一方その頃 王城にて 1
とんでもなく重大なことになった。事態はまったく軽くはない。
壁には豊かな色彩の絵画がかかり、採光のための大きな飾り枠の窓。臣下も協議に加われるよう、揃いの椅子と机とが何セットも広い部屋に散らばり、一角には資料のための書籍が並ぶ本棚、さらに書庫へ繋がる扉。
高価な絨毯が広々と敷き詰められる上に、据えられる巨大な書き物机......王の書斎。
そしてそこで頭を抱えるのは、レインワルド・ロジェ=ラコンテ。
このラコンテ王国の、国王陛下である。
「どうだ、やはり先ほどの報告は......!?!?」
ヴィオレッタ・メイユール令嬢付きにしていた使用人から、報告があったのがつい先ほどのことだ。
聞いた途端、レイモンドをひっ捕らえろと命じようとする国王の乱心を、家臣総出でどうにか宥めたのもその後すぐ。
この国にはもともと側室を多く囲う文化はないが、今代の王、レインワルドは特に一人の妻を愛する気質が強かった。よって、迎え入れた妻は正妃ただ一人。そのために、生まれた子供も正妃との間にたった二人。
そのうち王太子は現在、見聞を深めるため国外に留学している。
正妃は非常に賢く嫋やかな淑女だが、もとより体の強い人ではなく、王子二人が成長した今、緊張が抜けたのかさらに休みがちだった。
つまり、事実上国に残されたたった二人の王族で、王室の権威を保たなければいけないわけだ。
他ならぬ父王の命で、第二王子をパーティー会場から引き摺り出したなんて状況は、真っ向から権威的な振舞いに反する。
そういうわけで、どうにか家臣に宥められたレインワルドは書斎でひたすらパーティーが終わるのを待ち、ほぼ二分置きに同じ問いを繰り返している。
「はい。やはりパーティーでの殿下の発言は、間違いがないかと」
応じるのは国王の秘書官長だ。
つまり王家と公爵家が定めた婚約を白昼堂々破棄し、令嬢を断罪し、メイユール公爵家から彼女が勘当され、学園を追放する、とレイモンド第二王子が言い放ったのは真実である。
レインワルドは無言で顔を覆った。
このやり取りももう何回目か。
すでに裏取りは取れている。あとは本人から聞くだけだ。
それでも繰り返すのは、半ば現実逃避である。頼むどうか否定してくれ。
「ヴィオレッタ・メイユールの罪状というのは......」
「はい。全ての罪状の確認作業は未だ途中ですが、現段階で確かめられたものに関しましては、全て冤罪かと」
「.........」
淡々と答える秘書官の言葉に、レインワルドは再び頭痛を感じた。
何度来ても、なぜ息子がこんなことを仕出かしたのか理解できないのだ。
当たり前だ。メイユール公爵令嬢に付けた使用人は王家からの監視も兼ねている。当人ももちろんそれを理解している。
罪を犯していないことなどすぐにわかるし、犯す余地もない。さらに言えばここ最近のメイユール嬢のスケジュールから、些細な虐めなどする時間もない。
仮にしていたとして、その些細な虐めが、なぜ婚約破棄に繋がるのか。
もう問題点がありすぎる。
「メイユール公爵家へ送った伝令魔法には、まだ返事はないか...」
「はい。先ほど、追加で使者も送ったところです」
魔法陣を使った伝令魔法は一瞬で届く。もう返事が来てもおかしくない頃合いであるはずだ。
それなのにまだ返答がないのは、あちらも不意の話で慌てているのか、それとも......。
暗い妄想だけが広がる。ピリピリした空気でメイユール公爵家と婚約破棄について話す想像だけで、レインワルドは頭痛だけでなく胃がキリキリと痛んでくるのを感じた。
切実に、賢い妻の助言が欲しい。あるいは一番目の子供と話し合うのでもいい。
レインワルドは決して独裁者ではなかった。同じ王族と談議し、貴族の意見を尊重し、家臣と話し合う。そうして重要な決定を下していくのだ。それがレイモンドにとって弱腰に見えているらしいと感じることはあったが、いずれ大人になれば、わかってくれるものと思っていた。
それがこうなるとは......もっと何かしていれば、と後悔ばかりが募る。
しかし、今頭に過ぎった二人のうち、王太子は国外であるし、このような滑稽な話で体調の悪い妻を煩わせるほど意志薄弱でもないつもりだ。
