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春色の雪  作者: 月島
第四章 進む季節と恋心
15/23

15 思わず

 春馬(はるま)は十二時前の電車に乗り、マーガレットスクエアまでやってきた。

 二階にある食器屋で、桜模様の急須を探す。しかし、季節も初夏へと移り変わりつつあるからか、春らしい色合いや柄のものは目立つ所に置かれていない。


(もう春も終わりだしなあ。桜も散っちゃったし)


 そう思いながらも、もしかしたら奥の方にあるかもしれないと期待して店の奥に入っていく。

 棚を注意深く探してみるが、桜色の柄の急須はなかなか見つからない。祖母には申し訳ないが、今回は別のものにしようと考え始めた時だった。

 通路の反対側に見慣れた金髪の男子を見つけたのだ。制服と違って変な猫のTシャツを着ているが、間違いない。友部(ともべ)だ。


「あ……」


 春馬(はるま)が声を掛けるより先に、友部(ともべ)がこちらに気づいて手を振ってくれる。


春馬(はるま)じゃん! 何してんの!?」


 友部(ともべ)が笑顔で声を掛けてくるのを見て、春馬(はるま)も微笑みながら彼に歩み寄る。


「ばあちゃんが使う急須を探しに来たんだ。友部(ともべ)は?」

「アキとサキの……弟と妹の茶碗を探しに来たんだ。飯の時に喧嘩して、二人揃って落っことして割っちゃったんだよ」

「そうなんだ。そういえば、友部(ともべ)って兄ちゃんなんだね。意外」


 春馬(はるま)が冗談っぽく笑うと、友部(ともべ)は照れ笑いしながら頬を掻いた。


「そうそう、こう見えて兄ちゃんなんだよ。弟も妹もまだ小学生で、結構年も離れてるんだ」

「何年生?」

「弟が小三で、妹が小一。二人とも元気でさあ、家帰ると、いつも遊んでくれってせがまれるんだよな。この前は格ゲーでボコボコにされた」


 友部(ともべ)はケタケタと笑いながら、手に持った茶碗を見る。右手に持っているのが青い縞模様で、左手に持っているのは黄色いマーブル模様だ。


「青色がアキ。黄色がサキ。で、緑が俺。なんとなく決まってる、友部(ともべ)家のイメージカラーな。春馬(はるま)んちにもそういうのない?」


 何の気なしに聞かれた質問に、春馬(はるま)は一瞬口ごもる。今まで話すのを避けてきた家族の事だったためだ。

 しかし、「踏み込んだ友達関係」も悪くないと思えたばかり。一歩ぐらい踏み込んで伝えてもいいかもしれない。そう思い、口を開く。


「実家にいた時は、母さんが買ってくる高価で黒い茶碗使ってた。いつもそれだったから、ずっと友部(ともべ)が持ってるような茶碗に憧れててさ。一回わざと割って、新しくそういうのを買って貰おうとしたことがあるんだ。駄目だったうえに凄く叱られたけど」


