表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春色の雪  作者: 月島
第三章 伝えたい春色の想い
13/18

13 変化

「私が小学校三年生の時……夏休みに、ブルームランドに行ったんだ。お父さんは会社員で、お母さんはレストランのキッチンスタッフで、職種が違うから休みが合わなくて……なかなか出掛けられない家族だったけど、その日は偶然休みが重なったの」


 その日のことを思い出しながら、小雪(こゆき)は言葉を続けていく。


「お母さんが、久しぶりに家族で遊びに行こうって誘ってくれて、お父さんが車を出そうって言ってくれて……私が、ブルームランドに行きたいってお願いした。そしたら、二人は一緒に笑って頷いてくれた。その後、お父さんの車に乗って、隣町まで行ったの」


 小雪(こゆき)の脳裏に、あの日、車から見た景色が蘇る。

 隣町に行く途中にある向日葵畑の黄色にはしゃいだこと。遊園地が遠くに見えた時に、助手席で指を差して喜んでいた自分。それを見て笑ってくれた両親。

 記憶力が高い訳ではないから、それも脳が美化したものかもしれないと思うと切ない。

 胸を痛めながら、小雪(こゆき)は続けた。


「ブルームランドの中に入って、何個かアトラクションに乗って、お昼にレストランで何か食べて……昼過ぎに見たショーのライオンが、すごく気に入ったんだ。レオネードっていうライオンのキャラクター。私が落としたストラップのライオン。あのショーを見てた時、お父さんもお母さんも、楽しそうに話して、笑ってた」


 ――あのライオン、可愛いね! 幸せの風を吹かせてくれるライオンなんだって! すごいね!


 小雪(こゆき)が無邪気に笑っていると、右隣にいた母が笑って言ってくれた。


 ――だから、小雪(こゆき)もこんなに明るく笑ってくれたのね。

 ――どういうこと?


 小雪(こゆき)が尋ねると、今度は左隣の父が微笑んで言うのだ。


 ――父さんと母さんの幸せは、小雪(こゆき)が笑顔でいてくれることだからだよ。きっと幸せの風が、父さんと母さんの所まで届いてくれたんだね。


「私が笑顔でいてくれるのが、父さんと母さんの幸せだって笑ってた。それ聞いて、すごく嬉しかった。幸せだった」


 小雪(こゆき)の瞳が潤んでいく。


「なのに、その幸せも無くなっちゃった」


 零れた涙が、枕を濡らした。


「そのお出掛けが、家族で出掛けた最後の思い出。また行きたかったけど、行けなかった。遊園地に行ったら、お父さんとお母さんも仲直りしてくれるかもって、何度も思ったの。でも……二人の辛そうな顔を見て、伝える勇気が出なかった……」


 掛け布団をぎゅっと掴みながら、小雪(こゆき)は静かにすすり泣く。


「私が勇気を出せてたら……何か、変わってたのかな……?」


 泣きじゃくってしまう小雪(こゆき)のことを、春馬(はるま)は静かに見つめて、告げる。


「過ぎたことの後悔って、尽きないよね。俺も沢山ある。だからよく分かる。でも……でもさ、それでも君が生きていてくれて良かった。お互い、辛くて、歪で、壊れた世界で生きてたけど……お陰で俺と君は似ていた。こうして出会うことができた」


 春馬(はるま)はそう言うと、小雪(こゆき)の体を布団越しにそっと撫でる。


「ありがとう。君が君のままでいてくれて」

「うん……」

「後悔も、失敗も、全部そのままでいいから。大丈夫だから」


 ――大丈夫だから。


 春馬(はるま)に優しく微笑まれて、小雪(こゆき)の胸が安堵感で温かくなっていく。

 彼が大丈夫と言ってくれる限り、私は大丈夫だと、そう思えた。

 どんなに世界が壊れていても。幸せが元に戻せないほど歪んでしまっても。

 彼と一緒なら大丈夫だ――。


「ありがと……」


 小雪(こゆき)は涙を拭って、微笑む。

 顔が赤い。春馬(はるま)から見ても、熱が上がっているとよく分かった。


「ほら、そろそろ寝なよ。俺も帰る」

「うん……あ、そうだ。春馬(はるま)君、遊園地の約束……」

「それも元気になってから」


 優しい笑顔と共に窘められてしまい、小雪(こゆき)はいじけた顔で布団に顔を半分うずめる。


「けち……」

「大事な人の健康を気遣うことのどこがけちなのさ。いいから休みな」

「はーい……」


 大事な人と言って貰えたから、今回は許そうと小雪(こゆき)は微笑む。


「じゃあ、おやすみ。またね」

「うん……」


 春馬(はるま)が部屋を出ていく。その後ろ姿を、小雪(こゆき)は幸せな気持ちで見送った。


* * *


 小雪(こゆき)と別れて家に帰り、寝る支度も済ませた春馬(はるま)のスマホに、一件のメッセージが届いた。

 確認すると、「ともなぎ」という人物からのメッセージだった。


(ともなぎ……ああ、友部凪(ともべなぎ)か)


 そう気づいて、メッセージを確認する。

 すると、「チョコのシールレア恐竜だった! 弟めっちゃ喜んでた!」というメッセージの後に、武士の格好をした猫のキャラの「ありがとう」のスタンプが届いていたのだ。

 それを眺めているうちに、彼の弟がシールを見て顔を真っ赤にして笑ってる写真が送られてくる。無邪気な笑顔が微笑ましいと同時に、そんな風に幸せな子ども時代を送っている彼らが羨ましい。


 ――これ、弟のアキの写真! 超嬉しそうだろ。


 そんなメッセージに何と返せばいいか、少し考えてから「嬉しそうだね」と無難に返した。

 すると、しばらくしてから「春馬のお陰。ありがと!」と返ってくる。


 ――俺も何かあったら助けたいから、遠慮せず頼ってな!


