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春色の雪  作者: 月島
第四章 進む季節と恋心
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14 幼馴染とお洒落の準備

 五月三日当日、小雪(こゆき)はマーガレットスクエアで真宙(まひろ)の元に向かっていた。


 電車の中で確認したところ、彼女は集合時間の十分前にはもう待ち合わせ場所に到着していたようだった。「A1入り口の服屋の前にいるね!」というメッセージに従って、小雪(こゆき)は歩いていく。A1と表示がある自動ドアの中に入ると、手前にある女性用の服屋の前で、外のハンガーにかかっているワンピースを物色している女性がいた。


 先端に向かって金色のグラデーションが入った茶髪ショートボブ。背は少し高めで、オーバーサイズの白いTシャツに黒いスキニーパンツを合わせている。ボーイッシュで格好いいのは昔から変わらない。お陰で、一目見て彼女だと気づくことができた。


 小雪(こゆき)はパタパタと彼女に駆け寄り、声を掛ける。


真宙(まひろ)ちゃん、お待たせ!」


 小雪(こゆき)の声に気づいて、真宙(まひろ)は笑顔で振り返ってくれた。


小雪(こゆき)、久しぶりー! 元気だった?」

「うん。最後に会ったのいつだっけ?」

「私が大学行く前だから、去年の三月? 一年と少しぶりかな」

「そっか……思ってたより経ってなかった」

「おお、もしかして、私がいなくて寂しかった?」


 お姉さんが妹に向ける笑顔で尋ねられる。笑うと優しく垂れる目もとが、なんとなくゴールデンレトリバーを彷彿とさせた。

 昔から大好きな人懐っこい笑顔だ。それが見られて嬉しかった小雪(こゆき)は、クスっと笑って頷く。


「うん、ちょっと寂しかったかも」

「おいおい! 可愛い事言ってくれるじゃーん!」


 真宙(まひろ)は目の中にハートを浮かべながら、小雪(こゆき)のことをギューッと抱きしめる。

 大好きな幼馴染から抱き着かれるのは嬉しいのだが、ここはそこそこ人通りも多い。故に、他人からの視線が恥ずかしい。


「なんかあの子ら可愛くない?」

「ねー、二人とも美人」


 通りがかった男性二人の声が聞こえてきて、小雪(こゆき)は慌てて真宙(まひろ)に声を掛ける。


真宙(まひろ)ちゃん、ここ外だから」

「あ、ごめん! 感動の再会が嬉しくてついね。さて、気を取り直して服選ぼ!」

「うん」


 二人は一緒に店の奥へと進んでいった。

 白い壁とフローリングに囲まれた店内は、明るい印象で入りやすかった。置いてある服も若者からもう少し上の世代まで幅広く着れそうな印象がある。でも、おばさん臭さは感じない。ハンガーに掛かった淡い色合いのブラウスやパーカーは、爽やかだ。


小雪(こゆき)はどんなの着たい?」

「えっと、普通の……いつものボーダー柄とか?」


 そう言う彼女の今日の服装は、パステルパープルとオフホワイトのボーダーTシャツに、ベージュのビスチェとデニムパンツを合わせた格好だった。

 いつも通りの無難な格好だ。小雪(こゆき)はあまりお洒落に頓着が無いのだ。


「まあ、小雪(こゆき)が着るならボーダーも可愛いけど……もうちょい冒険してもいいかもよ? なんせ、彼氏とデートなんだから」


 真宙(まひろ)はそう言いながら、ブラウスの掛かったハンガーから薄緑のものを取り出して、小雪(こゆき)の体に当てる。

 