 笑顔を作りながら、そう打ち明けた。

 打ち明けたのは自分の癖に、心臓がうるさい。冗談だと取って笑って欲しくて堪らなかった。

 しかし、友部(ともべ)は心配そうに眉を下げた後、真剣な顔になって言うのだ。


「決めた! 次のお前の誕生日、可愛い食器買ってプレゼントする! 何の柄がいい?」


 思いもよらないことを告げられて、春馬(はるま)は瞬きをして尋ねた。


「え、食器買ってくれるの?」

「買う! そうだ、嫌な思い出も上書きできるような、インパクトのあるやつにしようぜ。東南アジアの民族柄とかどうよ!」

「ああ……なんかエスニックなヤツか。ふふ、そんなのここに置いてるの?」

「って思うじゃん? 二階の奥にエスニック系の雑貨屋ができてさ、そこに置いてんだよなあ、これが。ちょっと高かったけど」


 友部(ともべ)はそう言って笑った後、企み顔になって「北里柴三郎が五人消えるんだよ」と春馬(はるま)に耳打ちする。


「え、そんなにするの?」


 高級ブランドならまだしも、普通の食器に五千円も掛かることが以外で、春馬(はるま)は目を丸くしてしまった。


「それならこの店で可愛いの買って貰った方がいいかも」

「あ、そう? じゃあ今から下見しようぜ。あっちに色々置いてたから」

「うーん、まあ、急須選んでからならいいよ。桜柄の急須が無かったから、別のでなんかいい感じの探してるんだけど」

「桜柄? もう春も終わるのに?」


 友部(ともべ)が不思議そうに首を傾げる。


「四月だったら大々的に売り出してたかもしれないけど……」

「ばあちゃんが桜柄がいいって言ってたんだ。……そういえば、茶碗も桜の模様があるし、お椀にも桜の透かし彫りがあったな。好きなのかも」


 顎に手を当てて祖母の食器を回想する春馬(はるま)を見て、友部(ともべ)はハッとして口を開く。


「お前が桜一朗(おういちろう)だからじゃね? 孫の名前に桜が入ってるから、おばあさんも桜が好きなんじゃねーのかな」

「あ……」


 春馬(はるま)は目を丸くして口を開けた後、ゆっくりと口元を微笑ませて言う。


「そうなのかも」


 祖母の笑顔が頭に浮かんで、春馬(はるま)の心が温かくなっていく。


「せっかくだから、もう少し探してみるよ。桜柄の急須」

「おう。俺も手伝う!」


 微笑む春馬(はるま)を見て、友部(ともべ)も明るく笑って急須の棚を回り始めた。

 そうして二人で十分ほど歩いた後、棚の端の奥の方に、売れ残って隠れていた桜柄の急須を見つけることができたのだった。

 会計時、箱に入った急須を入れて貰った袋を受け取った春馬(はるま)は、それを大事に持って嬉しそうに笑った。

 隣のレジで茶碗の会計を済ませた友部(ともべ)がやってきて、屈託のない笑顔で春馬(はるま)に尋ねる。


「なあ、せっかくだし昼飯一緒に食おうよ。フードコートでも行ってさ」

「ああ、ばあちゃんに連絡してからならいいよ」

「おう、それで平気」


 食器屋を出て、春馬(はるま)は祖母にメッセージを送る。


 ――昼ご飯、クラスの友達と食べてくる。急須は買えたよ。桜柄だから楽しみにしてて。


 すぐに既読がついて、返信が来た。


 ――分かった。お昼楽しんできてね。


 祖母の優しさに微笑んだ後、春馬(はるま)友部(ともべ)と共にフードコートへと歩き始めた。


* * *


 フードコートは三階にある。食器屋からエスカレータまで歩く道中で、友部(ともべ)はふと春馬(はるま)に尋ねた。


春馬(はるま)ってさ、昼休みどこにいるの? いつも五分ぐらい過ぎたあたりでフラッと教室からいなくなるよな」

「ああ……一緒に食べてる人がいるんだよね。邪魔されたくないから、場所は内緒ね」


 悪戯っ子の笑顔でそう言われ、友部(ともべ)は「そっかあ」と相槌を打つ。


「言いたくないなら場所は聞かないどく。でも、一緒にいるのを邪魔されたくない相手が見当つかないわ。お前、誰に対しても平等にそっけないじゃん」

「お、友部(ともべ)って意外とハッキリ言うんだね」


 ニヤリと笑いながらそう返すと、友部(ともべ)は慌てた顔で「ごめん」と両手を合わせた。


「何にも考えずに言っちゃった」

「謝んなくていいよ。素直で面白いなーって思っただけ」

「そ、そっか……でも、今後は気を付けとく」

「真面目―。こんなに真面目なのに勉強に苦戦してるの不思議」

「それはライン越えだろ! 俺だって馬鹿なの気にしてんだよ! これでも進学志望だからな!」

「ごめんごめん。同じ進学文系のクラスだから、進路のことは分かってるよ」


 春馬(はるま)はクスクス笑いながらも、内心安心していた。話が逸れたからだ。


一原(いちはら)さんのこと、言っていいのか分かんないし。俺はよくても彼女が嫌がる可能性は高いから、黙っておくに越したことはないよね)


