表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春色の雪  作者: 月島
第五章 溶ける氷と戻れない過去
19/21

19 歩み寄る

 ゴールデンウィークが明けて以降、学校は徐々に体育祭ムードへと変化していた。

 小雪(こゆき)のクラスでも、六時間目のロングホームルームでそれぞれの出場競技を決めたところだ。

 帰りの前の掃除の時間、小雪(こゆき)は同じ掃除の班である苑香(そのか)可憐(かれん)に、ほうきを動かしながら話しかける。


河原(かわばら)さん、選抜リレーに選ばれるなんてすごいね。足速いんだ」

「えへへ、これでもバスケ部だからねえ」

「うちのバスケ部、東北大会に出てるの知ってる。もしかして、河原(かわばら)さんも出るの?」

「まだ予選終わってないけど、絶対に東北大会出て見せるから応援してて!」


 快活な笑顔でそう言いながらロッカーの上を雑巾で拭く可憐(かれん)。彼女を見ていると、東北大会まで勝ち進むなんて余裕だと思えてしまった。決して楽なことではないはずなのに。

 小雪(こゆき)が「応援してる」と微笑む横で、苑香(そのか)がほうきでごみを集めながらにっこり笑う。


可憐(かれん)。例のあれ、今年も作ったから後であげるね」

「お、ほんとに!? そのちゃんありがとー!」

「例のあれ……?」


 小雪(こゆき)が首を傾げるのを見て、苑香(そのか)はすぐに答えてくれる。


沖浜(おきはま)特製お守り、毎年、可憐(かれん)に作ってるの。バスケで活躍できますようにってお祈りもするんだよ」

「そのちゃんち、神社なんだ。薫野灯里(かおるのあかり)神社ってところ」

「あ、この辺りで一番大きい神社だよね。知ってるよ。初詣、お父さんとよく行く」


 小雪(こゆき)が頷くと、苑香(そのか)は嬉しそうに笑ってくれた。


「知っててもらえて嬉しい。あのね、一原(いちはら)さんにもお守り作ったんだ。もしよければ、後で受け取って」

「いいの?」

「もちろん! 手縫いだけど、見栄えはバッチリだよ」

「そのちゃんのお守りは効果てきめんだから、一原(いちはら)さんにも楽しいことが起きると思う」


 二人が明るく笑ってそう言ってくれるのが嬉しくて、小雪(こゆき)も顔を綻ばせながら頷いたのだった。


* * *


 掃除と帰りのホームルームが終わった後、小雪(こゆき)可憐(かれん)苑香(そのか)の元に向かった。

 廊下側の前から三番目の席。苑香(そのか)の席で、彼女から青い雪の結晶の刺繍が入ったお守りを手渡される。


「雪の模様……可愛い」


 小雪(こゆき)が顔を綻ばせると、苑香(そのか)は優しい笑顔で頷く。


一原(いちはら)さん、お名前が小雪(こゆき)さんだから雪の刺繍を入れてみたんだ」

「名前、覚えててくれたの?」

「もちろん。友達の名前だもの」

「そっか……」


 友達だと思って貰えていたこと、名前を覚えていてくれたこと……どちらも嬉しくて、小雪(こゆき)は頬を薄く染めながら微笑む。


「ありがとう。大事にする」

「そう言って貰えて嬉しい。あ、もし良かったらさ、これからはお名前で呼んでもいい?」

「え……」


 思わぬ提案に、小雪(こゆき)は目を丸くした。

 今まで、名前で呼んでくれる同級生なんていなかったのだ。だから、そう言って貰えることが信じられなかった。


「あ……二人が良ければ、呼んで欲しい……」


 嬉しさと照れ臭さで胸をいっぱいにしながら、小雪(こゆき)は赤い顔で頷く。それを見て、可憐(かれん)苑香(そのか)は顔を見合わせて、嬉しそうに笑った。


「じゃあ小雪(こゆき)ちゃんって呼ばせて!」


 可憐(かれん)が快活な笑顔で言う。

 その横で苑香(そのか)もにっこりしながら頷いた。


「私も小雪(こゆき)ちゃんって呼びたいな」

「う、うん。いいよ、ありがとう……河原(かわばら)さ――」


 河原(かわばら)さん、沖浜(おきはま)さん。そう言おうとして、慌てて口を噤む。

 二人が名前で呼んでくれているのだ。こちらもそうしたい。小雪(こゆき)は勇気を出して口を開く。


可憐(かれん)ちゃん、苑香(そのか)ちゃん……ありがとう」


 真っ赤な顔で緊張しながらそう言うと、二人は目を輝かせて小雪(こゆき)の腕をさする。


「こちらこそだよ! 小雪(こゆき)ちゃん、可愛い……!」

「仲良くなれたみたいで嬉しいよ! これからもいっぱい呼んで」

「う、うん……ふふ、いっぱい呼ぶ」


 二人に喜んで貰えたのが嬉しくて、小雪(こゆき)はふにゃりと笑う。

 その後、苑香(そのか)可憐(かれん)にもお守りを手渡し、二人に向かって笑いながら告げた。


可憐(かれん)のお守りはバスケのことをお祈りしてあるの。でも、小雪(こゆき)ちゃんのお守りには『願いが叶いますように』ってお祈りしたんだ。だから、小雪(こゆき)ちゃんの方でお願い事を決めて、お守りを大事にして欲しいな」

「うん、分かった」


 ――願い事か。

 小雪(こゆき)はお守りを見つめて、何を願おうか考え込む。


(そういえば、親の仲が悪くなってからは生きるのに必死で、願い事とか、あんまり考えてこなかったかも……)

