私は聖女ではありません
爽やかな風が吹く草原に、子どもたちの笑い声が響いています。
今日はとてもいいお天気なので、洗濯物がよく乾きそう! みんなのシーツを一気に洗うのは大変だったけど、白いシーツが風に靡くのを見るのはとても好き。
「それにしても、エマはお城に行かなくてよかったの?」
一緒に洗濯物を干しながら、カラが聞いてきた。その質問は何回目かな? 思わず苦笑してしまう。
「私はここでの生活が好きだから」
シーツのシワを伸ばすためにパンッと音を立てる。うん、今日も綺麗に洗えたね。
こういう平和な日常生活が私にはとても貴重で幸せな時間なのです。自分で仕事をして、みんなでご飯を食べる。そんな当たり前が私にとっては当たり前じゃなかったんだもの。
与えられるだけの生活は、受け身の生活は、もうやめたかったから。
「その気持ちはわかるけど、でもお姉さんである聖女様がアンドリュー様の伴侶として選ばれたんでしょう? 妹の貴女なら少なくとも生活に困らないように家だって用意してもらえるでしょうに」
「だから、私はここでカラやシスターや子どもたちと一緒に暮らすのが性に合ってるの! なぁに? カラは私を追い出したいの?」
「そんなわけないでしょ! エマと一緒だと私も嬉しいよ! そうじゃなくてぇ……」
私が少し頬を膨らませると、カラが慌てたように手をブンブン振った。ごめんごめん。ちょっとからかっちゃった。
「ふふっ、わかってる。マリエちゃんに会うために頑張ったのに、会う時間が減るんじゃないかって心配してくれてるんだよね? その点については心配無用なの」
あれから。
禍獣の王に癒しの封印を施した後、幻獣人たちはそれぞれが思い思いの行動をとった。
リーアンとガウナの仲良し戦闘狂コンビは、この世界に現れる禍獣を狩りながら自由に旅して生きることを選択した。
禍獣の王を封印しても、人の負の感情は消えない。そのため、禍獣が消えてなくなるわけじゃないから。
二人にとっては戦いこそが生きる楽しみみたいなところがあるので、まさに適任。こちらも助かるし、彼らも楽しいしでウィンウィンだった。
マティアスとジュニアスの双子は、ジュニアスたっての希望で気ままな二人旅をするのだそう。なんだかんだで落ち着いて過ごせていなかったものね。
色んな街を旅して回って、美味しいものや美容に良さそうなものを探すんだってマティアスも嬉しそうだったっけ。
それからジーノは己を鍛えるという目的をもって一人で旅立ち、エトワルはお昼寝に最適な場所を求めてこちらも一人で旅立った。
ジーノはともかく、エトワルは朝露の館が一番快適なんじゃないかと思ったんだけど……本人がそうしたいというのなら好きに過ごしてもらいたい。
おかげで朝露の館に残ったのはカノアとギディオンの二人だけになってしまった。だいぶ寂しくなったけど、旅に出た人たちもたまには顔を見せに来るといっていたからいいかな。
ただ、彼らの中の「たまに」がどの程度の周期なのかはわからないけれど。数十年後の可能性もあるなぁ。
ちなみに、カノアが残ったのは館の持ち主ということと、気軽にお城からケーキを食べさせてもらうため。そして、ギディオンは単なる出不精のためです。二人らしい……!
そんなわけでカノアが館を管理しているので、私とマリエちゃんはいつでも朝露の館に行けるようになっている。教会と王宮のそれぞれに、専用の扉をつけてくれたから。
なので、別々で暮らすことにはなったけど頻繁に会えるからなんの問題もないのです。
「そっかぁ。それならそれぞれが好きな場所で過ごすのがいいよね。ふふ、幻獣人様って本当に気ままなんだねぇ。好きなことをして生きてるって感じで。……シルヴィオ様も!」
「うっ、それなんだよねぇ……シルヴィオも、自由に行きたいところに行ってもいいのに」
そう、シルヴィオは以前言ってもらったようにずっと私の側にいる。つまり、教会で普通に一緒に生活をしているのだ。
今も外で子どもたちとワイワイ走り回っている。子どもの面倒は見ません、と言っていたわりに一緒に遊ぶのは楽しいみたい。
正直、子どもの体力は無限なのでシルヴィオがこうして遊んでくれるのはすごく助かっている。でも、本当にいいのかなぁ? という思いは抜けない。
「何を言ってるのよ。シルヴィオ様だって好きに生きているからエマといるんでしょお?」
「本人もそう言っているけど、それが理解出来ないの。私なんかといても面白いことなんてないのに」
カラがニヤニヤしながらそう言うので、ため息を吐きながらそう返すとギュッと突然鼻をつままれた。痛たたた、な、何!?
