16 気遣い
それぞれが頼んだ料理を受け取り、四人は席に着いた。小雪と真宙、春馬と友部がそれぞれ隣同士だ。
真宙はハキハキした声で「いただきます」と手を合わせた後、ステーキをひと切れ食べて春馬の方を見た。
「彼氏君、名前何ていうの?」
「春馬桜一朗です。苗字が春の馬、名前が桜に一朗」
「へー。めっちゃ春の名前。ご家族も桜が好きだったのかな?」
「さあ……小学校の授業で名前の由来を聞いたときは、『桜が満開になるように、才能が咲きますように』みたいなこと言われましたけど」
「ほう、いい由来だね。愛と期待を感じる」
真宙はニカっと笑って、ステーキを一口食べた。
彼女の和やかな言葉に対して、小雪と友部の表情は暗い。それが真宙は不思議だった。
「私、なんか悪い事聞いちゃった?」
「まさか。名前聞いただけじゃないですか」
春馬は飄々と流して笑う。
きっと、二人とも自分の家庭事情が悪いことを知っているため、反応に困っているのだろう。それを察して、春馬は話を逸らそうと口を開いた。
「蒔苗さんのこと、一原さんから少しだけ聞いてたんです。格好いい幼馴染がいて、その人に憧れて空手を始めたんだって」
「え!? そんなこと言ってたの? ちょっと小雪ったら、可愛いこと言ってくれちゃってー」
真宙にデレデレと笑顔を向けられ、小雪は照れ顔で頷く。
「真宙ちゃんに憧れて始めたの、本当だから……あのね、春馬君と……友部君で合ってる?」
「合ってる!」
「よかった。二人にも真宙ちゃんのこと教えたい。あのね、真宙ちゃんは私の三歳年上の幼馴染で、今は大学で空手やってるんだ。葉ノ宮体育大学、分かる? そこの空手部。インカレにも出てる」
葉ノ宮体育大学といえば、東北随一の体育系大学だ。薫野高校からはバスケ部の生徒が毎年数人、進学している。東北地方でスポーツを極めるなら葉ノ宮が一番だというぐらい、有名である。もちろん、友部も春馬も知っていた。
「葉ノ宮って、スポーツで有名な大学じゃん! 東日本で一二を争うすげーとこでしょ?」
興奮して目を輝かせる友部を見て、真宙は嬉しそうに「そうだよ」と頬を掻いた。
「私、将来、自分の道場持つのが夢なんだ。そのために、空手を極めたくて頑張ってんの」
「真宙ちゃん、本当に空手が上手いんだよ。家の中、優勝カップが沢山」
「まあそうだけど、結果が全てじゃないから。昨日の自分より、今日の自分の方が強くありたいって気持ちで頑張ってる。まだまだ強くなるから、こうご期待ね」
カラッと笑う真宙に向かって「かっけえ……」と笑う友部の横で、春馬も柔らかい笑顔を作っていた。
(うん。雰囲気、元に戻った)
心の中で、そっと安堵する。
小雪の幼馴染を不快にさせるのは、今後のためにも避けたいところだったからだ。
小雪とのやり取りを見る限り、真宙は彼女のことを家族のように大切にしている。そして小雪も、真宙のことが大事なのだ。
もし、真宙がこちらに嫌な印象を抱き、小雪に「あの男はやめた方がいい」なんて言いでもしたら、彼女は完全に板挟みだ。
もともと繊細な性格である小雪のことだから、きっと物凄く苦しんでしまうだろう。そう思ったから、春馬は絶対に粗相をするしないつもりだった。
空気が元に戻ったのに安心したのも束の間、春馬に次の試練が訪れる。
「まあ、私のことはこの位にして……小雪って、春馬君のどこが好きでお付き合いを始めたの?」
「え……!」
真宙に興味津々な顔で尋ねられ、小雪は顔を赤くしながら春馬と友部をオロオロと見る。
(真宙ちゃんと二人きりならまだしも、春馬君だけじゃなくて友部君にも聞かれちゃうの、恥ずかしい……)
困った顔の小雪を見て、春馬は彼女が考えていることを察する。
(友部には悪いけど、さすがにそこまで親しくないクラスメイトに聞かれるのは抵抗あるよね)
