6 小雪の相談
クッキーを渡してからというもの、小雪に話しかける生徒が少しずつ増えてきた。
今日も、彼女が教室に入ると可憐と苑香が声をかけてくれたのだ。
「一原さん、おはよう」
「ねえねえ、ちょっとこっち来て!」
「……? うん」
彼女達に手招きされるがままに、小雪は二人の元へ歩いていく。
「どうかしたの?」
尋ねると、可憐がスマートフォンで動画を再生してくれた。
今流行している、男性アイドルグループのライブ映像のようだ。衣装が白い王子様みたいで、時折アップになる顔が、どのメンバーも整っている。
「アイドル……?」
「そう。私とそのちゃんの推しの、KingCrownってグループ!」
「この前、武道館でライブしたんだよー! その映像ね」
「そうなんだ……武道館って、すごいね」
小雪が零すと、二人は興奮した様子で頷いた。
「そうなんだよー! 満員で、めっちゃ盛り上がってたの」
「すごく楽しいライブだったから、一原さんにも見せたくなっちゃったんだ。見てくれてありがとう」
「うん、こっちこそ……教えてくれてありがとう。格好よかった」
アイドルのことは良く分からないが、格好よかったのは事実だ。小雪が笑顔を作りながらそう言うと、二人は嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがと! もしまた格好いい映像見つけたら自慢させて」
「ねえ、一原さんは好きな音楽とか、あるの?」
「音楽……」
小雪は普段自分が聞いている曲を思い返す。
アイドル曲は聞かないし、ボーカロイドも別に聞かない。いやそもそも、普段は「好きな曲」と意識して何かを聞く事なんてないのだ。だって、小雪にとって音楽は家事をする時の作業用BGMでしかないのだから。
「あんまり意識して聞かないかも……」
「そっか。じゃあ、好きなものとかは?」
「趣味とか、あるの?」
「趣味……」
小雪は困ったように眉を下げる。
普段は家事ばかりで、自分のための趣味はあまりない。
強いて言うなら、料理と……中学一年生まで続けていた空手は今も好きだが、料理は趣味というより生きるための作業だし、空手は最近できていない。趣味と言うには弱いかもしれないなと、小雪は思う。
「あんまり、自分の時間を作ってこなかったから……これから探してみようかな」
ネガティブになり過ぎると二人に気を遣わせてしまいそうな気がして、小雪は前向きな言葉を口にした。
すると二人は、穏やかに表情を和らげながら小雪に言うのだ。
「何かできたら教えてね」
「もちろん、アイドル推したくなったら一緒に推そうね!」
「あ、そのちゃん、布教に余念がない」
「えへへ。私、同担歓迎だからさあ」
二人が楽しそうに話をするのを見て、小雪は笑顔を作る。
しかし、内心あまり穏やかじゃなかった。
(友達に話せる趣味って……どうやって作ればいいんだろう)
今まで考えたことのない初めての悩みだ。自分一人じゃ分からない。誰かの知恵を借りたい。
(そうだ、春馬君に相談してみよう。同盟関係だし、きっと聞いてくれるよね)
小雪はそう密かに決めたのだった。
* * *
昼休み、小雪は屋上前の階段の踊り場で、春馬と共に弁当を食べていた。
小雪が趣味のことを相談してみると、春馬は春巻きをモグモグとしながら考え込む。
「なるほどねえ。趣味かあ」
「うん。春馬君は何か趣味があるの?」
「俺? そうだなー、昔から音楽はやってたかも。サックスとギターは経験あるよ」
「すご……」
「別に。親の方針でやらされてただけだし、そんなに上手くならなかったからやめさせられちゃった」
春馬が柔らかく笑いながら言うのを見て、小雪は気まずそうに口ごもる。
(悪い事、聞いちゃったかな……笑ってるけど、あんまりいい思い出じゃなさそうだし。前から思ってたけど、春馬君って辛いことも笑いながら言うよね……)
小雪は彼の顔を心配そうに見つめる。
(多分、私に気を遣って辛そうな顔を我慢してくれてるんだよね。どうしたら、春馬君の力になれるんだろう)
小雪に暗い顔で見つめられていることに気づいて、春馬はニコッと笑う。
「また見惚れてるの?」
「ち、違う。心配だっただけ……」
「えー? 何も心配することなくない?」
(ほんとは分かってる癖に……)
察しのいい彼がこちらの考えを分かっていないはずがないと、小雪は確信していた。
分かっているのに敢えて躱しているとしたら、それは「自分の辛さには触れて欲しくない」証なんじゃないか。小雪はそう考え、話を逸らす。
「春馬君の演奏、ちょっと聞いてみたい。私の趣味に繋がるかは分からないけど……」
「あ、そう? じゃあ、聞かせてあげるよ」
春馬は何でもない顔でそう言ってくれた。
話を変えるのが目的だったとはいえ、彼の演奏が聴けるのは素直に嬉しい。小雪は表情をパアッと明るくして口を開く。
