全身痛みますが戦いはここからです
声が聞こえてくる。たぶんこれはシルヴィオの声だ。私を、呼ぶ声……?
「エマ様っ、エマ様……っ! 必ずオレが、全て治しますっ!!」
「シル、ヴィオ……?」
「っ、エマ様!?」
ぼんやりと、シルヴィオが必死で呼びかけてくれているのがわかった。声を出すと、思っていた以上に枯れていて自分で驚く。と同時に、急激に痛みが襲ってきた。
こ、これは、なかなかきついかも。打撃系の痛みには慣れているけど、火傷のような痛みはあんまり経験がないから。
それでも、耐えられないほどじゃない。シルヴィオが治療してくれているおかげかな。
少しして、かなり呼吸も痛みも楽になった。たぶんもう起き上がれる。そう思ってゆっくりと上半身を起こした。
「だ、ダメですよ! まだあまり動いては……!」
シルヴィオが慌てたように声をかけてくれたけど、私は首を横に振った。だって、今は最終決戦中でしょう? まず、状況を確認しないといけない。
だって、私がみんなの力を解放するって作戦だったもの。それにマリエちゃんがどうなったのか今すぐ知りたいのだ。
「マリエちゃんは? みんなは?」
まだ身体中が痛い。でも動ける。ようやく見下ろすことが出来た自分の身体。
腕には赤黒い痣がたくさん浮かんでいて、これが恐らく全身に広がっていたんだろうなってわかった。ちょっと、いやグロい。
「マリエさんも無事だよ。一度目覚めたみたいだったけど、今は眠っているよ」
「エマ様は、マリエ様をしっかり抱きかかえていたんですよ。だから、エマ様よりもずっとダメージが少なくて済んだのです」
エトワルとシルヴィオの言葉に身体の力が一瞬抜けてしまった。それを慌ててシルヴィオが支えてくれる。
私、マリエちゃんを守れたの……? 守れたんだ。救えたんだ。
……ああ、まだダメ。まだ安心なんて出来ない。だってまだ禍獣の王を倒せてはいないんだから。ギュッとシルヴィオの腕を掴み、力を込めて上体を起こす。
「エマさん、ごめんね。俺たちが不甲斐ないばっかりに……」
「本当に申し訳なかった。エマを必ず守ると約束したというのにこの体たらく……!」
エトワルとジーノが私の隣で正座をし、しょんぼりと項垂れている。よく見ると小刻みに震えていて、拳を強く握りしめすぎて血が流れているのがわかった。
ああ、責任を感じてしまっているんだね。でもあれはどうしようもなかったと思う。側にいたのが他の誰だったとしても、吹き飛ばされたんじゃないかな。
現に、シルヴィオだってこの二人を責めることはないもの。
「予定通りにいかないなんてことは、よくあることですよ。無事だったんだから、今は気にしないで? それよりもジーノ、今は作戦を続行しましょう」
「エマ様!?」
相変わらず私に治療の光を浴びせてくれているシルヴィオが、苦し気に顔を歪めた。この状態で動くなんてとんでもない、って言っているかのよう。
でも、そういうわけにはいかないじゃない。視界の端には、エトワルの結界の外で必死で戦っているみんなが見えているんだもの。
「もう動けますから。それに、ジーノが私を運んでくれるのでしょう? 私は指示通りに解放をするだけの簡単なお仕事なので!」
軽く肩を回して動けるアピールをしたけれど、うーん、あちこち痛む。でも、私が動き回るわけじゃないからきっと平気。
だけどシルヴィオは悲しそうに、悔しそうに顔を伏せてしまった。強く引き留めないのは、この状況がまずいってことを彼自身も感じているからだよね。
「シルヴィオのおかげで、痛みももうほとんどないです。助けてくれてありがとう」
シルヴィオも、小さく震えていた。すごく心配してくれたんだな、と思うと申し訳なさと感謝で胸がいっぱいになる。エトワルやジーノも、あんまり気にしないでもらいたいな。
「あ、当たり前じゃないですか……だって、エマ様はオレにとって……」
私が、シルヴィオにとって? 小さく首を傾げると、シルヴィオは一瞬言葉に詰まったように困った顔をした。
それから一度目を閉じてからその淡い紫色の瞳を真っ直ぐこちらに向けてくる。
「いえ、なんでもありません。……時々、休憩しに戻ってください。こまめに治療を続けますから」
「はい、わかりました。ジーノ、そのように頼めますか?」
「……任せろ」
シルヴィオがようやく認めてくれたことで、ジーノやエトワルも互いに頷き合った。
うん、まだ戦いは終わってないんだもの。気を引き締め直そうね。
「俺はマリエさんを館に運ぶよ。アンドリューに任せればいいでしょ?」
エトワルの声で、少し離れた位置にマリエちゃんが寝かされていることに今気付く。
記憶のままの姿だ。封印されている間は時が止まっていたのかな。なんだか年上っていう気がしないや。
マリエちゃん。マリエちゃんだ……。
すぐに再会を喜びたいけれど、それも全てが終わった後までお預け。
がんばろう。がんばらないと。
「はい、よろしくお願いします、エトワル」
「任せてー!」
マイペースでのんびりなエトワルが、珍しくはりきって返事をしてくれた。とても頼もしいな。
「ジーノ、俺が戻って来るまでは絶対に攻撃に当たらないでよね」
「無論だ。これ以上、エマにダメージを与える気はない。必ず守り切ってみせる」
エトワルがマリエちゃんを抱え、ジーノが私を抱き上げる。それに合わせてシルヴィオも立ち上がり、癒しの光を一度止めた。う、痛みが……!
「だっ、大丈夫ですか……!?」
「あ、あはは。ちょっと痛い。でも我慢出来るよ、大丈夫」
シルヴィオはギュッと私の手を両手で握りしめた。あったかくて、治療はしていないはずなのに少しだけ痛みが和らいだ気がした。
「信じていますからね、エマ様」
「うん。私もみんなのこと信じてるから、きっと大丈夫です。待ってて、シルヴィオ」
さぁ、戦いはここからだ。視線を禍獣の王に向けて、私はしっかりとジーノにしがみついた。