春馬はチラリと真宙の顔を見る。彼女の顔は期待に満ちた笑顔だった。悪意なんて感じない。ただ、可愛い幼馴染の恋の話を聞きたいだけなのだろう。
ここでその邪魔をしたら、真宙は気を悪くするかもしれない。それだけではなく、「春馬はどんな人なのか話せないような人間なのだ」と誤解させる恐れもあった。
しかし、小雪に嫌な思いをさせてまで真宙に気に入られることを優先するつもりは無い。
春馬は柔らかく微笑みながら、口を開く。
「俺の話になっちゃうんですけど、俺が思う一原さんの好きなところって、色々ありすぎてこの場でまとめられないんですよね。もしかして、一原さんも同じ?」
彼が助け船を出してくれたことに気付き、小雪は表情を和らげてコクリと頷く。
「うん、急に答えるの難しくて……真宙ちゃん、また今度、二人で話すときにいっぱい教えるって約束させて。いい?」
小雪が尋ねると、真宙は快く頷いてくれた。
「もちろん! ふふ、なーんか仲良さげ。いいなあ。ね、友部君?」
「へへ、この二人が楽しげなの、なんか新鮮だけどお似合いっすね!」
友部は無邪気に笑い、春馬の方を見て続ける。
「俺、春馬が幸せそうに笑ってんの、すげー嬉しいかも!」
「えー? 何だよそれ」
「だって友達が笑ってたら超嬉しいじゃん! みんなもそうじゃねーの?」
「ふは、友部ってほんと素直。おもしろー」
春馬が揶揄い口調で言うのに、他の三人も笑ってしまった。
「ふふ、小雪の周り、いい人が多くて安心。これからも小雪のことよろしくね」
真宙の言葉に、二人は明るい笑顔で返事をしたのだった。
* * *
昼食を食べ終え、四人でフードコートを出たところで、友部のスマートフォンが鳴り響いた。
「あ、ごめん電話!」
友部は特撮ヒーローのオープニングテーマが鳴り響くスマホをショルダーバッグから取り出し、「もしもし!」と元気よく電話を取る。
「お、サキ! どうした? ……え? 母ちゃんとホットケーキ焼いたから早く帰れって? 分かった、すぐ帰る! アキと父ちゃんに俺の分残しといてって伝えて。じゃ!」
にこやかに電話を切り、友部は春馬達に手を合わせた。
「妹と母ちゃんがホットケーキ焼いてくれたみたいなんで、俺帰ります!」
「あ、友部君、帰り電車? よかったら送ってくよ。私、車で来てるから」
真宙が朗らかに尋ねるが、友部は元気よく「大丈夫です!」と答える。
「俺、チャリなんで」
「そっか。じゃあ、気を付けて帰ってね」
「はい! 春馬と一原さんは、また学校で会おうぜ。それじゃ!」
速足で去っていく友部の背中に、春馬は「またね」と声を掛ける。小雪も微笑みながら手を振っていた。
友部を見送った後、真宙は二人にも尋ねる。
「二人は帰りどうする? 家の場所を教えてくれれば、春馬君も乗せてくよ」
「俺は電車ですぐ帰れるんで大丈夫です。家から十分以内に駅があるから」
微笑みながら答えた春馬だったが、内心少し疲れていたのだ。
真宙は悪い人ではない。寧ろ気持ちのいいぐらいの善人だ。だが、感受性の高い春馬はどうしても気疲れしてしまっていた。彼女は気持ちが顔に出るタイプのようだったから、余計に神経が敏感になってしまっていたのだ。
「そうなの? じゃあ、気を付けて帰ってね。小雪は?」
「私は……」
小雪は少し考えたが、春馬の方を一瞬見つめて、すぐに答える。
「私も電車で帰る。真宙ちゃん、今日はありがとう」
「こちらこそありがと。元気な顔見られて安心した。……春馬君」
真宙は春馬の方を見て、ゴールデンレトリバーみたいに人懐っこい笑顔で告げた。
「小雪のこと、よろしくね」
「はい。任せてください」
春馬が柔らかい笑顔で答えると、真宙は快活な笑顔で続けた。
「頼もしい。じゃあ二人とも、デート楽しんでね。またね」
