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春色の雪  作者: 月島
第四章 進む季節と恋心
16/19

16 気遣い

 それぞれが頼んだ料理を受け取り、四人は席に着いた。小雪(こゆき)真宙(まひろ)春馬(はるま)友部(ともべ)がそれぞれ隣同士だ。

 真宙(まひろ)はハキハキした声で「いただきます」と手を合わせた後、ステーキをひと切れ食べて春馬(はるま)の方を見た。


「彼氏君、名前何ていうの?」

春馬桜一朗(はるまおういちろう)です。苗字が春の馬、名前が桜に一朗」

「へー。めっちゃ春の名前。ご家族も桜が好きだったのかな?」

「さあ……小学校の授業で名前の由来を聞いたときは、『桜が満開になるように、才能が咲きますように』みたいなこと言われましたけど」

「ほう、いい由来だね。愛と期待を感じる」


 真宙(まひろ)はニカっと笑って、ステーキを一口食べた。

 彼女の和やかな言葉に対して、小雪(こゆき)友部(ともべ)の表情は暗い。それが真宙(まひろ)は不思議だった。


「私、なんか悪い事聞いちゃった?」

「まさか。名前聞いただけじゃないですか」


 春馬(はるま)は飄々と流して笑う。

 きっと、二人とも自分の家庭事情が悪いことを知っているため、反応に困っているのだろう。それを察して、春馬(はるま)は話を逸らそうと口を開いた。


蒔苗(まかなえ)さんのこと、一原(いちはら)さんから少しだけ聞いてたんです。格好いい幼馴染がいて、その人に憧れて空手を始めたんだって」

「え!? そんなこと言ってたの? ちょっと小雪(こゆき)ったら、可愛いこと言ってくれちゃってー」


 真宙(まひろ)にデレデレと笑顔を向けられ、小雪(こゆき)は照れ顔で頷く。


真宙(まひろ)ちゃんに憧れて始めたの、本当だから……あのね、春馬(はるま)君と……友部(ともべ)君で合ってる?」

「合ってる!」

「よかった。二人にも真宙(まひろ)ちゃんのこと教えたい。あのね、真宙(まひろ)ちゃんは私の三歳年上の幼馴染で、今は大学で空手やってるんだ。葉ノ宮(はのみや)体育大学、分かる? そこの空手部。インカレにも出てる」


 葉ノ宮(はのみや)体育大学といえば、東北随一の体育系大学だ。薫野(かおるの)高校からはバスケ部の生徒が毎年数人、進学している。東北地方でスポーツを極めるなら葉ノ宮(はのみや)が一番だというぐらい、有名である。もちろん、友部(ともべ)春馬(はるま)も知っていた。


葉ノ宮(はのみや)って、スポーツで有名な大学じゃん! 東日本で一二を争うすげーとこでしょ?」


 興奮して目を輝かせる友部(ともべ)を見て、真宙(まひろ)は嬉しそうに「そうだよ」と頬を掻いた。


「私、将来、自分の道場持つのが夢なんだ。そのために、空手を極めたくて頑張ってんの」

真宙(まひろ)ちゃん、本当に空手が上手いんだよ。家の中、優勝カップが沢山」

「まあそうだけど、結果が全てじゃないから。昨日の自分より、今日の自分の方が強くありたいって気持ちで頑張ってる。まだまだ強くなるから、こうご期待ね」


 カラッと笑う真宙(まひろ)に向かって「かっけえ……」と笑う友部(ともべ)の横で、春馬(はるま)も柔らかい笑顔を作っていた。


(うん。雰囲気、元に戻った)


 心の中で、そっと安堵する。

 小雪(こゆき)の幼馴染を不快にさせるのは、今後のためにも避けたいところだったからだ。

 小雪(こゆき)とのやり取りを見る限り、真宙(まひろ)は彼女のことを家族のように大切にしている。そして小雪(こゆき)も、真宙(まひろ)のことが大事なのだ。

 もし、真宙(まひろ)がこちらに嫌な印象を抱き、小雪(こゆき)に「あの男はやめた方がいい」なんて言いでもしたら、彼女は完全に板挟みだ。

 もともと繊細な性格である小雪(こゆき)のことだから、きっと物凄く苦しんでしまうだろう。そう思ったから、春馬(はるま)は絶対に粗相をするしないつもりだった。


 空気が元に戻ったのに安心したのも束の間、春馬(はるま)に次の試練が訪れる。


「まあ、私のことはこの位にして……小雪(こゆき)って、春馬(はるま)君のどこが好きでお付き合いを始めたの?」

「え……!」


 真宙(まひろ)に興味津々な顔で尋ねられ、小雪(こゆき)は顔を赤くしながら春馬(はるま)友部(ともべ)をオロオロと見る。


真宙(まひろ)ちゃんと二人きりならまだしも、春馬(はるま)君だけじゃなくて友部(ともべ)君にも聞かれちゃうの、恥ずかしい……)


