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春色の雪  作者: 月島
第一章 似た者同士の親友同盟
5/18

5 笑って欲しくて

 その週末、小雪(こゆき)はクッキーの生地を型でくり抜いていた。

 家にあった型が丸と星型だったため、丸を一枚、星を二枚ずつ作り、二人分のクッキーを作る。そして、それにチョコチップを入れてオーブンで焼いた。

 今回、小雪(こゆき)がクッキーを渡そうとしているのは、いつもクラスの集まりに誘ってくれる女子二人。名前は分からないが、流石に顔は覚えている。


(ちゃんと渡せるかな……)


 不安に思いながらクッキーが焼けるのを待っていると、父がリビングにやってきた。


「いい匂いがするね。お菓子作ってるの?」

「うん。クッキー焼いてるんだ。クラスの子にあげようと思って。生地が余りそうだし、お父さんの分も焼いてあげるね」

「おお、そっか。それは楽しみだ。じゃあ、小雪(こゆき)のクッキーを楽しみに、もう少し仕事を頑張って来ようかな」


 父はそう言って、また自室の方に戻っていく。

 小雪(こゆき)はそれを見送った後、余った生地を型抜きしようと立ち上がった。

 先ほどと同様に、丸い型で型抜きしようとして……手を止める。


(……あれ、使おうかな)


 小雪(こゆき)は材料を入れていた買い物袋から、新品の型を取り出した。

 先端が二つに分かれている花びらの、桜の型。これを見た時、つい春馬(はるま)のことを思い出して買ってしまった。


(せっかくだし、春馬(はるま)君にも作ろうかな……)


 小雪(こゆき)は赤い顔で桜の型を取り出し、水洗いなどをして準備をする。

 美味しそうな黄色いクッキー生地。それに心を込めながら桜の型を押し当てた。


(友達、だし……お礼に作ってもいいよね?)


 胸が無性にざわざわする。

 卵焼きを食べた時の彼の笑顔が思い出されて、頬が緩んでしまう。


(また、喜んでくれるといいな……)


 小雪(こゆき)は柔らかく微笑みながら、桜型のクッキーを作っていった。


* * *


 翌日の月曜日、小雪(こゆき)は緊張した面持ちで登校した。

 カバンには、昨日作ったクッキーが入っている。後は渡すだけなのだ。

 教室に入り、チラリと彼女達の方を見る。すると、廊下側の席で二人仲良く談笑していた。

 あの中に入っていく勇気が、なかなか出せない。


(うう……なんて声掛ければいいんだろう)


 小雪(こゆき)は息苦しくなりながらも、とりあえず荷物を置きに自分の席に向かう。

 すると、ちょうどそこでスマホが振動した。

 確認すると、春馬(はるま)からのメッセージだった。


 ――いつも誘ってくれてるお礼を伝えたいんだよね? 自分の言葉で、笑顔で、言ってごらん。


 それに次いで、春馬(はるま)から可愛らしいライオンのスタンプが送られてきた。

 笑顔で「君ならできる!」とガッツポーズをするライオンのスタンプだ。まさか、彼がこんなに可愛いものを送って寄越すとは思わず、小雪(こゆき)はクスリと笑ってしまう。


 ――ありがとう。頑張る。


 小雪(こゆき)はそう返信した後、春馬(はるま)の席を見た。

 すると、彼は優しい王子様の笑顔でこちらを向いてくれていた。

 右手の拳で小さくガッツポーズを見せてくれている。きっと、頑張れと言ってくれているのだろう。

 彼の優しさに触れて、小雪(こゆき)の頬が熱くなる。心も自然と温かくなった。


(大丈夫。私なら、できる)


 小雪(こゆき)は、そう心に念じながら、クッキーを両手に持ち、女子生徒達の元へと歩いて行った。


「あ……あの……!」


 思い切って声を掛けると、二人はびっくりした顔で小雪(こゆき)を見ていた。

 二人が困惑していることを感じ取り、ひゅうっと息を飲んでしまう。

 しかし、脳裏に浮かんだ春馬(はるま)の笑顔が、背中を支えてくれた。


 ――大丈夫、できる。


 小雪(こゆき)はあの笑顔を信じて……勇気を出して口を開く。


「いつも……集まりに行けなくて、ごめん。でも、誘ってくれるの、嬉しくて……だから、お礼に作ってきたの」


 赤い顔で、手を震わせながら、小雪(こゆき)は二人にクッキーの袋を差し出した。


「いつも……あ、ありがとう」


 小雪(こゆき)は緊張しながら、二人の返事を待つ。


(受け取って……くれる、かな)


 不安のあまり、目をぎゅっと瞑ってしまう小雪(こゆき)を見て、二人は優しく笑ってくれた。


「ふふ、私達、一原(いちはら)さんに迷惑がられてた訳じゃなかったんだね」

「クッキー美味しそう。ありがとう、一原(いちはら)さん」


 二人が優しい笑顔と共にクッキーを受け取ってくれたのを確認し、小雪(こゆき)は安心して顔を綻ばせた。


(よかった……)