「いいの? じゃあ、放課後、楽器を持ってきて公園で――」
「俺の家においでよ」
王子様のように柔らかい笑顔で発せられた、まさかの言葉。
目を丸くした小雪の口から、呆然とした声が漏れる。
「……え?」
「今日の放課後、俺の家においで」
彼の表情は優しい笑顔で、こちらを揶揄う意図は無さそうだった。冗談で言っている訳ではなさそうだ。
友達の家に遊びに行くと考えれば、別に変なことはない。しかし、異性の同級生の家に誘われたのは、小雪にとって初めてで――気恥ずかしくなって、顔が熱くなっていく。
「あれ、顔赤くない?」
「はっ……!」
「あー、家に上がるって聞いて、なんか変な事考えたね? 一原さん、いかがわしいー」
春馬がニヤニヤしながらこちらを見つめてくる。
それが余計に恥ずかしくて、小雪は真っ赤な顔を必死に横に振った。
「そんなこと考えてないもん!」
「そんなことって?」
「も、もう……そんなに言うなら行かない」
「あー、ごめんごめん。大丈夫、男子慣れしてないから緊張してるだけでしょ? 分かってますって」
春馬はヘラりと笑って大きなおにぎりを食べる。
今の表情には、別段「無理をしている様子」は無い。
彼の表情に明るさが戻ったことは安心できたが、それよりも、こんなにドキドキしてしまっている自分が嫌で仕方なかった。
(私……春馬君にドキドキする度に、どうしたらいいか分からなくなって、キツイ態度になっちゃう。友達にこんな態度取るなんて、駄目なのに……どうやって直せばいいのか分からない)
小雪は色白な頬を真っ赤にしたまま、今朝がた作ったタコさんウインナーを口に入れる。
(春馬君と一緒にいるときの私、おかしい……)
彼と出会ってから経験した数々の心の変化。小雪はまだ、それに追いつけていなかった。
* * *
放課後、小雪は緊張しながら、彼と一緒の帰り道を歩いていた。
自転車を押しながら、春馬の隣を急ぎ足で歩く。彼の歩幅が大きいため、置いて行かれないようにと頑張っていたのだ。
「一原さん家って、こっち方向?」
「ううん、逆方向。新しくできたボウリング場があるでしょ? それの奥」
「あー、結構遠いじゃん。それで自転車通学かあ」
春馬は「じゃあ、帰りは遅くならない方がいいか」と呟く。
まだ夏ほど日が長い訳ではない。帰りの時間を考えたら十七時までには春馬の家を出たいところだ。小雪もそう思い、「そうだね」と頷く。
春馬はそれに微笑み、立ち止まった。
「あ、着いたよ」
春馬の視線の先にあったのは、ごく一般的な二階建ての一軒家だった。明るい白色の家の壁は、年季が入っているのか少し汚れている。居間の大きな窓の手前に、家庭菜園の畑があった。何か植わっているが、支柱が立てられているのを見るとトマトだろうか、と小雪は予想する。
「ん、トマトが気になる? ふふ、まだ実ってないけど、お腹すいた?」
「違う。なんとなく目に入っただけ。育ててるの?」
「ばあちゃんが育ててる。毎年美味しいのができるんだよ。今度お裾分けしてあげる」
春馬はそう言いながら、玄関の中に入っていった。
小雪も玄関前に自転車を停め、彼についていく。
「ばあちゃん、ただいまー。友達連れてきた」
春馬が声を掛けると、居間の方から「おかえりー」と優しい声が返ってくる。
パタパタと廊下を歩く音がしたので二人一緒に待っていると、春馬の祖母がしっかりした足取りで歩いてきた。
「友達連れてきたの? ばあちゃんにも紹介して……って、あら!」
祖母は細い桜色の瞳を大きく見開いた後、パアッと破顔した。
「やだ、女の子を連れてきたの? 可愛い子ねえ。彼女さん?」
祖母の言葉に、小雪は顔をボッと赤くして俯く。
春馬は、ピュアな彼女の動揺を面白そうに眺めた後、「友達ね」と訂正した。
「一原さん、紹介させて。こちら、桃世ばあちゃん。一原さんに負けず劣らず、家事の達人」
「そ、そうなんだ……。あ、おばあさん、こんにちは! 私……一原小雪です。春馬君の友達……です」
小雪の挨拶を、桃世は笑顔で頷きながら聞いてくれた。
「小雪さんね。いつも、おうちゃんがありがとう。ゆっくりしていって」
「は、はい……」
「じゃあ、ばあちゃん。俺ら、二階にいるから。俺の部屋ね」
「分かったわ。ばあちゃん居間にいるから、何かあったら呼んで頂戴」
「うん。ギター弾くけど平気?」
「大丈夫よ。気にせず楽しんで」
祖母が笑顔で頷いてくれたのを確認し、春馬は小雪に「部屋まで案内するよ」と告げる。
「ほら、上がって」
「う、うん……」
小雪は玄関で靴を脱ぎ、横向きに揃える。
(男の子の部屋……初めて、だな)
緊張で頬が熱くなる。
なんとか落ち着こうと深呼吸しながら、小雪は階段を上っていく春馬の背中について行った。




