彼らの有能さを改めて思い知りました
扉の前に立つギディオンとジュニアスの間にピリピリとした空気を感じるのは気のせいではないと思います。
今は二人の後ろ姿しか見えないけれど、たぶん互いに顔を逸らしているし不機嫌そうなのが見なくてもわかる。今から恐らくたくさんの敵が待ち構えている場所に二人だけで向かうというのに本当に大丈夫かな……?
「心配しなくても死にはしませんよ。たぶん」
語尾にたぶんを付けないでください、シルヴィオ。
「そうよ。ジュニアスがただの獣人や禍獣なんかに後れを取るわけないでしょ」
ま、マティアス。自信満々で頼もしいですが、じゃあギディオンは……?
「あ、じゃあこいつらが戻ってきた時ってー、ぶっ倒れた国王軍がそこかしこにいるってことー?」
「えー、邪魔だねーそれ。踏んづけていこうか」
怖いことを言わないでくれますかねぇ!? リーアンとガウナの無邪気特攻コンビはっ!
他にも、何も口出しはしないけれどカノア、エトワル、ジーノは我関せずといった様子なのも私的にとても怖いです! もう少しくらい興味持って!
「お互いに嫌い合うのは構わないけど、仕事はきっちりこなしなさいよ、あんたたち。決戦はもう、始まってるんだから」
そんな中、マティアスがビシッとその場を引き締めてくれました。あ、ありがたい……!
「わかってる」
「はいはい、最も先陣に向かない僕が身体張ってきますよー。開けるよ、ブラコン」
「黙れ、根暗」
大好きなお兄さんに言われてジュニアスがせっかく素直な返事をしたというのに、ギディオンの余計な一言によって一瞬で元の険悪ムードに戻ってしまった。
ある意味、才能ですよね……ほ、本当に頼みましたからねっ!?
こちらの心配をよそに、二人はあっさりとドアノブに手をかけて躊躇なく扉を開く。向こう側の景色は……思っていた以上に凄まじいことになっていました。
え、何? この人数……地下室という閉鎖的な空間だから余計に大人数に感じるのかもしれないけれど、それでも多すぎません? これ、全部国王軍なの……? 威圧感に身体が硬直してしまう。
「じゃ、またあとで」
「えっ!?」
その光景に言葉を失っている隙に、ギディオンとジュニアスは扉の向こうに消えていった。一言だけを残して扉がパタンと閉められて。
「いっ、今の見ましたよね!? 封印された禍獣の王が確認出来ないくらい、国王軍でいっぱいでしたよね!?」
呆然と見送ることしか出来なかったのですが!? 大慌てで扉を指差し騒いでいると、マティアスに指で額を突かれた。あ、痛っ!
「落ち着きなさい、ダメ聖女。だからこそギディオンが向かったんでしょ。あの程度、暴走した禍獣の群れと変わんないわよ」
「そうですよ、エマ様。自我を持っていれば少しは厄介だったかもしれませんが、彼らは現在、我を失っています。頭を使わず、連携も取らない彼らに負けるわけがありません」
マティアスに続き、シルヴィオも笑顔で説明してくれる。いや、暴走した禍獣の群れも脅威なんですけど。
しかし彼らは幻獣人なんだから、私の常識で考えちゃダメ。様子からして本当に大丈夫なのでしょう。
で、でも、あんな光景を見ちゃったらどうしても不安に……!
「はい、帰還」
「ええっ!?」
と思っていたら、再び扉が開いて二人があっさり帰ってきた。
い、いくらなんでも早すぎじゃないですか!? まだ二、三分しか経ってないよね!?
「思っていた以上に早かったわね」
「楽な仕事だったからねぇ。ブラコン弟が怒りのぶつけ所を見つけてくれたからかな」
サクッとしたギディオンの説明によると、扉を閉めた瞬間に即効性の神経毒を撒き散らしたのだそう。
当然、二人の姿を認識した国王軍が数十人ほど攻撃を仕掛けてきたけれど、ジュニアスによる怒りの地ならしによって一斉に倒れ伏し、そのまま毒にやられて身動きが取れない状態になったという。え、怖……。
「わざとジュニアスを怒らせたのはそういうことね? ま、意識しなくてもアンタは怒らせたでしょうけど」
「戦略と言ってほしいねぇ。ヒヒッ」
ちなみに、睡眠薬も混ぜたとのことで数日は目覚めないという説明もされた。そ、それはそれで、あの場を戦場にしてしまうことに不安が残っちゃうな。
そんな懸念を口にすると、倒れた人たちは一斉にカノアが転移させるから問題ないとマティアスが教えてくれた。えっ、全員!?
「出来るよ。でもちょっと面倒くさいから戦いが終わったらホールケーキ食べたい。チョコのヤツ」
「わ、わかった。用意しよう」
「やった。じゃ、ちょっと頑張るかぁ」
カノアは相変わらず甘いものが好きだなぁ。アンドリューも思わず苦笑を浮かべている。緊張が解れてしまったよね。
「お疲れ様、ジュニアス。助かったわよ」
「……ん」
軽い確認をしているその背後で、マティアスがジュニアスの頭を撫でている。ジュニアス、表情はあまり変わらないけど嬉しそう……!
さて、ここでのんびりしている暇はないですね! 今度は私たちの番。これでもう邪魔されずに禍獣の王を解放出来るのだから。
「エマ」
いざ、扉の向こうへ向かうという時、アンドリューから声をかけられる。隣に並んで扉の前に立っているアンドリューは、感慨深げに目を細めていた。
何か話があるのだろうという雰囲気を察して、私は一度ジーノに下ろしてもらうよう頼んだ。
「突然この世界に迷い込んで、わけもわからない内に協力させて……命まで、かけさせている。私は、ずっとこれでいいのかと自問自答し続けていた」
行くわよ、というマティアスの声に促され、リーアンとガウナが真っ先に扉の向こうへと足を踏み出した。それに続いて私たちもゆっくりと向かう。
「マリエのことも。エマのことも。絶対に助けたい。せめて、この戦の後にこの世界で幸せに生きてもらいたい」
アンドリューの言葉を聞きながら、私は顔を上げた。そこには、以前に一瞬だけ見たあの光景がそのまま広がっていて、思わず身震いしてしまう。でも。
「じゃあ、幸せに暮らせる国を作ってください。アンドリューならきっと出来るって信じてますから」
明るい未来を思い描いていれば、少しは勇気が出るかな? 時にそれは絶望する要因になってしまうかもしれないけれど。
「そう、だな。エマは本当に強くなった。とても感謝している」
「……私だって感謝していますが、その感謝はまだお預けです」
「ああ、終わった後、改めて言わせてくれ」
扉の前で立ち止まったアンドリューと頷き合って、私は前を向く。
私の目は真っ直ぐ、禍獣の王とともに封印されているマリエちゃんを見つめていた。