 困った顔の小雪(こゆき)を見て、春馬(はるま)は彼女が考えていることを察する。


友部(ともべ)には悪いけど、さすがにそこまで親しくないクラスメイトに聞かれるのは抵抗あるよね)


 春馬(はるま)はチラリと真宙(まひろ)の顔を見る。彼女の顔は期待に満ちた笑顔だった。悪意なんて感じない。ただ、可愛い幼馴染の恋の話を聞きたいだけなのだろう。


 ここでその邪魔をしたら、真宙(まひろ)は気を悪くするかもしれない。それだけではなく、「春馬(はるま)はどんな人なのか話せないような人間なのだ」と誤解させる恐れもあった。


 しかし、小雪(こゆき)に嫌な思いをさせてまで真宙(まひろ)に気に入られることを優先するつもりは無い。

 春馬(はるま)は柔らかく微笑みながら、口を開く。


「俺の話になっちゃうんですけど、俺が思う一原(いちはら)さんの好きなところって、色々ありすぎてこの場でまとめられないんですよね。もしかして、一原(いちはら)さんも同じ?」


 彼が助け船を出してくれたことに気付き、小雪(こゆき)は表情を和らげてコクリと頷く。


「うん、急に答えるの難しくて……真宙(まひろ)ちゃん、また今度、二人で話すときにいっぱい教えるって約束させて。いい?」


 小雪(こゆき)が尋ねると、真宙(まひろ)は快く頷いてくれた。


「もちろん! ふふ、なーんか仲良さげ。いいなあ。ね、友部(ともべ)君?」

「へへ、この二人が楽しげなの、なんか新鮮だけどお似合いっすね!」


 友部(ともべ)は無邪気に笑い、春馬(はるま)の方を見て続ける。


「俺、春馬(はるま)が幸せそうに笑ってんの、すげー嬉しいかも!」

「えー? 何だよそれ」

「だって友達が笑ってたら超嬉しいじゃん! みんなもそうじゃねーの?」

「ふは、友部(ともべ)ってほんと素直。おもしろー」


 春馬(はるま)が揶揄い口調で言うのに、他の三人も笑ってしまった。


「ふふ、小雪(こゆき)の周り、いい人が多くて安心。これからも小雪(こゆき)のことよろしくね」


 真宙(まひろ)の言葉に、二人は明るい笑顔で返事をしたのだった。


* * *


 昼食を食べ終え、四人でフードコートを出たところで、友部(ともべ)のスマートフォンが鳴り響いた。


「あ、ごめん電話!」


 友部(ともべ)は特撮ヒーローのオープニングテーマが鳴り響くスマホをショルダーバッグから取り出し、「もしもし!」と元気よく電話を取る。


「お、サキ! どうした? ……え? 母ちゃんとホットケーキ焼いたから早く帰れって? 分かった、すぐ帰る! アキと父ちゃんに俺の分残しといてって伝えて。じゃ!」


 にこやかに電話を切り、友部(ともべ)春馬(はるま)達に手を合わせた。


「妹と母ちゃんがホットケーキ焼いてくれたみたいなんで、俺帰ります!」

「あ、友部(ともべ)君、帰り電車? よかったら送ってくよ。私、車で来てるから」


 真宙(まひろ)が朗らかに尋ねるが、友部(ともべ)は元気よく「大丈夫です!」と答える。


「俺、チャリなんで」

「そっか。じゃあ、気を付けて帰ってね」

「はい! 春馬(はるま)一原(いちはら)さんは、また学校で会おうぜ。それじゃ!」


 速足で去っていく友部(ともべ)の背中に、春馬(はるま)は「またね」と声を掛ける。小雪(こゆき)も微笑みながら手を振っていた。

 友部(ともべ)を見送った後、真宙(まひろ)は二人にも尋ねる。


「二人は帰りどうする? 家の場所を教えてくれれば、春馬(はるま)君も乗せてくよ」

「俺は電車ですぐ帰れるんで大丈夫です。家から十分以内に駅があるから」


 微笑みながら答えた春馬(はるま)だったが、内心少し疲れていたのだ。

 真宙(まひろ)は悪い人ではない。寧ろ気持ちのいいぐらいの善人だ。だが、感受性の高い春馬(はるま)はどうしても気疲れしてしまっていた。彼女は気持ちが顔に出るタイプのようだったから、余計に神経が敏感になってしまっていたのだ。