小雪(こゆき)ちゃん、何お願いするの?」


 可憐(かれん)が興味津々といった顔で尋ねてくる。

 この場でお願い事を決めることができなくて、小雪(こゆき)は曖昧に首を傾げた。


「まだ考え中。今まで、叶えたいこととか、あんまり考えないで過ごしてたから」

「そっかあ。素敵なお願いが見つかるといいね」

「うん」


 小雪(こゆき)は二人に頷いて、お守りを丁寧に持ち直した。


* * *


 部活がある二人と別れて、小雪(こゆき)は生徒玄関に向かった。

 靴を履き替えて、玄関の風除室に出たところでふと横を見ると、春馬(はるま)がスマホを見て立っていたのだ。


春馬(はるま)君?」


 声を掛けると、春馬(はるま)は表情をパッと明るくして小雪(こゆき)の方を向いてくれた。


「お、来た来た。おつかれー」

「もしかして、待っててくれたの?」

「うん。君と一緒に行きたい場所を見つけたからさ。放課後、少し時間ある?」

「うん。夜までに帰れるなら……」


 小雪(こゆき)が頷くと、春馬(はるま)は「決まり。行こ」と笑って歩き出した。

 小雪(こゆき)もそれについていく。

 いつものように速足で歩こうとして、彼を置き去りにしてしまいそうになっていると気づき、一人で歩く時のペースに戻した。


「今日、歩くの遅い?」

一原(いちはら)さんはこのぐらいのペースの方が歩きやすいかなって」

「あ……私に合わせてくれたんだ。ありがとう」

「うん。もう置いてかないから」


 春馬(はるま)に柔らかく微笑まれて、小雪(こゆき)は真っ赤な顔で俯く。


(ずるいなあ、もう)

「あー、また照れてる」

「狙ってやってる癖に……」

「そんなことないよ。どれも俺の素直な言葉。狙ってるつもりはないから」


 そう優しい声で言いつつも、顔がニヤニヤと笑っているから微妙に信用できなかった。

 どんなに親しくなっても、彼はたまに掴めないのだ。


春馬(はるま)君って、変な人……」

「そっちの方が仲良くし甲斐があるでしょ」

「自信満々……でも、たしかに見てて飽きないかも」

「ふは、そのまま飽きずにいてよね。俺も努力しますから」

「うん。ふふ、期待してる……」


 小雪(こゆき)がクスリと笑うのを見て、春馬(はるま)も満足げに笑う。

 二人で小雪(こゆき)の自転車を取って、春馬(はるま)のスマホのマップの案内を見ながら歩き始めた。


* * *


 薫野中央(かおるのちゅうおう)駅に続く、駅前の大通りを歩いていく。

 時刻は間もなく四時十五分。駅前通りにも徐々に下校する学生の姿が増えてきている。

 ふと視線を感じて、小雪(こゆき)が反対側の通りを見ると、薫野(かおるの)高校の制服を着た生徒がチラチラと二人の方を窺っていた。

 制服のリボンが水色だから、同学年の生徒だ。しかし、小雪(こゆき)は彼女らのことを知らない。


「誰だろ……」


 彼女の呟きを聞いて、春馬(はるま)は女子生徒の方を見る。そして、納得したように「ああ」と口を開いた。


「三組の伊瀬(いせ)さんと木野(きの)さんだ」

「知ってる人?」

「去年、お菓子を押し付けてきた人と、その友達」


 春馬(はるま)は吐き捨てるように言って、乱暴な笑顔を作る。

 それを見て、小雪(こゆき)は彼が考えていることを察した。


春馬(はるま)君にアプローチしたけど、あしらわれた人……」

「そー。陰で『春馬(はるま)君に気に入られたら将来安泰だよね』って話してた二人ね。そういうの、誰にも聞かれないところで言えばいいのにさ」


 小雪(こゆき)はそれに「そうだね」と同意しながらも、内心穏やかではなかった。


(あの人達、まだ春馬(はるま)君に気があるのかな……)


 そんな不安に襲われ、何も言えずに口を噤む。


 小雪(こゆき)が考えていることを察して、春馬(はるま)は彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「うわ……ちょっと、何するの」

一原(いちはら)さんがいるのに、他の人に目移りすることなんて絶対にないからね?」

「う……信じてるよ。でも、髪ぐちゃぐちゃにしたのは許せない……」


 小雪(こゆき)が顔を真っ赤にしながら頬を膨らませると、春馬(はるま)「ふは」と吹き出して柔らかく笑った。


「ごめんごめん。直してあげるから立ち止まって」


 小雪(こゆき)が立ち止まると、春馬(はるま)は彼女の髪を丁寧に手櫛で整えていった。

 彼に頭を触られていることがくすぐったくて、小雪(こゆき)は赤い顔で目をぎゅっと瞑る。


「ん……」

一原(いちはら)さん、髪サラサラだ。いいなー、羨ましい」


 そう笑いながら髪を整えて、春馬(はるま)は「はい、おしまい」と手を離す。


「綺麗になりましたよ、お姫様」


 おちゃらけた笑顔でそう告げる彼を見て、小雪(こゆき)は赤い顔で呆れていた。


「またふざけたこと言ってる……」

「変な人でいたら、一原(いちはら)さんも俺に飽きずにいてくれるみたいだからさ」

「そのうち、お笑い芸人目指すとか言い出しそう」

「目指すときは一緒にコンビ組んでよ。M-1で優勝しよう」

「絶対やだ」

「ふは、冗談じゃん。ほら、目的地のお店に行きましょ」


 春馬(はるま)はケラケラ笑いながら歩き出す。小雪(こゆき)もそれに並んで自転車を押した。


(モヤモヤすることがあっても、春馬(はるま)君と一緒だと全部『大丈夫』になっちゃうんだもんなあ。不思議)


 小雪(こゆき)は俯きながらはにかんで、自分の歩幅で彼と共に歩いて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