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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
最終決戦に備えますが正直かなり不安です

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急に訪れたその日に身震いしてしまいます


 変化が訪れたのは突然のことだった。


 いつも通り朝の訓練をして、昼食を摂り、夕方の訓練に備えて休憩を摂っている時。穏やかな時間に突如それを感じた。

 それが何かはわからない。でも、誰もがビリビリとした圧を感じて身体を硬直させた。


「な、何……?」


 外で何かが起きたのかな? でも、朝露の館は空間と空間の狭間に位置する場所だから、外からの影響はほとんど受けないはず。

 あ、でも切り取られた空間でもあるから切り取る前の場所で受けた影響が響くこともあるって言っていたっけ。そこで何かが起きたのかな?


「目覚めるのか」


 常に側にいたジーノがポツリと呟く。それだけでよくわからなかったこの現象が何なのか、すぐにピンと来た。


「うわぁ、この感じ。久しぶりぃ」

「こんなだったっけ? はぁ、いやーな感じ。武者震いしそー」


 リーアンとガウナが冷や汗を流しながらニヤリと笑い合っている。他のみんなも口元に笑みは浮かべているものの、緊張しているのが見て取れた。

 彼らでさえこうなんだもの。私は、直接向き合った時に耐えられるのかな。


 たぶんだけど。ついに、禍獣の王が復活した……?


「あ、あのっ、復活したん、ですか……?」


 怖くて声が震えてしまう。そんな私にシルヴィオがすぐさま声をかけてくれた。


「ああ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。正確にはまだです。あと数時間後には封印が解かれて外に出てくると思いますけど」

「あ、慌てるところですよね、それっ!?」


 ニコニコとお茶を淹れながらシルヴィオは言うけど、悠長にお茶なんか飲んでいる場合じゃないですよね!? 何? 私がおかしいんですか、これは!


「今ここで焦ったってよくないのは本当よ、ダメ聖女。アタシたちは禍獣の王がもう復活していたらすぐに察知出来るわ。つまり、今はまだ少し余裕があるってこともわかるのよ」

「それにさー、僕の扉で移動すれば一瞬で目的地だし。今回は禍獣の王ってわかりやすい目標があるから本当に目の前に移動してあげるよー」


 マティアスの冷静な発言と、カノアののんびりした言葉に少しだけ落ち着きを取り戻せた。

 そ、そっか。確かにカノアの扉があれば、開ければ目の前に禍獣の王ってことなのか……。それはそれで怖いですけどね!


「落ち着けエマ。気持ちはわかるがな。とにかく今は出撃の準備を念入りに整えること。それと、軽い作戦会議をしておこう」


 さらに、アンドリューのこれからやるべきことの提示が私を落ち着かせてくれた。すごいなぁ、アンドリューだって緊張の瞬間だろうに。

 ……って、あれ? よく見たら、少しだけアンドリューの手が震えている? さらにジッと観察してみると、どことなく余裕もなさそうに見えた。


 それは、そうか。当然だよね。アンドリューは抱えるものが大きいんだもの。

 私の、マリエちゃんを助けたいっていう思いもとても大事なことだけど、彼が助けたいのは国民。たった一人を助けられればと思う私とはその重みが違うのかもしれない。

 もちろん、アンドリューの助けたい人の中にマリエちゃんも含まれているのはわかってる。


 けど、誰一人犠牲にはしないなんてこと……出来ないよね。国王軍の方々や、戦いの余波で命を落とす一般の人たちだっているかもしれない。

 全てを守り切るなんてことは、約束出来ないもの。


「ああ、すまないな。励ました私がこんな様子ではエマも不安になってしまう」


 私がジッと見ていることに気付いたのか、アンドリューが困ったように笑った。


「……いいえ、アンドリュー。むしろ親近感が湧きましたよ」


 たくさんの重圧があるのに、私が不安にならないようにと気を遣ってもらってばかりで申し訳ないなって思ってた。

 だからこうして、ちゃんとアンドリューも不安なのだとわかったことが私にとっては逆に安心出来る。無理されるのは悲しいもの。


「そんなに気を張らないでください。そりゃあ、外に出ればそうしなければならないのも、あえて気持ちを奮い立たせたいのもわかりますけど……この場所では、少しくらい弱いところを見せてもいいと思うんです。その、ここはアレです。休憩所なのでっ」


 なんか変なこと言っちゃった。休憩所って。もっといい言い回しはなかったのかな、私? 言ってしまったあとで妙に恥ずかしくなった私は、アンドリューから目を逸らして俯いた。


「くっ、ははっ! いや、ありがとう、エマ。そうだな。休憩所でくらい王子であることを忘れるべきだな」

「休憩所っていうのは忘れてください……!」


 恥ずかしくなってさらに俯くと、アンドリューがさらに笑う。ひぃ、穴があったら入りたい……!


「エマは、とても強くなったな」

「え……」


 一頻り笑った後、アンドリューの手が私の頬に伸びる。その瞳がとても優しく細められていて、いつもとは違って見えた。


「……ほう? オレの前でエマ様を口説くなんていい度胸ですね、アンドリュー」

「おい、口説いてなどいない。少し触れるだけでもお前の中ではアウトなのか」

「当たり前ですし、一般的に今のは口説いていたと言えると思いますよ。ほら、エマ様のお顔が真っ赤に染まっていらっしゃるではないですか許せませんね五発くらい蹴らせろアンドリューてめぇ」


 けど、アンドリューが私に触れる直前で、シルヴィオによってその手が横から掴まれた。

 あー、まぁ、なんとも気まずいけれど……今だけはシルヴィオに賛成です。今のは口説き文句です。顔のいい王子様がそんな優しげな顔と甘い声で頬に触れようとしたので! 本人に自覚がなかろうと! はぁ、顔が熱い。


「と、とにかく、今は話し合いをしましょう!」

「ああ、そうだな。まずは禍獣の王が復活の瞬間、どうやってマリエを救うかを決めておこう」


 そうだ。マリエちゃんは禍獣の王と一緒に封印されている状態だ。それはつまり、復活したらマリエちゃんの「時」も動き出すということだよね。


 その時、禍獣の王に少しでも触れられてしまったら。人間の身であるマリエちゃんはあっという間にその影響をモロに受けてしまう。

 そうなったら、どうなってしまうんだろう。嫌な想像をしてしまい、私は思わず身震いしてしまった。


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