貴族たちに意見を求めるに至っては言語道断。いくら貴族と近しく繋がるといっても、引くべき一線がある。これは、今の状況では到底明かせない醜聞だ。
学園での出来事を聞くに、誤魔化すには遅いかもしれないが......。
「レイモンドは、本当に、パーティーでヴィオレッタ嬢を追放したのか......?」
「はい。正確には、レイモンド殿下の言により、マルセル・クレール殿が学園長に預けられた学園保護魔法へのアクセス権限を行使することによって、ヴィオレッタ嬢とフォルティア学園の魔法契約が破却された形になるものと思われます」
秘書官の応答は無慈悲なものだった。
レインワルドはもはや、疲れた顔で溜め息を吐くのみだ。
つまり、その場の狂言でもなんでもなく、真実、ヴィオレッタ嬢は学園を追放されてしまったのだ。
何の罪もない勤勉な女生徒が、たかが言いがかりで学び舎を追放されてしまったのだ。ウォルター・カルフールのお膝元で。
生徒を守るための魔法契約で。他ならぬフォルティア学園の学園長ウォルター・カルフールが構築した偉大な発明で。
そしてその権限を悪用したのはレイモンドである。
王族が、身分を笠に着て教員を唆し、王立の施設で魔法の権限を悪用した。
「............パーティーはあとどれくらいで終わる?」
上述の質問の後、額に青筋を立てたレインワルドが決まってこう言うのが、ここ数時間の不毛なやり取りのお決まりだった。
「...少々お待ちを、」
鉄面皮の秘書官もまた同じように、懐中時計を確認しようとする。
しかしここで、今回はこのお決まりのループが途切れた。
「ッ失礼します!! 陛下、ご報告が!!!」
王宮内に使いに出していた秘書官の一人が、血相を変えて駆け込んできたのだ。
そのただならぬ様子に、レインワルドもさすがに信頼できる秘書官長の前とは表情を切り替え、威厳ある国王の姿で立ち上がる。
「どうした」
「管理していた王家の印璽が...王印が...! 一時、紛失していたことがたった今判明しました......!!!!」
おそらくこれが皮切りだった。
途端、堰き止められていた水が一気に溢れるように、次々と報告が立ち返る。
「陛下!! 秘書殿!! 先ほどの御報告を受けて、レイモンド殿下の婚約者への総予算を確認しましたところ、金額に不審な点が...!!!」
次に駆け込んできたのは、パーティーでのレイモンドの挙動不審の報告を受け、ただちに第二王子とその婚約者に関わる公式行事での金の流れを追った、儀典長だった。
結果、今レインワルドと秘書官長に報告しているように、公的な式典のため支払われるべきヴィオレッタ嬢への予算の大半の行方が不明なことが判明した。
しかし、しっかりレイモンドによって引き出されてはいる。
「陛下。どうやらこいつが関わっていたようです」
同時に、書斎の絨毯にドサリと投げ落とされたのは、財政に関わる書類を管理している書記官の男だ。
「な、な、何か、問題が...!? わ、私は、殿下がおっしゃられたとおりにしましたが...」
状況を理解していなさそうな男は、キョドキョド視線をさ迷わせながら見当違いなことを言う。
(...またレイモンドか...!)
レインワルドはまた頭を抱えたい衝動に駆られた。
王太子が国外にいる今、この“殿下”は当然レイモンドだ。
「あっ! こいつです、こいつが王印が紛失したとき、最後に管理に関わった役人です!!」
と、先ほど国璽の紛失を報告した秘書官も、同じ男を指差した。
「レイモンド...一体王印を、何に使った......!?」
思わず国王が口に出したのとまったく同じ懸念が、相変わらず逃げ道を探すように目をさ迷わせる男以外、この場の全員の頭に浮かぶ。
「......陛下」
そこへパチンと懐中時計を閉じた、一人冷静な秘書官長が声をかけた。
「まだ何かあるのか!?」
「いえ。ただ、学園にてパーティーがただ今終わったところです。直ちに陛下の命を受けた宮廷魔術師と衛兵が、転移魔法にて殿下をお連れするころでしょう──」
「───陛下!!! レイモンド殿下をお連れ致しました!!!!」
まさにそのとき、衛兵に囲まれ、後ろに魔術師たちを引き連れたレイモンドが、ほぼ投げ出されるように部屋に入ってきた。




