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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
やっぱり私は聖女ではなかったのです

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順調に戦えているのだと思っていたのですが


 シルヴィオに挨拶を残したのを見届けてから、ジーノとエトワルは動き始めた。


 結界の外に出てしまうと禍獣の王の放つ威圧によって私がまたダメージを負ってしまうので、エトワルが自分から離れていても一定期間だけ保つ結界を私に張ってくれた。


 こ、こんなことも出来るのね……? ただ、本当に数分しか保たないみたいだけれど。

 だから、マリエちゃんを朝露の館に連れて行ったらすぐに戻って来てくれるみたい。じゃないとまた私がやられちゃうからね。

 弱すぎだよねぇ、人間の身体って。でも、それだけ禍獣の王が脅威なのだと思う。


「かなり揺れるだろう。傷に障ったらすまないが……」

「私の身体のことは気にしないでください。ジーノは攻撃を避けることと、的確な指示を出すことに集中してもらえますか?」


 ジーノがかなり気を遣って移動してくれているのがわかる。でもそれじゃあ、思うように動けないと思うんだよね。そりゃあ傷は痛むけど……今ここで頑張らないともっと大変な被害が出てしまうもの。


「……わかった。辛くなったら、早めに言え。行くぞ」

「はいっ!」


 ジーノは先ほどよりもしっかりと私の身体を抱えると、一気にスピードを上げた。

 ……正直、呼吸も上手く出来ないほどの速さが予想外で大丈夫とは言い難い。けど、今更そんなこと言い出せない。


 い、いいの。私はただ指示通りに解放をするだけのお仕事だからっ!


 スピードに慣れてきた頃、ようやく私は禍獣の王の姿をしっかりと見た。

 ぜ、全貌が確認出来ないくらい大きい……! 黒くて、ドロドロしていて、なんだか不定形というか、生き物の形をしてないように見える。


 あれが、禍獣の王。

 見ているだけでぞわりとする。結界があるのに、精神が蝕まれそう。


 もとはといえば、人の悪感情から生まれたという、負の塊だったっけ。だから、決まった形がないのかな? そもそも禍獣だって獣の形を模しているだけって感じだものね。


「上だ、リーアンとガウナへ」

「は、はいっ! 『解放せよ』!」


 ジーノの言葉に反射的に叫ぶ。考えごとをしていたけれど、訓練のおかげかすぐに反応出来た。右腕をジーノが掴んで照準を合わせてくれるので私は願いを込めて叫ぶだけだしね。

 本当にこの方式にして大正解だと思う。私一人ではとても目で追えないし、見当違いのところに飛ばしていただろうな。

 下手したら、禍獣の王の力を解放しちゃう。シャレにならない事態に……!


「うっわ、さいっこうっしょー! テンション爆アゲーっ! 待ってたよー、エマちゃーん!」

「良かったー! エマちゃん無事だったんだねぇ!」


 どうやらうまく二人を解放出来たみたい。力が少しずつ抜けていくのを感じるし、二人がなにやら大喜びだし。


「これってぇ、短時間なんだよね? やるよぉ、リーアン!」

「おっけー!」


 すっごく生き生きし始めた……! さっきまで息を荒らげて辛そうだったのに、今はものすごく楽しそう。笑顔がキラキラ輝いて見えるよ。こんなに禍々しい空気なのに。


 目では追いきれないスピードで空を翔け巡る二人は、禍獣の王への攻撃も止まる気配がない。

 攻撃の威力はたぶん、そこまでじゃないんだと思う。もちろん、彼ら基準でだけど。でも、その数がすごいので禍獣の王が翻弄されているのがわかった。


「よし、切り替えてくれ。今度はあの離れた位置にいるマティアスとジュニアスへ」

「はい! 『解放せよ』!」


 ジーノに右手を移動してもらい、言われた通りに解放を切り替える。たくさん訓練しておいてよかった。ちゃんと練習通り、スムーズに切り替えが出来てる。

 ただダメージを負っているからか、練習の時よりも疲労を感じるのが早い。でも、もう少しいける、はず。


「お待たせぇ。無事にマリエさんを寝かせて来たよ。それでどう? 戦況は」

「エトワル!」


 思っていた以上に早く戻って来てくれてホッとする。

 実は少しビクビクしていたんだよね。気にしてなんかいられないって思いはするものの、やっぱり痛いのは避けたいもの。


 エトワルはジーノに並走するようにフワフワ飛びながら結界を張ってくれた。安心感がすごい。


「エマ、今度はあっちだ!」

「は、はい!」


 けれど、再会を喜んでいる暇はなさそう。ジーノは次から次へと指示を出してくれるから。

 エトワルも、特に答えを求めているわけではなさそうだったからまぁいい、かな?


 というか、マティアスの水しぶきとジュニアスの土煙でもはや戦場の様子がまったく見えないんですけど、私。

 ただエトワルが言うには、彼らも別に見えているわけではないとのこと。なんでも、気配で戦況を把握しているんだって。見えているよりすごい気がする……!


 まぁ、みんながハイスペックなことはもう十分知っている。私はとにかく、この調子で指示通りに解放を続けるしかないよね。でも、そろそろ休憩したいかも……!


「ジーノ……!」

「む、休憩だな。そろそろだと思っていた。一度シルヴィオの下へ向かおう」


 察しが良いっ! まぁ、私を抱えているのだから息が上がってきたのもすぐにわかるのだろうな。

 それにしても判断が的確だし、一番色んなことを見なきゃいけない役目なのに私のことまで気を配れるのはすごいと思うけれど。


「ごめんなさい、あまり長くもたなくて……」


 それに引き換え私のなんと情けないことか。ちゃんとみんなは無事なのか、禍獣の王にダメージを与えられているのか、それすら私にはわからない。


「気にしなくていい。これは長期戦だ。少しずつ禍獣の王を削っていくしかないんだからな」

「少しずつ……なるほど、長期戦ですね。でも出来るだけ早く倒してしまいたいですよね」


 あまり長期化すると被害が広がったり、人が住んでいる町への影響が心配になるもの。そう思って言ったんだけど。


「いや、禍獣の王は倒せない」

「え」


 ジーノに言われた言葉に、しばらく思考が停止してしまいました。えっ、倒せないって、どういうこと……?


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