「あ、一原(いちはら)さん!」

「は、はい」


 女子生徒のうちの片方……栗色のセンター分けのショートヘアの女子が、笑顔で自分を指さす。


「私、河原可憐(かわばらかれん)っていうの。よろしくね」


 彼女の向かい側にいるもう片方……黒髪ロングヘアの眼鏡を掛けた女子も、笑いながら自分の胸に手を当てた。


「私は沖浜苑香(おきはまそのか)。もし良ければ、また一緒に話そうね」


 二人のフレンドリーな様子を見て、小雪(こゆき)は明るい笑顔を見せた。


「うん……よ、よろしく」


 ――春馬(はるま)君のお陰で、頑張れた……。


 小雪(こゆき)は彼の優しい笑顔を思い出しながら、胸に手を当てて笑みを零す。色白な頬はほんのりと桜色に染まっていた。

 可愛らしい笑顔を覗かせる彼女のことを、可憐(かれん)苑香(そのか)も嬉しそうに見つめていた。


 ――仲良く話している女子三人の様子を、春馬(はるま)は遠くから観察する。

 その桜色の瞳は、少しだけつまらなそうだった。


(これで、俺も一原(いちはら)さんと一緒にいやすくなるからいいはずなのに……なんで、ちょっとモヤモヤするんだろう)


 周囲の生徒の様子を窺ってみると、みんな小雪(こゆき)が他人と笑顔で話しているのに見惚れているようだった。


「氷の女王……意外と可愛くない?」

「あんな風に笑うのとか、意外かも。てか、お菓子渡してたけど、料理とかできるのかな?」


 彼女の魅力が周囲に知れていく。それが面白くなかった。

 あんなに魅力的な小雪(こゆき)のことだ。誤解が解ければ、きっと瞬く間に大勢の人に囲まれることだろう。

 そうなった時、彼女は俺を優先してくれるのだろうか――。


(……ただの友達なのに、こんなに独占欲持っちゃうとか笑える。俺は彼女に何を求めてるんだよ)


 春馬(はるま)は彼女から目を逸らし、つまらない顔のままスマホを開いた。

 つい、いつもの癖で小雪(こゆき)のトーク画面を見てしまう。

 彼女から新しいメッセージが来ていないのは分かっているのに、どうしてか何度も確認してしまうのだ。


(面倒な人間だな、俺)


 周囲の賑やかな声を聞くのが苦しい。いつもより、胸がザワザワしてしまう。今は誰とも会話がしたくなかった。

 春馬(はるま)はスマホの画面を消して、寝たふりを決め込んだのだった。


* * *


 放課後、小雪(こゆき)は帰る前に春馬(はるま)のトークルームを確認した。

 小雪(こゆき)の「頑張る」というメッセージの後、彼からは連絡が来ていない。彼は昼休みも教室におらず、屋上前の階段に姿を現すこともなかった。六時間目は選択体育なので別授業だが、帰りのホームルームも、彼の席は空席のままだった。まるで、ふらりとどこかへ出掛けているみたいだ。

 以前、彼は「感受性が強い」という話をしていた。だから、もしかしたら精神的に疲れてしまい、人気のないところに避難しているのかもしれない……と思った小雪(こゆき)は、敢えて彼に連絡をしなかったのだが……。


(クッキー渡さなきゃいけないし、さすがに呼び出さないと駄目だよね)


 小雪(こゆき)は少し迷いながらも、タプタプとメッセージを打つ。


 ――渡したいものがあるから会いたい。どこにいる?


 既読がつくが、なかなか返信が返ってこない。もしかして、もう帰ってしまったのだろうか。小雪(こゆき)が不安に思ったその時だ。


 ――旧校舎の教室にいる。この前一緒に行ったところ。


 そう短く返信が来た。


(旧校舎か……早く行こう)


 小雪(こゆき)は荷物を持って、急ぎ足で教室を出た。

 以前彼が案内してくれた道を、今度は一人で歩いていく。


春馬(はるま)君がいないと、なんか……静かだな)


 今までは、そんな静かな日々が小雪(こゆき)の日常だった。彼と出会うまで、友達もいなかったし、敢えて話しかけたいと思う人もいなかった。寂しかったけれど、それは仕方のない事だと思い込んでいた。

 でも……今はそれが落ち着かない。


春馬(はるま)君がいないと、少し……寂しいかも)