 そんな本心を笑顔で隠しながら、エスカレーターに乗ってフードコートに向かう。

 三階に到着した。昼時だから、フードコートもかなりの賑わいだ。普段の春馬(はるま)なら、こんな騒がしい場所絶対に行かない。


「何食べよっかなー……って、あれ?」


 友部(ともべ)がふと立ち止まって、奥の方の席を指さす。


「なあ、あれ一原(いちはら)さんじゃね?」

「え……」


 春馬(はるま)友部(ともべ)がさす方を見て、目を丸くした。

 ボーイッシュな格好。グラデーションがかかったショートボブの誰か。ここからでは男性か女性か判別できないが、小雪(こゆき)は向かい側に座ったその人に明るい笑顔を向けていた。

 今まで彼女の色々な笑顔を見てきたが……あの笑顔は、見たことがない。

 自分に向けているものとは違って、完全に気を許している。そんな笑顔。

 メラ……と、心に嫉妬の炎が燃えるのが、自分でも分かった。


「あんなに笑ってんの初めて見たかも。誰と一緒なんだろ」


 友部(ともべ)が首を傾げるのを無視して、春馬(はるま)は彼女の元へ向かって速足で歩きだした。


「え、春馬(はるま)!?」


 友部(ともべ)を置き去りにして、春馬(はるま)はスタスタと彼女の席に向かい……座っている彼女の右肩を強く掴んだ。


一原(いちはら)さん……!」


 彼女が驚いた顔で振り返る。


「え……」


 びっくりして声も出ない様子だ。しかし、顔はどんどんと赤くなっていく。

 困惑した小雪(こゆき)を目の当たりにした真宙(まひろ)が、顔を険しくして立ち上がった。


「あんた、誰?」


 そう言って、春馬(はるま)の手首をグッと掴んで小雪(こゆき)から離させる。


「この子になんの用?」


 彼女の高めの声を聞いてすぐに男性じゃないと気づいたが、時すでに遅し。真宙(まひろ)春馬(はるま)を敵とみなし、鋭く睨みながら語気を強める。


「私、空手の黒帯持ってんの。女だからって甘く見んなよ。この子に怖い思いさせたら容赦しない」

(空手……まさか、前に家で聞いた――)


 春馬(はるま)が彼女を素性を察すると同時に、小雪(こゆき)が大慌てで立ち上がった。


真宙(まひろ)ちゃん、ストップ! この人、悪い人じゃない!」

「え?」


 三人が揉めているところに、友部(ともべ)も焦った顔で駆け寄ってくる。


「ちょ、ちょっと待って! お姉さん、こいつ危ない奴じゃないんです! 春馬(はるま)と俺は彼女のクラスメイトで――」

「この人、私の好きな人……!」


 小雪(こゆき)の声が、賑やかなフードコートの中に響いた。

 遠くの席で食事を食べている人は気づかないが、周囲の人間の不思議そうな視線が彼女に集まってしまう。

 周囲の知らない人間だけじゃない。友部(ともべ)にも、真宙(まひろ)にも、ハッキリと聞こえた。


「あ……じゃあ、この男が小雪(こゆき)の……」

「う、うん……そう。付き合ってる人……」


 真っ赤な顔で話す彼女を、春馬(はるま)友部(ともべ)は目を丸くして見つめていた。

 真宙(まひろ)はというと、慌てて春馬(はるま)から手を離して直角にお辞儀をした。


「ほんっとうにごめんなさい! まさか小雪(こゆき)の彼氏だとは知らず……!」

「ああ、いや……すみません。俺も急におどかしちゃって。一原(いちはら)さんもごめんね」


 春馬(はるま)が謝ると、小雪(こゆき)は真っ赤な顔でブンブンと首を横に振る。

 小雪(こゆき)の反応。そして、春馬(はるま)が特に彼女の言葉を否定しないのを目の当たりにして、友部(ともべ)は呆然と呟く。


春馬(はるま)が一緒にいるのを邪魔されたくない相手って、一原(いちはら)さんのことだったんだあ……」


 彼が呆けた顔で発した言葉を聞いて、春馬(はるま)の顔がカーっと赤くなる。

 彼の素直な表情変化を見て、真宙(まひろ)は安心した顔で溜息を吐いた。


「私、小雪(こゆき)の幼馴染の蒔苗真宙(まかなえまひろ)です。せっかくなので、二人もお昼、一緒にどうですか? 小雪(こゆき)の事とか、彼氏君の事とか、色々知りたいっていうか」


 微笑みながらそう尋ねられ、春馬(はるま)友部(ともべ)は顔を見合わせて頷いたのだった。

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