喫茶ひだまりのかき氷の日
朝顔が咲いた朝から、何時間か経った。
太陽はすっかり高くなり、商店街の石畳には強い光が落ちていた。
蝉の声が、あちこちから聞こえている。
じりじりとした暑さ。
朝の涼しさが嘘のようだった。
ガブは時計屋の石段の日陰で、細く目を開けていた。
ふわはその隣で、体を小さく丸めている。
二匹とも、あまり動く気になれない。
そんな昼前のことだった。
喫茶ひだまりの店先から、いつもとは違う音が聞こえてきた。
ごり、ごり、ごり。
氷を削る音。
ふわが耳を動かす。
ガブも顔を上げる。
また音がする。
ごり、ごり。
そして、店の中から子どもたちの声が聞こえてきた。
「かき氷だ!」
「今日やるの?」
「やるんだって!」
子どもたちが嬉しそうに店へ入っていく。
ガブとふわは、しばらくその様子を見ていた。
やがてふわが立ち上がる。
ガブもゆっくり立つ。
二匹は喫茶ひだまりへ向かった。
店先には、小さな黒板が置かれていた。
そこには、
『本日、かき氷あります』
と書かれている。
その下には、赤い文字で、
『いちご』
『レモン』
『みぞれ』
と並んでいた。
ふわが黒板の前で立ち止まる。
文字の意味はわからない。
けれど、店の中から漂ってくる冷たい空気はわかる。
ガブは先に日陰へ入った。
ふわもその隣へ座る。
店の女性が二匹に気づく。
「暑いねえ。」
そう言って、店先に水の器を置いてくれた。
冷たい水を飲む。
ふわは顔を上げる。
そのとき、子どもたちのところへかき氷が運ばれてきた。
白い氷の山。
その上に赤いシロップ。
別の器には黄色いシロップ。
「いただきます!」
子どもたちはスプーンですくって口へ運ぶ。
「冷たい!」
「頭がキーンってする!」
笑い声が響く。
店の女性も笑う。
「ゆっくり食べなさい。」
けれど子どもたちは待ちきれない。
暑い日のかき氷は、それだけで特別だった。
八百屋のおばさんも店を抜けてやって来る。
「私にもひとつ。」
「何にします?」
「今日はみぞれ。」
魚屋の大将も後から入ってくる。
「俺はいちご。」
商店街の人たちが少しずつ集まってくる。
店の中はいつの間にか賑やかになっていた。
そのころ、ガブとふわは店先の日陰で静かにしていた。
店の中から、氷を削る音が聞こえる。
ごり、ごり、ごり。
氷の音。
子どもたちの笑い声。
スプーンが器に当たる音。
外では蝉が鳴いている。
夏の音が重なっていた。
やがて、子どもたちが店から出てくる。
ひとりがふわの前にしゃがむ。
「ふわ、かき氷食べたい?」
ふわは子どもの顔を見る。
それから、かき氷を見る。
少しだけ首を傾ける。
「猫はかき氷食べないよ。」
別の子が笑う。
「冷たい水なら飲むよ。」
そう言って、水の器を指さす。
ふわは器へ向かう。
ごく、ごく。
子どもたちは嬉しそうに見ている。
ガブも少しだけ水を飲む。
冷たい水が喉を通る。
それだけで十分だった。
午後になる。
かき氷を食べ終えた人たちは、それぞれの店へ戻っていく。
喫茶ひだまりも少し静かになる。
女性が店先を掃除していると、ガブが石畳に寝そべった。
ふわも少し離れたところで横になる。
二匹の間を、風が通る。
さっきまでのにぎやかさが嘘のようだった。
女性は二匹を見て微笑む。
「猫たちも涼しくなったかな。」
返事の代わりに、ふわのしっぽが一度だけ動いた。
午後の光が少しずつ傾いていく。
店先の朝顔には、もう昼の花の姿が残っていない。
朝に咲いていた花は、静かに閉じ始めていた。
その隣で、喫茶ひだまりの看板が夏の日差しを受けている。
朝から始まった一日は、ゆっくり夕方へ向かっていた。
ガブが目を閉じる。
ふわも目を閉じる。
蝉の声が遠くで響いている。
そして、店の奥から最後にもう一度だけ、氷を削る音が聞こえた。
ごり、ごり。
夏の一日。
朝顔が咲き、昼にはかき氷が出て、夕方には猫たちが眠る。
特別なことは何もない。
けれど、商店街の人たちにとっては、そんな一日が大切だった。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、暑い夏の日に、涼しい場所で眠っていただけだ。
その隣で、ふわも静かに眠っている。
喫茶ひだまりのかき氷の日は、冷たい甘さと一緒に、ゆっくりと夕方へ溶けていった。