「何言ってるのよ! 聞いてるよ? シルヴィオ様からユニコーンの祝福を授けられたって!」
「え? それはそうだけど……」
ジトっとした目で見られているけど、それが何か関係あるのかな? わからなくて首を傾げると、カラは驚愕に目を見開いた。
「え、まさか……幻獣人様からの祝福の意味を知らないの……?」
「……そういえば、戦いが終わった後に聞く約束をしてたっけ」
ドタバタしてたからつい忘れちゃってた。私がそう呟くと、今すぐ聞いてきなさい! とカラに背を押されてしまった。
そのまま自分は子どもたちに、お勉強の時間よーと言いながら呼び集めている。
仕方なく私は子どもたちに声をかけに行きつつシルヴィオの下へと向かった。シルヴィオは走って教会へ向かう子どもたちの背を見送りながら、近付く私に気付いてフワリと微笑んだ。
「あ、あの、シルヴィオ」
「はい! なんですか? エマ様!」
尻尾がブンブン振られるている幻覚が見える。いつも本当に嬉しそうに答えてくれるから正直……ちょっとかわいく見える時があるんだよね。
幻獣人様だってことを忘れないようにしたいのに、こればっかりは、ね。
「まだ聞いてなかったと思って。その、祝福の意味……? 聞かせてもらえませんか?」
私がそう告げると、シルヴィオは一瞬キョトンとした顔を浮かべた後、私の右手を取って口元に笑みを浮かべた。
「約束でしたね。お教えします。我ら幻獣人が祝福を与える意味を」
シルヴィオは私の右手の甲をソッと指で撫でた。それがなんだかくすぐったくて少しだけ身を捩らせる。
「祝福を与えられると、それぞれ少しだけ幸運が訪れます。オレからの祝福なので、エマ様は病気やケガをしにくくなりますね。実際、禍獣の王にやられた後、治りも早かったでしょう?」
癒しの力を持つシルヴィオだからこその効果ってことかな。そうだったんだ。それはとても嬉しいかも。ちなみに、幻獣人によって与えられる効果は違うそうだ。
「そして、祝福を与えた幻獣人はその代わりに、与えた者と同じ時を生きることになります」
「……同じ時?」
意味がわからなくて問い返すと、シルヴィオは私の右手を軽く持ち上げた。そのまま指先にキスを落とされて、なんだか恥ずかしくなる。
「はい。オレたちは長寿です。でも、祝福を与えたのでオレはエマ様と同じ寿命になります。この先、死ぬ時もオレはエマ様と一緒です」
「えっ」
「ご安心ください! 祝福を受けた側も少し寿命が伸びますから。そうですね、エマ様の場合はとても弱い人間なのであまり長くはならないかもしれません。でもまぁ、一五〇年くらいは生きるんじゃないかと」
「長っ!?」
ちょ、ちょっと待って。なんだかいろいろ理解が追い付かないんだけど……?
っていうかなんか、今のってすごくプロポーズみたいなんですが……? うわ、自意識過剰ですみません! 思わず顔が真っ赤になってしまいます。
「エマ様が天寿を全うするまでお世話をし、お守りすることがオレの幸せなんです。エマ様がいなくなったらオレに生きる意味はなくなりますし。なので、これから死ぬまでお側にお仕えしますから安心してくださいね」
「ひぇ……!」
カラがニヤニヤしていたのはこういうことだったのね! それに、祝福を与えられた時に他の幻獣人たちが微妙な反応をしていたのも!
シルヴィオの態度を見るに、恋愛感情だとかプロポーズといった意味はなさそうだけど……なんだか、心臓に悪いです。
「本当に、物好きですね……?」
「そうですか? オレは初めて出会った時からいつかこうするって決めてましたけど」
それは余計にビックリですが!? 最初なんてもっとウジウジしていたもの! うーん、どこがシルヴィオに気に入られたのかわからない……。
「……助けてあげないと、貴女はすぐに消えてしまいそうですから」
「わっ……え? 今、なんて……」
シルヴィオが何かを言ったのと同時に突風が吹いたので上手く聞き取れなかった! 聞き返した私にシルヴィオはニッコリと微笑むと、もう一度口を開いてくれる。
「昼食の準備があるのですよね? と。さ、一緒に参りしょう」
「あっ、そうですね! 行きましょう!」
なんだかまだ実感がわかないけれど、どうやらシルヴィオとは一生の付き合いになるようです。
でも、嫌な気はしませんでした。一人の時間が長かったからかな? 誰かが側にいる人生だと思うと、心が温かくなる。
シルヴィオに手を引かれ、私は心地好い風が吹く中を一緒に小走りで教会に向かいました。
私は聖女ではありませんが、この世界でとても幸せな人の一人になれた気がしました。
この先、少しだけ長い人生をゆっくり楽しめる。こんな贅沢が味わえるのですから!
これにて完結です!
お読みいただきありがとうございました!