 そんなメッセージが返ってきて、春馬(はるま)はスッと目を細める。

 顔が見えないから真意かどうかは分からないが、夕方の彼の反応を見た限りだと、社交辞令で言っている感じはしなかった。


(あいつ、意外と素直なヤツなんだな……)


 そう思ったら、不思議と頬が緩んでいく。


(何でも察しちゃうなんていっても、関わらないと分かんないこともあるんだな。放課後、言われた通りだ)


 春馬(はるま)は小さく微笑みながら、「俺の方こそありがと。夕方に言ってくれた言葉のお陰で、悩みが解消された。人間関係、踏み込むのも悪くないね」と送る。

 それに対して、目をキラキラさせた武士猫のスタンプが返ってきた。


 ――なんか助けになったみたいで良かった! これを機に、もうちょい仲良くなれたら嬉しい。よろしく!


 こんなことを言われても、今までは適当に流して終わりだった。

 でも今日、彼の言葉と祖母の言葉に支えられ、小雪(こゆき)に一歩踏み込んだ結果、関係がいい方向に進んだのだ。


 ――友達。踏み込んだ関係。そういうものも、悪くないのかもしれない。


 春馬(はるま)は微笑みながら、彼に向かってライオンの「了解」のスタンプを送ったのだった。


* * *


 その日、夜までひと眠りした小雪(こゆき)も、体調がずいぶん回復した。

 夕飯を食べ終わった後、リビングで熱を測ったら、36.8の表示だった。一晩眠れば、明日にはもう大丈夫そうだ。

 明日からはゴールデンウィーク。体調が治ったら、連休中に春馬(はるま)と一緒に遊園地へ行けるかもしれない。


(熱下がったし、誘ってみようかな……)


 小雪(こゆき)は浮かれそうになりながら、自室に戻ってスマホを開く。

 「春馬桜一朗」のトークルームを開き、遊園地の予定を聞こうとして……急に、何とメッセージを送ろうか迷ってしまう。


(私、デートのお誘いするんだよね……どうしよう、緊張してきたあ……)


 顔が熱くなっていく。また熱が上がってしまったら大変だと思い、一旦トークルームを閉じた。


(誰かに相談しよう……でも、沖浜(おきはま)さんと河原(かわばら)さんにはちょっと言うの恥ずかしい……)


 小雪(こゆき)は迷った末に「まひろ」という人物のトークルームを開く。


真宙(まひろ)ちゃんなら聞いてくれるかも……)


 小雪(こゆき)は「まひろ」という人物に「ちょっと相談したいことがあるんだけど平気?」と送る。すると、二分ほど経って電話がかかってきた。

 急に鳴り出したスマホに驚いて、ワタワタしながらも電話を取る。


「も、もしもし……!」

小雪(こゆき)―! 久しぶり! 相談って何?」


 快活な女性の声が返ってくる。

 久しぶりの連絡だったが何も変わらない幼馴染。それに安心しながら、小雪(こゆき)は口を開く。


「あのね、好きな人をデートに誘いたくて……何てメッセージ送るか迷ってて――」

「え!? 彼氏とデート!? じゃあ最高におめかししていかなきゃじゃん!!」


 興奮した声が返ってきた。

 もしかして、いや、もしかしなくても、こちらの相談を聞いていない。いつも通り、勢いがあって元気な様子だ。

 しかし、相談に答えて貰えないのは困る。


「いや、あの、メッセージ……」

「私、ゴールデンウィークに薫野(かおるの)に帰るから、一緒に服選びに行こ! ついでにメイクも教えてあげる! いつ空いてる?」


 もう話を戻せる様子じゃない。小雪(こゆき)はそう判断し、苦笑いしながら「五月三日か四日なら……」と答える。


「じゃあ三日にしよ! 三日の十一時に、マーガレットスクエアに集合ね」


 マーガレットスクエアというのは、隣町の涼河(りょうが)市にあるショッピングモールだ。小雪(こゆき)の家からも、電車一本で行くことができる。十一時前の電車もあったはずだ。


「分かった」

「じゃあ、そういうことで! 当日楽しみにしてるね!」


 真宙(まひろ)の方から電話を切られた。

 嵐のような幼馴染だったが、よくよく考えると彼女の助けが借りれるのは心強かった。


(可愛い格好して……春馬(はるま)君に喜んで貰えたらいいな……)


 楽しみで胸がウキウキと弾んでしまう。

 期待に胸を膨らませながら、小雪(こゆき)はスマホを胸に抱えてにっこりと笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