小雪(こゆき)なら、こういう綺麗系も似合うと思うよ」

「……ほんと?」

「ほんとほんと! 小雪(こゆき)って、自分が思ってるよりずっと可愛くて綺麗なんだから、自信持ちな!」


 真宙(まひろ)は明るくニイっと笑う。

 彼女の明るい笑顔に元気づけられて、小雪(こゆき)は頬を染めながら頷く。


「試着してみる」

「うん、してみて! せっかくだし、それに合うスカートも探そう。可愛いやつ!」

「うん……」


 真宙(まひろ)に促され、小雪(こゆき)は彼女と共にスカートの棚に移動した。

 そして、色々なスカートを見比べた結果、ミルキーホワイトの布に黄色とオレンジの花柄がついたスカートを選んだ。

 試着室で着てみて、鏡に映った自分を見つめる。

 今までは、カジュアルな服ばかり着ていた。それは、特段「可愛く見られたい」と思ってこなかったからだ。なんなら、「氷の女王」と揶揄されていたせいで「容姿を褒められること」にも抵抗があったぐらいだ。

 しかし、今は違う。

 大好きな彼に、「可愛い」と思って欲しかった。


(似合ってるか、分かんないけど……いつもの私より、可愛い)


 小雪(こゆき)は胸を弾ませながら、緩んだ頬を引き締めて試着室のカーテンを開ける。

 そして、試着室の前で待っていてくれた真宙(まひろ)に尋ねた。


「どう……似合ってる?」


 彼女に尋ねられて、真宙(まひろ)は人懐っこい笑顔で頷くのだった。


「超かわいい。これなら、彼氏もメロメロでしょ!」

「メロメロ……」


 あの春馬(はるま)が自分にメロメロになっている姿は想像できないが、「似合ってる」と笑ってくれると嬉しいな、という淡い期待は芽生えた。

 小雪(こゆき)は胸をそっと抑えながら、はにかんで口を開く。


「そうだといいな……」

「絶対大丈夫。ほら、脱いで買おう」

「うん」


 小雪(こゆき)は試着室のカーテンを閉めて、元の服に着替える。

 そしてブラウスとスカートを購入して、次に二人で向かったのは化粧品売り場だった。


小雪(こゆき)って、メイク道具持ってる?」

「一応……でも、全然使ってない。何を用意すればいいんだろう」


 表情を曇らせる小雪(こゆき)を見て、真宙(まひろ)も顎に手を当てながら思案顔になる。


「そうだなあ。私が普段使ってるのは下地とアイシャドウとリップかな? あとはチークか」

「そんなに沢山……」

「全部買うのが大変なら、とりあえずリップとか……小雪(こゆき)は目鼻立ちくっきりしてるし、リップ塗るだけでかなり印象変わると思うんだよね。どうかな?」

「じゃあ、リップ探す」

「おっけー。色々見てみよ!」


 真宙(まひろ)小雪(こゆき)を連れて、リップの棚を物色する。

 いくつかブランドがあるようだが、小雪(こゆき)にはどれもよく分からない。色も複数あるが、自分にどの色が似合うのか、小雪(こゆき)はそれすらも分からなかった。


「どれがいいんだろ……」

「そうだなあ、小雪(こゆき)は色白だし、オレンジ系よりも赤とかピンクがいいんじゃないかな? ローズピンクとか似合いそう。ちょっと手、貸して」

「うん」


 真宙(まひろ)小雪(こゆき)の左手にローズピンクのリップを少しつけ、馴染ませる。彼女の思った通り、小雪(こゆき)の肌にはこれが合っているようだった。


「うん、やっぱり合いそう。ねえ、他に気になる色はある? もしあったら、それも付けて比べてみよ」

「分かった。えっと……」


 小雪(こゆき)は棚のリップを順々に見つめていく。

 オレンジ系は元気が良すぎて自分らしくないと思うし、青色はつける勇気が出ない。かといって、ワインレッドやボルドーのような濃い色は大人っぽすぎる。

 眉を下げながら迷っていると、「桜ピンク」のリップを見つけた。


(桜……春馬(はるま)君の色)


 小雪(こゆき)はそれのテスターを手に取ってみる。

 色見本を見た感じだと、今試したものよりも淡いピンク色のようだった。


(似合うか分からないけど……試してみたい)


