世界から、春の芽吹きを感じさせる深い緑の森へと変化していた。 大陸を東西に貫く『インペリアル街道』。 商人たちの馬車や、武具を固めた冒険者たちが行き交うこの賑やかな街道を、私は一人、軽やかな足取りで歩いていた。
背中には旅リュック。 黒革のパンツに、上質なジャケット。銀髪をなびかせ、赤眼を輝かせる私の姿は、すれ違う旅人たちの目を否応なしに引きつけた。
「おい、見ろよ……あの銀髪の女の子……めちゃくちゃ可愛くねえか?」
「おいおい、一人旅か? 危険すぎるだろ、声をかけてやるか……」
男たちの鼻の下を伸ばした視線と、下心に満ちた囁き声。 それらが嫌でも耳に入ってくる。
(くっくっく……かかってきなさい、愚かな男ども。返り討ちにして身ぐるみ剥いでやるからな)
私は心の内で悪魔の笑みを浮かべた。
この二週間の旅で、私は自らの「美貌」という武器の威力を存分に試していた。 道中の宿場町では、「可憐で困っている旅の少女」を演じることで、親切な商人から馬車にタダ乗りさせてもらい、スケベな宿屋の親父からは最高級の部屋を安値で提供させた。 もちろん、たまに出てくる本物の悪党や野盗どもは、物陰で氷魔法を使って人知れずボコボコにし、その所持金を「ありがたく身代金として徴収」してきた。
おかげで、村を出た時には義父から貰った金貨十枚程度だった路資金が、今や金貨五十枚以上に膨れ上がっていたのだ。
(やっぱり、この容姿は最強だな。前世の社畜時代が嘘みたいだぜ)
だが、私の目指す地は、ただの宿場町ではない。 大陸最大の魔法の都——『王都ルブラン』。
そこに存在する大陸最高の教育機関『ルブラン王立魔法学院』の図書館には、古代の失われた魔法技術や、世界の理に関する膨大な書物が眠っているという。 私の目的は、そこでさらに魔法の知識を深め、この世界で誰よりも自由に、誰にも脅かされずに「最高級のタダ飯と優雅な生活」を手に入れる基盤を作ることだ。
「まあ、そのためには……まず合格通知と、手頃なパトロン(金づる)が必要かしらね」
私は一人、優雅に微笑みながら呟いた。
その時だった。
街道の前方から、激しい馬の蹄の音と、剣の交わる金属音が響いてきた。
「助けてくれーッ! 野盗だ! 野盗が出たぞーッ!」
「護衛の騎士どもは何をしている! 姫様をお守りしろ!」
見れば、豪華な装飾が施された貴族の馬車が、十数人の黒づくめの男たちに囲まれて襲撃されていた。 護衛の騎士たちが必死に剣を振るっているが、数に押されて劣勢に立たされている。馬車の窓からは、金髪の可憐な少女が恐怖に顔を引きつらせて外を覗いていた。
(おやおや……これはまた、ベタなイベントが発生したな)
私は木の陰に身を隠し、冷ややかに状況を観察した。
貴族の馬車。豪華な装飾。金髪の美少女。 助ければ、莫大な礼金と、王都での強力なコネ(パトロン)が手に入るのは確実。 だが、リスクもある。野盗どものリーダーらしき男は、大剣を振り回すかなりの手練れだ。
(リスクとリターンを計算……うむ、リターンが圧倒的に勝利!)
私は即座に損得勘定を完了させると、懐から毛織りのマフラー(マーサ義母さんがくれたもの)を取り出し、顔の下半身を覆うように巻いた。
「よし……『可憐だが正体不明の謎の美少女魔法使い』のデビュー戦と行きますか」
私は軽やかに跳躍し、樹木の上を滑るように移動しながら、襲撃の現場へと向かって突撃した。
王都ルブランへの道。 そして、これから巡り会う数々の人々、男たちを手玉に取る怒涛の冒険の日々。 レーベン村で芽生えた銀の芽は、いまや大木となって、この世界全体を揺るがす大魔法使いへの道を走り始めたのだ。
(待ってなさいよ、王都。私の引き立て役になって戴くわ!)
銀糸の髪を風になびかせ、エレナの赤い瞳が、野望と自信に満ち溢れて妖しく輝いていた。




