最初から予想外の事態に見舞われました
ジーノに声をかけられ、再び縦抱きにしてもらう。なんだか子どもみたいで落ち着かないけど、最も安全な体勢だものね。何も言う気はないけれど、やっぱり微妙な心境です。
「今にも飛び出しそうな気配がする。早くした方がいい」
「じゃ、早速向かおうかー?」
ジーノが禍獣の王を睨み上げながらそう言うと、エトワルがのんびりと言いながら私の隣に立った。反対側の隣にはすでにシルヴィオが立っている。やや距離が近いのは気のせいということにします。
それよりも何よりも、ギディオンが眠らせた国王軍のみなさんをどうにかしないと。
「そ、その前に倒れている人たちを先に移動させないとですよね? 一か所に集めた方がいいのかな……」
「あー、どうだろーね? カノアー?」
私が告げると、エトワルがのんびりとした口調でカノアを呼んだ。その意図に気付いたカノアは小さく頷いて両手を上に向けて伸ばす。
「このままで大丈夫。じゃ、一斉に行くよ」
カノアはそれだけを言うと、この地下室いっぱいに広がるんじゃないかという大きな扉を床に出現させた。ひえっ、なっ、何あれっ!?
真っ黒な色といい、なんというか、地獄に連れて行かれそう……! しかも倒れている人たちが次々に扉に吸い込まれていくから余計に怖い! ブラックホール……!
「アンドリュー、城の前でいい?」
「ああ、助かる」
どうやら、倒れた国王軍はみんなまとめてお城の前に転移されたようだ。さっきまで足の踏み場もないほどの人が倒れていたのに、今はガランとしている。すごすぎてちょっと怖い。
「ねー、ガウナ。あれだけの人数が城の前に転移したってことっしょ? 城の前がどうなってんのか気にならない?」
「確かにっ! 人の山になってそうだよね! あーっ、見たかったー!」
だというのにキャッキャと楽しそうなのは安定の特攻コンビだ。大真面目に怖がっているのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。状況はとても深刻な最終局面だというのに。
でも、このくらい肩の力を抜かないといけないかもね。……よしっ!
「では、みなさん。よろしくお願いします……っ!」
みんなを見回しながらそれだけ声をかけると、各々がニヤリと笑ったり軽く手を上げたりと反応を返してくれた。黙ってこちらを見るだけの人もいるけど、大丈夫ってことだよね。勝手にそう受け取ります。
「エトワル、幻獣の姿になってください」
「はぁい」
私がお願いをすると、すぐにエトワルが美しいペガサスの姿になってくれた。やっぱりとても綺麗。
うっとりと見惚れていたらオレだって綺麗ですからね、とシルヴィオが拗ねてしまったけれど。だ、大丈夫! シルヴィオだってとても綺麗なこと、知ってるから!
ジーノが私を抱えたままエトワルの背に乗ると、すぐにエトワルがペガサスの羽を広げて浮かび上がる。ドッドッと心拍数も上がっていって、緊張感がやばい。
気持ちを落ち着かせる暇もなく、あっという間に禍獣の王の目の前まで辿り着くと、私は封印された状態のマリエちゃんを見つめた。
眠ったままピクリとも動かないその姿を見ていると、どうしても不安ばかりが膨れ上がる。
「いつでもいいよー、エマさん」
「こちらもだ」
言葉少なに二人が合図してくれた。そう、大丈夫。頼もしい仲間がいてくれるんだから。
「マリエちゃん。絶対に助けるからね」
迷わない。痛い思いをしたって平気。
ずっとマリエちゃんに差し伸べたかった手。私は右手でそっと封印に触れた。
「っ!!」
その瞬間、これまでに感じたことがないほどの爆風が吹き荒れる。な、なにこれっ、幻獣人たちを解放した時の非じゃない……!
一瞬でエトワルとジーノがその場から上空へと吹き飛んでしまうのを視界の片隅で捉えた。
私はというと、例のごとく封印解除の弊害で手がくっ付いたまま離れない状態だ。こんな下から吹き上げてくる風の中じゃ、さすがにこいのぼりとも形容出来ない。
私だけは吹き飛ばされなくて良かったと言えるかもだけど、このままじゃマリエちゃんを連れ出すことも出来ない。
それどころか、エトワルが戻ってこないと禍獣の王の気にやられて私もマリエちゃんもジ・エンドだ。
それでも。今の私にはマリエちゃんしか見えなかった。
私が触れたのはマリエちゃんの上。だから、そこを中心に封印が解けていくのが見て取れた。
これなら、先に助け出せる出来るかもしれない。後のことは、きっとみんながなんとかしてくれる……っ!
掴むんだ、この手で。私をずっと助けてくれたその手を。
あの時みたいに、離したりはしない……! ……あの、時?
急に頭に蘇ってきたのは、これまでずっと忘れていた記憶。忘れたかった記憶。
そうだ、私があの時に手を離してしまったから、マリエちゃんはいなくなってしまったんだ。
そうだった。そうだったんだよ。義母が私を恨むのも、仕方のないことだったんだ。
マリエちゃんがいなくなったのは私のせい。私が殺したも同然なのだ。
ずっとずっと苦しかった。だから記憶を封じ込めたんだ。思い出してしまわないように。罪の意識から逃れるように。
なのに、私は生きたいと願った。義母に首を絞められながら、生きたいって。
なんて卑怯者なのだろう。私は死んで当然だったのに。なんで私は生きたいだなんて、そんなことを望んでしまったの。
ギリッと奥歯を噛みしめる。今はそんなことは後回しだよね。だって、マリエちゃんを救えるかもしれないのだから。
私はもう、どうなってもいい。死んだっていい。
今度こそ、貴女を助けさせて。
くっついたまま離れない右手を左手で掴み、これまでで一番の力を振り絞って私はマリエちゃんに近付いた。
ピクリとマリエちゃんの閉じられた瞼が動いた気がする。
「っ、マリエ、ちゃんっ!!」
叫ぶ。これまで出したことないほどの大きな声で。
「マリエちゃんっ!!」
ゆっくりとマリエちゃんの目が開き、私と目が合った。
「手をっ、伸ばして……っ!!」
あの時みたいだ。でも、あの時と同じになんてしたくない。
ジリジリと肌が焼ける痛みを感じながら、私は必死で左手を伸ばしながら叫び続けた。




