朝のまわり道
朝は、少し早く始まっていた。
夏に近づいた空は、明るくなるのが早い。商店街の通りにも、やわらかな光がすでに差し込んでいる。
まだ店はほとんど開いていない。
シャッターの下りたままの通りに、静かな空気が流れている。
時計屋の石段で、ガブはゆっくり目を開ける。
体を伸ばす。
前足を伸ばし、背中をゆるやかに反らす。
小さくあくびをひとつ。
その隣で、ふわも同じように目を開ける。
まだ少し眠たそうに、体を丸めたまま。
ガブは立ち上がる。
石段を下りる。
迷いはない。
いつもの動き。
ふわはそれを見る。
少しだけ間をおいて、立ち上がる。
そして、ついていく。
ガブは商店街の通りを歩き出す。
ゆっくりとした足取り。
急がない。
止まりながら進む。
最初に立ち止まったのは、八百屋の前だった。
まだ準備は始まっていない。
木の箱が積まれたまま。
ガブはその前で、少しだけ匂いをかぐ。
昨日の匂い。
野菜の匂い。
土の匂い。
それだけで、満足したように歩き出す。
ふわも同じ場所で止まる。
同じように匂いをかぐ。
少しだけ長く。
それから、ガブのあとを追う。
次は魚屋の前。
氷はまだ出ていない。
でも、少しだけ残った匂いがある。
ガブはそこで座る。
ほんの少しだけ。
通りを見ている。
ふわも隣に座る。
ガブを見る。
同じ方向を見る。
何があるわけでもない。
ただ、そこにいる。
やがて、ガブはまた歩き出す。
ふわも一緒に動く。
パン屋の前を通る。
まだ開いていない。
でも、中からほんのりと匂いがする。
焼く前の、やさしい匂い。
ガブは足を止める。
ふわも止まる。
鼻を動かす。
それだけで、また歩き出す。
商店街をゆっくり一周するように、歩いていく。
角を曲がり、細い通りを抜け、また元の通りへ。
ガブは慣れた道を、迷わず進む。
ふわは少し遅れながら、でもちゃんとついていく。
ときどき立ち止まり、また追いつく。
その繰り返し。
やがて、喫茶ひだまりの前にたどり着く。
まだ閉まっている。
静かな扉。
ガブはその前で止まる。
座る。
少しだけ空を見る。
ふわも隣に座る。
同じように上を見る。
空はすでに明るい。
朝の色。
やがて、ガブは立ち上がる。
来た道を戻るように、また歩き出す。
ふわもそのあとをついていく。
商店街は、まだ静かだ。
でも、少しずつ音が増えていく。
遠くでシャッターの音がする。
どこかで水の音。
一日が始まる気配。
時計屋の石段に戻ってくる。
ガブはそこに上がる。
いつもの場所。
くるりと回って、横になる。
ふわも上がる。
少しだけ位置を調整して、隣に丸くなる。
さっき歩いた道の匂いが、まだ少し残っている。
それを抱えたまま、目を閉じる。
通りに人が出てくる。
八百屋のおばさんが気づく。
「朝から歩いたのかい」
小さく笑う。
魚屋の大将も言う。
「見回りだな」
それだけ。
喫茶ひだまりの扉が、やがて開く。
からん。
朝が、いつも通り始まる。
でも今日は、少しだけ違う。
一匹で歩いていた道を、二匹で歩いた朝。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、いつものように商店街を一回りしただけだ。
その隣で、ふわが同じ道を歩いた。
それだけで、その道は少しだけ変わった。
商店街は、それを静かに受け入れている。