「そうなの? じゃあ、気を付けて帰ってね。小雪(こゆき)は?」

「私は……」


 小雪(こゆき)は少し考えたが、春馬(はるま)の方を一瞬見つめて、すぐに答える。


「私も電車で帰る。真宙(まひろ)ちゃん、今日はありがとう」

「こちらこそありがと。元気な顔見られて安心した。……春馬(はるま)君」


 真宙(まひろ)春馬(はるま)の方を見て、ゴールデンレトリバーみたいに人懐っこい笑顔で告げた。


小雪(こゆき)のこと、よろしくね」

「はい。任せてください」


 春馬(はるま)が柔らかい笑顔で答えると、真宙(まひろ)は快活な笑顔で続けた。


「頼もしい。じゃあ二人とも、デート楽しんでね。またね」


 真宙(まひろ)が手をひらりとさせて、駐車場の方へ歩き出す。

 それを見送った後、小雪(こゆき)春馬(はるま)の方に小さく尋ねた。


「ちょっと疲れちゃったよね?」

「ああ、バレた? 顔に出さないように気を付けてたんだけど」


 飄々と笑いながら答えると、小雪(こゆき)は優しく目を細める。


「気を遣ってくれてありがとう。春馬(はるま)君のお陰で、真宙(まひろ)ちゃんも楽しかったと思う」

「そうだといいけど」

真宙(まひろ)ちゃん、嫌な気持ちの時は顔に出るから大丈夫。そういえば、春馬(はるま)君ってどうしてここに来てたの?」


 小雪(こゆき)に尋ねられ、春馬(はるま)は腕時計を確認しながら口を開く。


「ばあちゃんの急須買いに来たんだ。俺も一原(いちはら)さんのこと聞きたいけど、あと三十分で電車来るからさ、駅まで歩きながら話そうよ」

「うん。駅、少し遠いもんね。しかも、次のやつ逃したら夕方まで電車来ないから」

「そういうこと。じゃ、行こうか」


 二人は並んで歩きながら、マーガレットスクエアから涼河(りょうが)駅へと歩き出した。


* * *


 連休の十三時時半の駅前通りは、普段より大勢の人で賑わっていた。

 小雪(こゆき)春馬(はるま)のような学生もいれば、家族で遊園地に行ってきたのだろうなという、お土産の袋を持った親子連れもいる。

 今すれ違った女の子は、レオネードのぬいぐるみを大切に抱えていた。

 小雪(こゆき)がそれを微笑ましく見つめていると、隣から春馬(はるま)に声を掛けられた。


一原(いちはら)さん、今日は蒔苗(まかなえ)さんと服選びしてたの?」

「うん。春馬(はるま)君と遊園地に行くときに来ていく服、一緒に選ぼうって真宙(まひろ)ちゃんが誘ってくれたの。可愛い服買えたから、見せるの楽しみ」


 小雪(こゆき)は無邪気な笑顔で、服屋の袋を大切に持ち直す。

 彼女が楽し気なのが嬉しくて、春馬(はるま)は「今の、いい笑顔」と笑った。


一原(いちはら)さん、本当にブルームランドに行くの楽しみなんだね」

「うん。だって、春馬(はるま)君と初めてのお出掛けだから。いっぱい楽しみたいし、楽しんで欲しい」

「ふふ、一原(いちはら)さんがいたら楽しいの確定だから。いつにする? 連休中でもいいけど」

「じゃあ、明後日とか……一日空けて、疲れ取ってからにしよ」

「了解」


 春馬(はるま)は微笑みながら頷いて、空を見上げた。

 いつも彼女とみる空より、少し日が高い青空。こうやって、初めての景色を彼女と歩けるのは嬉しかった。


「集合時間、どうする?」

「じゃあ、電車の時間に合わせて……十時十五分に涼河(りょうが)駅に集合しよう。ああでも、一緒の電車に乗ってるのかな?」

「そうだね。俺は薫野中央(かおるのちゅうおう)駅から乗るから、多分一原(いちはら)さんより一駅前から乗ってる。車両を伝え合えば会えるかもね」

「じゃあ、そうしよ。一緒に電車乗りたい」


 小雪(こゆき)が明るい顔で頼んでくれる。

 自分の望みを言ってくれるようになったということは、出会った時よりは彼女と親しくなれたということでいいだろう。春馬(はるま)はそれも嬉しかった。


(新しい顔、もっと沢山見せてくれるといいな……)


 そう思い優しいまなざしを彼女に向けていると、不思議そうな顔で首を傾げられた。


「私の顔、何かついてる?」

「ううん、見惚れてただけ」


 優しい顔で微笑みながらそう告げると、彼女の頬が真っ赤になった。


「え……!」

「ふは、顔真っ赤。照れてるの?」

「て、照れるに決まってる……」


 恥ずかしそうに俯く彼女が愛おしくて、春馬(はるま)はつい、彼女の空いた右手を握った。

 自然な流れで、手を繋ぐ。

 春馬(はるま)の行動があまりにもスマートに感じられて、小雪(こゆき)は心の中で「ずるい」と呟いてしまった。


(でも、嬉しい……)


 小雪(こゆき)ははにかみながら手を繋ぎ返した。

 初夏の爽やかな青空。好きな人と迎えた初めての季節。

 今までは聞くたびに胸が苦しくなった、幸せな家族の声も、笑いあう友達同士の声も、お互いと一緒に過ごす時間にあるなら何だって愛せた。

 お互いの存在が傍にいることを感じながら、二人は穏やかに微笑んで手を繋ぎ歩いていった。

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