最終決戦前に強制小休憩が入りました
そうは言っても、今すぐには向かわせてもらえませんでした。
なぜって? シルヴィオストップが入ったからですよ。せめてあと少しだけ治療をさせてください、と懇願されちゃったんだもの。
いつも過保護で真剣だけど、こんなにも必死なシルヴィオは初めて見たから断るわけにはいかなかった。ほんの十分くらいでいい、と言っていたし、さすがに強硬するのもね……!
治療を受けている間、マリエちゃんは自分が封印される前のことを少し話してくれた。
「一緒に封印されようって決めた時、アンドリューにお願いしたんだ。次に来る聖女に優しくしてあげてって。もしかしたら私に似てるかもしれないよって」
アンドリューに……? 言われてみれば、彼は最初から私に優しかった。それに、どことなく似てるって言われたこともあったような……?
「えっ、じゃあやっぱりマリエちゃんは私が来ることを知ってたの?」
「ううん、そういうわけじゃないの。ただ、自分が錠の聖女で半人前なら、鍵の聖女がいるはず。それならきっとそれはエマしかあり得ないなって思っただけ」
驚いて聞き返すと、両手を小さく振って否定した。でも、そんな予感はしていたってことかな。
すごいなぁ、そんな風に推測が出来るなんて。私だったら思いつきもしなかったと思う。
「もしかしたら、その私の思いが現実になったのかもしれないけど。真実はわからないよ」
真実はわからない。
確かにその通りだけど、マリエちゃんに願われて来たと思った方がなんだか嬉しい気がする。うん、そう思うことにしよう。
「それにしても、あんなに小さかったのにアンドリューったら、すっかりイケメンになっちゃって」
「二十年も経てば、当たり前だろう。マリエに追いついたな」
「くーっ、生意気っ! それでもまだ私の方が年上だもん。たぶん、二歳くらいは……」
「その程度、誤差だ」
なんだろう、マリエちゃんの前だとアンドリューって少し砕けた雰囲気になる気がする。
でもそっか。マリエちゃんは封印されている間、時が止まっている状態だったんだものね。私との年齢差はあまり変わっていないけど。数年は縮まったかな? というくらい。
元から無邪気で明るいマリエちゃんは、年上だけどあんまりそれを感じさせないところがあったし、違和感はまったくないけれど。
「ふふ、アンドリューは嬉しそうですね。エマ様、実はマリエ様はアンドリューの初恋の相手なのですよ」
「へー、初恋……えっ!? 初恋!? アンドリューが!?」
ぼんやり二人の様子を眺めていると、コソコソとシルヴィオが教えてくれた内容に小声で叫ぶ。
えーっ、そうだったの? へー、そうだったんだ……!
子どもの頃の淡い初恋、その相手が今や自分と同じくらいの年齢になって再会だなんて……なんだかロマンチックかも。
ちょっと応援したくなるなぁ。きっと今も好きだよね。ただ、マリエちゃんはまだ子どもの頃のアンドリューというイメージが抜けてないみたいだけれど。
「これはますます、早く平和な世界にしないとですね。マリエちゃんにも、恋してほしいな」
「エマ様は、本当にマリエ様が大好きなのですね」
「それはもちろん。再会出来たのは嬉しいけれど……平和になったこの世界で、大好きな人にはもっと幸せに過ごしてもらいたいです」
不思議だな。未来なんて見えなかったのに、マリエちゃんと再会出来ただけで明るい未来をいくらでも想像してしまう。
「オレも、そう願います。……さぁ、治療が済みました。まだ完治ではありませんが、エマ様は早く行きたいのでしょう?」
「うん。ありがとう、シルヴィオ。今だけじゃなくて、これまでもずーっと」
しっかり目を見てお礼を言うと、シルヴィオはその淡紫色の瞳を少しだけ丸くしてからフワリと微笑んだ。
そういえば、こうしてしっかり目を見て意思を伝えるのは初めてだったかもしれない。なんだか照れ臭いな。
恥ずかしさを誤魔化すように、私はスッと立ち上がる。うん、もうふらついたりもしないし痛いところもない。シルヴィオの治療の力はすごいな。
いつもウジウジとして後ろ向きな私が、せっかく前向きになれたんだもの。また弱気が顔を出す前に決着をつけなきゃ。
「マリエちゃん」
「エマ……うん、行こうか」
まだアンドリューと話していたマリエちゃんに声をかける。すぐに振り返ったマリエちゃんも、一度驚いたような顔をした後に笑顔で手を差し出してくれた。
なんだか、アンドリューも私を見て少し驚いてない? よく見れば、ジーノやエトワルもこっちを見て目を丸くしている。
「あ、あの。私、何か変、ですか……?」
あまりにも注目されるので居た堪れなくなった私は、尻すぼみになりながら訊ねる。すると、みんなは揃って顔を見合わせてから急に笑い始めた。な、なんなの本当にっ!
「自覚がないのね、エマ? 貴女は今、とってもいい顔をしているのよ?」
「え、い、いい顔? やっぱり変な顔してた!?」
慌てて両手で頬を抑える。私ったらどんな顔を晒していたんだろう。狼狽える私を見て、マリエちゃんはさらにクスクス笑った。
「違う違う。言葉通り、いい顔をしてるってこと。猫背になっていないし、胸を張ってる。いつも斜め下を見ていた視線は上を向いてる。自然と口角が上がってる。今まで見たことがないくらい、明るくて前向きな顔をしてるよ、エマ」
「……え、ちょっと待って。それって私、逆を言えばこれまでものすごく陰気だったってこと?」
「あはは、もうっ! ネガティブに捉えるところは変わってないんだから」
そ、そんなに変わったのかな? 自分ではわからないや。
というか、これから禍獣の王の前に二人で立つという雰囲気じゃないよね。でも不思議と恐怖も不安も感じなかった。
私とマリエちゃんはクスクス笑い合いながら、手を繋いで一歩を踏み出す。
ジーノ、エトワル、シルヴィオがその後ろからいつでもフォロー出来るようにとついて来てくれていた。
禍獣の王。今からあなたを、苦しみを、解放するからね。




