彼女は間違いなく本物の聖女でした
足取りは軽かった。今もなお、幻獣人たちが必死で禍獣の王に攻撃を加えているのが見えるし、戦場は怖いし、禍獣の王はもっと怖かったけど。
繋いだマリエちゃんの手が、ポカポカしていたからかもしれない。
ゆっくりと近付くにつれ、戦っていた幻獣人たちが攻撃の手を止めてこちら側に向かってくるのが見えた。
彼らは何も知らされていないのだけれど、質問を口にすることなくただ黙ってこちらの動きに注目してくれている。
時折、禍獣の王から繰り出される攻撃を他に逸らしたり、私たちの方に向かわないように立ち回ってくれているのがさすがだと思ったよ。
不思議だな。一人の時は攻撃がこちらに向かってくるだけでもビクビクしていたのに、今は全く怖くない。
彼らが防いでくれるっていう信用もあるけど、マリエちゃんの存在が大きいんだと思う。
幻獣人たちは私たちが何も言わずとも、これから何かをするんだということを察してくれたのだと思う。察知能力も高いなぁ、なんてぼんやりと考えた。
「……山みたいに大きくて、怖いね。目の前で見ると余計に。こんなのとよく一緒に封印されてたね、マリエちゃん」
「あは、私もそう思う。もう一度やれって言われたらもう無理かも。エマがいるから、弱虫になっちゃったな」
変な言い回しだったけど、その気持ちはわかる気がした。
もう何も失うものはないと思っていたら、全てがどうでもよくなって思い切った行動が出来たりするものね。
だけど失いたくないものが側にいたら、それをまさしく失いたくないから怖くなっちゃうんだ。
なのにやっぱり不思議。怖いけど、怖くないんだもん。
禍獣の王の目の前に二人で立ち、その姿を見上げた。ゆらゆらと黒いモヤが揺れていて、常にその姿形を変えている。
最初に見た時は恐怖しか感じなかったけど……マリエちゃんの話を聞いた後はどこか悲しく見えるようになった。
救えるのなら救いたいよね。自分のことさえろくに救えなかった私だけど……出来るかな? お手伝いくらいなら、出来ると思いたい。
マリエちゃんの方を向いたら、ちょうどマリエちゃんもこちらを見ていて目が合う。それから同時に頷いて、両手を握り合った。
「封印の錠よ」
無意識に言葉が口から出てくる。不思議な感覚だった。今、自分が何をすればいいのかがわかる。
「解放せよ……!」
右手の紋章が光り輝いて、マリエちゃんの右手の紋章がそれに呼応するように光る。あまりの眩しさに目を細めた。
その光の中で、マリエちゃんの髪が徐々に金色に変化し始めていった。
えっ、えっ、何? 黒髪の中にあった金色の髪が全体に広がっている……?
うわぁ、聖女みたい! やっぱりマリエちゃんこそが聖女だったんだよ! 本物の聖女だ。私はただのオマケ。うん、間違いない。
感動していると、ふわりと風に靡いた自分の髪が視界に入る。えっ、あれっ!? 私の髪も、銀色に輝いている……?
えっ、私もーっ!? これ、後で戻るかな……? 絶対、私には似合わないと思うもん。
って、今はそんなこと考えている場合じゃない。
「禍の塊よ」
今度はマリエちゃんが言葉を口にする。金色に輝く様がとても神々しい。
「其の悲しみを癒す封印を」
グイッと左腕が持ち上げられる。マリエちゃんが私と手を繋いだまま右手を禍獣の王の方に掲げたからだ。
なんか、私は何もしていないのに一緒になって禍獣の王を封印しているみたいだ。
ギュッと握る手に力が込められて、マリエちゃんが少し苦しそうなのが伝わってきた。ビリビリという振動が私の手にも伝わる。これがマリエちゃんには直接響いているんだ……!
私に影響はない。その痛みや振動を和らげることは出来ない。無力だ。
でも、今この手は繋がれている。ほんの僅かでも支えになれたら、これ以上に嬉しいことはないよ。
だって、マリエちゃんを支えたいってずーっと思い続けて生きてきたんだから。
ギュッと握る手に力を込める。それに気付いたマリエちゃんが一瞬だけ視線を私に向けた。
「大丈夫」
何が大丈夫なのかはわからなかったけど、そんな言葉が飛び出した。ほんと、無責任な言葉だよね。ごめん。
でも、それを聞いたマリエちゃんが笑ってくれたから良しとしよう。
「どうか、封印の中で癒されて……! 禍獣の、王……っ!!」
さらにギュッと力が込められた。その瞬間、私たちの周囲を色とりどりのの複数の光が包み込む。
これは……幻獣人たち? すごい、力が湧いてくる。
って、ダメダメ! 私じゃなくて、マリエちゃんに力を注いでもらわないとっ!
慌ててマリエちゃんを見ると、彼女もまた顔色が良くなっていることに気付く。
ああ、良かった。マリエちゃんもこの力を感じているみたい。ま、まぁ当たり前か。手を繋いでいるわけだし。私、ちょっと焦りすぎかも。
「っ、いける!!」
マリエちゃんが力強く微笑み、さらに金色の輝きを強めた。
さすがにもう目を開けていられなくなった私は、ギュッと目を閉じる。閉じているのに、瞼の裏に強い光を感じた。
影すらも存在出来ないんじゃないかって思えるその光の中で、禍獣の王の咆哮が耳に届く。
その声は相変わらず悲しみや苦しみ、憎しみや怒りといった感情の塊だったけれど、どこか救いを求めているようにも聞こえた気がした。