真宙が手をひらりとさせて、駐車場の方へ歩き出す。
それを見送った後、小雪は春馬の方に小さく尋ねた。
「ちょっと疲れちゃったよね?」
「ああ、バレた? 顔に出さないように気を付けてたんだけど」
飄々と笑いながら答えると、小雪は優しく目を細める。
「気を遣ってくれてありがとう。春馬君のお陰で、真宙ちゃんも楽しかったと思う」
「そうだといいけど」
「真宙ちゃん、嫌な気持ちの時は顔に出るから大丈夫。そういえば、春馬君ってどうしてここに来てたの?」
小雪に尋ねられ、春馬は腕時計を確認しながら口を開く。
「ばあちゃんの急須買いに来たんだ。俺も一原さんのこと聞きたいけど、あと三十分で電車来るからさ、駅まで歩きながら話そうよ」
「うん。駅、少し遠いもんね。しかも、次のやつ逃したら夕方まで電車来ないから」
「そういうこと。じゃ、行こうか」
二人は並んで歩きながら、マーガレットスクエアから涼河駅へと歩き出した。
* * *
連休の十三時時半の駅前通りは、普段より大勢の人で賑わっていた。
小雪と春馬のような学生もいれば、家族で遊園地に行ってきたのだろうなという、お土産の袋を持った親子連れもいる。
今すれ違った女の子は、レオネードのぬいぐるみを大切に抱えていた。
小雪がそれを微笑ましく見つめていると、隣から春馬に声を掛けられた。
「一原さん、今日は蒔苗さんと服選びしてたの?」
「うん。春馬君と遊園地に行くときに来ていく服、一緒に選ぼうって真宙ちゃんが誘ってくれたの。可愛い服買えたから、見せるの楽しみ」
小雪は無邪気な笑顔で、服屋の袋を大切に持ち直す。
彼女が楽し気なのが嬉しくて、春馬は「今の、いい笑顔」と笑った。
「一原さん、本当にブルームランドに行くの楽しみなんだね」
「うん。だって、春馬君と初めてのお出掛けだから。いっぱい楽しみたいし、楽しんで欲しい」
「ふふ、一原さんがいたら楽しいの確定だから。いつにする? 連休中でもいいけど」
「じゃあ、明後日とか……一日空けて、疲れ取ってからにしよ」
「了解」
春馬は微笑みながら頷いて、空を見上げた。
いつも彼女とみる空より、少し日が高い青空。こうやって、初めての景色を彼女と歩けるのは嬉しかった。
「集合時間、どうする?」
「じゃあ、電車の時間に合わせて……十時十五分に涼河駅に集合しよう。ああでも、一緒の電車に乗ってるのかな?」
「そうだね。俺は薫野中央駅から乗るから、多分一原さんより一駅前から乗ってる。車両を伝え合えば会えるかもね」
「じゃあ、そうしよ。一緒に電車乗りたい」
小雪が明るい顔で頼んでくれる。
自分の望みを言ってくれるようになったということは、出会った時よりは彼女と親しくなれたということでいいだろう。春馬はそれも嬉しかった。
(新しい顔、もっと沢山見せてくれるといいな……)
そう思い優しいまなざしを彼女に向けていると、不思議そうな顔で首を傾げられた。
「私の顔、何かついてる?」
「ううん、見惚れてただけ」
優しい顔で微笑みながらそう告げると、彼女の頬が真っ赤になった。
「え……!」
「ふは、顔真っ赤。照れてるの?」
「て、照れるに決まってる……」
恥ずかしそうに俯く彼女が愛おしくて、春馬はつい、彼女の空いた右手を握った。
自然な流れで、手を繋ぐ。
春馬の行動があまりにもスマートに感じられて、小雪は心の中で「ずるい」と呟いてしまった。
(でも、嬉しい……)
小雪ははにかみながら手を繋ぎ返した。
初夏の爽やかな青空。好きな人と迎えた初めての季節。
今までは聞くたびに胸が苦しくなった、幸せな家族の声も、笑いあう友達同士の声も、お互いと一緒に過ごす時間にあるなら何だって愛せた。
お互いの存在が傍にいることを感じながら、二人は穏やかに微笑んで手を繋ぎ歩いていった。