 小雪(こゆき)は桜ピンクのリップを手の甲に出してみた。

 先ほどの色よりも、淡くて優しい色のピンク。印象に残るのはローズピンクの方だが、桜ピンクも十分可愛い。


「この色、好きかも」


 小雪(こゆき)が微笑みながら呟くのを見て、真宙(まひろ)も優しい笑顔で頷く。


「うんうん、いいじゃん。似合うと思う。そっちにしたら?」

「いいの? 真宙(まひろ)ちゃんが勧めてくれた色じゃないけど」

小雪(こゆき)が笑顔になれる色が一番いいの! 桜色、好きなんでしょ?」

「……うん。桜色は、彼のことを思い出すから好き」


 はにかみながら答えると、また真宙(まひろ)に抱きつかれてしまった。


「もー! 可愛すぎるって! 小雪(こゆき)にそんな顔させる彼氏、どんな人なの!? 超気になるんだけど!」

「教えたいけど……話すの、照れる」

「照れてもいいから教えてよー。リップ買ったらお昼だし、ご飯食べながら教えて!」

「う、うん……」


 幼馴染の押しに勝てずに、小雪(こゆき)は真っ赤な顔で頷く。

 その後、二人でリップを買って、マーガレットスクエアのフードコートへと向かったのだった。


* * *


 小雪(こゆき)真宙(まひろ)と一緒に買い物をしていた頃。自宅の居間で英語の課題をしていた春馬(はるま)は、台所の方から聞こえたガラスの割れる音で勢いよく立ち上がった。


「ばあちゃん、大丈夫!?」


 慌てて台所へ向かうと、落ちて割れたガラス製の急須と、零れてしまった緑茶を拭こうと布巾を探している祖母が目に入った。


「おうちゃん、びっくりさせてごめんね。手が滑って落としちゃった。えっと、布巾は……」

「手を切っちゃうから、先にガラスを片付けよう。塵取り持ってくるから待ってて」


 春馬(はるま)は落ち着いた声でそう告げて、台所の食器棚に立てかけられた塵取りを持つ。

 それでガラスを片付けて、不燃ごみのごみ箱に捨てた。


「おうちゃん、ごめんね……」


 祖母が申し訳なさそうに俯く。

 彼女に気に病んで欲しくなくて、春馬(はるま)は笑顔を作って告げる。


「大丈夫だよ。手が滑っちゃったんでしょ。よくあるよくある」

「ばあちゃん、最近、手元が狂うことが多くて……気をつけなきゃね」


 祖母は苦笑いしながら、床に零れたお茶を布巾で拭き始めた。

 そんな祖母の体が昔よりも小さく見えて、春馬(はるま)は眉を下げる。


(ばあちゃん、年取ったな……)


 祖母と暮らし始めて、もう四年だ。あっという間に感じていたが、決して短い時間ではない。祖母は七十代半ばになったし、自分も高校生になったのだ。それだけの時間が過ぎた。

 当たり前だが、祖母もいつまでも元気という訳ではない。唐突にそんなことを思わせられて、不安と寂しさで胸が痛くなる。


「ああ、おうちゃん」

「何?」

「もし大丈夫だったら、急須を買ってきてくれない? ばあちゃん、お茶飲めないと口が寂しいの」


 そんなことを言う祖母の顔は、いつも通りの穏やかな笑顔だ。皺は増えたが、まだボケてないし健康ではある。そう思って無理やり安心しながら、春馬(はるま)は頷いた。


「いいよ。じゃあ、マーガレットスクエアに行ってこようかな。あそこに食器屋さんもあったし。どんなのがいい?」

「桜の柄の急須がいいねえ。でも、あったらでいいわよ」

「分かった。探してみる」


 春馬(はるま)は祖母に笑顔を作って、自室で出掛ける支度をし、家を出たのだった。

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