 小雪(こゆき)は、ほんの少しの物足りなさを感じながら、旧校舎の玄関に入っていった。


* * *


 三年六組の教室に入ると、春馬(はるま)がこの前と同じ窓際の席に座っていた。

 ぼんやりと窓の外を見ている彼に、小雪(こゆき)はそっと呼びかける。


春馬(はるま)君……!」

「ああ、来たんだ」


 そう言ってこちらを見る春馬(はるま)の顔は、湖で見た時のように儚くて、寂しそうな笑顔だった。

 彼の表情の理由が分からなくて、小雪(こゆき)は戸惑いながらも彼の隣に座る。


「ちょっと、元気ないね」

「ああ……うん。少し疲れちゃったんだ」

「それで、昼も教室にいなかったの……?」

「うん。昼もここにいた。六時間目の選択体育も、ここでサボっちゃった。ソフトボールがだるくてさあ」


 飄々とした笑顔を浮かべながら、頭の後ろで手を組む春馬(はるま)小雪(こゆき)には、彼の様子が辛い気持ちを誤魔化しているように見えた。

 しかし、彼が何に苦しんでいるのかは分からない。

 いつも、掴めそうで掴めないのだ。

 故に、なんと声を掛ければいいのか分からなかった。


「……そっか」

「それだけ?」

「なんて言えばいいのか分からなくて」

「ふーん、そっか」


 春馬(はるま)は笑顔を浮かべたまま、目を閉じて腕を組む。


「……なんで疲れちゃったのか、自分でも少し分からないんだ。ただ、君の声が聞けたらいいなって思ってた」

「私の声……?」

「そう。他人と話すのが苦しいのに、君の声だけは……どうしてか欲しくなる。俺の前で笑ってる君が見たい。一回見たものは忘れないはずなのに、君の笑顔は何回でも見たいんだ。変だよねー、俺」


 そういう癖に、春馬(はるま)は目を開けてくれない。小雪(こゆき)の顔を見てくれない。小雪(こゆき)には、それが酷くもどかしかった。


 ――目を開けて、私を見て欲しい。私のこと、見て欲しい……。


 黙っていられないほどの思いに駆られて、小雪(こゆき)は制服の裾を握りしめながら声を出す。


「私も……そうだよ。春馬(はるま)君と、もっと一緒にいたい。いっぱい話したいし、いっぱい、笑い合いたい……」


 春馬(はるま)が目を開けると、小雪(こゆき)が頬を赤らめながら、潤んだ瞳でこちらを見ていた。


「あなたがいないと、少し、寂しいの」


 そう言って柔らかく微笑む彼女の顔が、網膜に焼き付く。

 もっと、そのまま見つめていたかった。

 昼と夕方の間の日差し。

 古びた旧校舎。

 膝がぶつかってしまいそうな距離感。

 このまま時が止まってしまったら――。


春馬(はるま)君」


 小雪(こゆき)に呼びかけられて、春馬(はるま)は我に返った。


「ああ……何?」

春馬(はるま)君にも、クッキー作ってきたの。この前のお礼に……」


 小雪(こゆき)は、はにかみながらクッキーの入った袋を差し出す。

 前面が透明な包装紙からは、桜型のチョコチップクッキーが覗いていた。


「俺にも作ってくれたんだ。ふふ、桜型かあ……」


 春馬(はるま)の顔が花咲くように綻ぶ。


「嬉しい。ありがとう」


 そう言って無邪気な笑顔を見せてくれた彼に、小雪(こゆき)は目を輝かせながら頷いた。


「あ、あのね……桜の形の型、実は新しく買ったの。春馬(はるま)君の名前に、桜が入ってたのを思い出して……つい、買っちゃったんだ」

「俺の名前を思い出したの? あれ、下の名前って名乗ったっけ?」

「メッセージアプリの名前に書いてあったよ? 春馬(はるま)さくらいちろうって」


 小雪(こゆき)の言葉を聞いた途端、春馬(はるま)が「ぶはっ」と吹き出した。


「ふ……ふふ……さくらいちろうねえ」

「な、何笑ってるの?」


 なんで笑われているのか分からず、慌てた顔で首を傾げる小雪(こゆき)に向かって、春馬(はるま)は笑いながら告げるのだった。


「俺の名前、桜一朗(おういちろう)ね」

「え……!」


 読み間違いに気づいた小雪(こゆき)の顔が、カーッと赤くなる。

 彼女が恥ずかしがっているのを見て、春馬(はるま)はニヤニヤしながら続けた。


一原(いちはら)さんって漢字苦手なの?」

「ち、違うよ! 今回はたまたまだもん!」

「どうかなー? ふはは、あーおもしろ……」

「そんなに笑わなくても……」


 頬を膨らませる小雪(こゆき)を見て、春馬(はるま)は涙を拭いながら微笑む。


「でも、すごく嬉しいよ。俺の事、考えてくれてありがとう」


 彼の優しい微笑み。王子様みたいに、甘い笑顔。

 その顔を見るだけで、小雪(こゆき)が抱えるどんなモヤモヤも吹き飛んでしまう。


 デリカシーが無くて、少しウザくて……飄々と笑ったと思ったら、頭の良さと家族のことで色々抱えていて、時々寂しそうな顔をする彼。

 それでも、一緒に話すと色々な笑顔を見せてくれる彼と一緒にいると、小雪(こゆき)は自然と笑うことができた。


(いろんな顔をするから、少し掴めない人だけど……これから、もっと知れたらいいな。春馬(はるま)君の事)


 二人で笑い合う放課後の時間が、これから先も続くことを、密かに願った小雪(こゆき)だった。


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