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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
最終決戦に備えますが正直かなり不安です

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その日が近付いているのを肌で感じます


 特訓はその日の夜から行われた。夕方になって私の体調が戻ったので、食事を挟んですぐ開始した感じです。


 これによって、倒れる直前まで使った場合は半日で回復することがわかった。

 ……わかったけど、その後すぐに力を使うことになるのは正直キツイです。そんなこと言っている場合じゃないのもわかってるけど!


「アンタの場合、いくら脆弱な人間だからって基礎体力がなさすぎるのが問題なのよ。マリエはもう少し動けたはずだもの。人間だから貧弱すぎるって言い訳は通用しないわよ」

「申し訳アリマセン……」


 特訓は朝と夕方の二回。今回は回復を待つため夜になったけれど、しっかりと休息を取るため、また、いつ不測の事態が起きてもいいように限界までは訓練しないと約束してくれた。ホッ、それは助かります。


 ちなみに分担は、私の指導をマティアスが、ジーノが私の目の代わりとなって指示を出す役、そして的役としてギディオン、それからリーアンとガウナが交代でやってくれることになった。

 その他の幻獣人たちは、魔石の魔力補充をしたり禍獣の数を減らすために日々動いてもらっている。こういった地味な作業も、やらないと後で大変なことになっちゃうものね。


 だから、私もサボるわけにはいかないんだ。……まさか特訓する羽目になるとは思ってもみなかったけど。

 だって、幻獣人の解放だけが私の仕事じゃなかったの……? 言っても仕方ないですね、はい。


「今日はここまでよ。しっかり食事を摂ってサッサと寝なさい」

「あ、ありがとう、ございましたぁ……」


 特訓を初めて三日ほど。だいぶうまく出来るようになった、と思うでしょう?

 ふふふ、残念ながら私の腕はまったく上がっておりません、どうも。


 まず、基礎体力がなさすぎるとのことで、練習が始まる前に軽く走り込みをしているんだけど……。それだけでバテてしまうんですよねー、これが。


 広い庭を五周走れと言われ、二周走ったところでぜぇはぁと息を切らした私を見てストップをかけられたのが初日です。


 運動不足すぎてやばい。

 さすがに私もそのやばさに気付いたわけですよ。マティアスも含めた全員がそんな私を見て顔を蒼褪めさせていたのを私は忘れない。

 本当にエマはすぐ死ぬ……という感想をいただきましたよ。実感を深める結果となりました。な、情けなさすぎる。


 みんなにもういいよ、エマは無理しないでよ、と口々に言われてしまったけど、私は続けると言い張った。いやだってこれ、ただの運動不足だもの。

 それに、少しは体力をつけないと決戦の場で何もしてないのにバテてしまった、なんてことが起こりかねない。いや、起こる。それだけは避けたかった。


 そして三日目です。二周走るだけなら息切れだけで耐えられるようになりました! 明日からはもう一周増やそうと思います、頑張ります!


 で、ですね。その後にようやく連携の訓練を始めるわけですから、私が疲労困憊状態なわけです。

 そりゃあ、うまくいきませんよね! 知ってました!


 このままではまったく使い物にならない、と頭を悩ませたマティアスによって考え出されたのが、ジーノに全てを任せる作戦である。……いや、ほんと、すみません。


「エマは俺の合図で解放を叫んでくれればいい」


 要は、ジーノに抱えられながら右手も持ってもらい、ここだというところで右手の照準までジーノが合わせてくれるということである。


 戦況を見て、独自に判断し、解放と解除の指示を出す。かつ、私に攻撃が当たらないように守ったり動き回ったりしなきゃいけない。私はそれに従って叫ぶだけの簡単なお仕事です。


 ジーノに負担がめちゃくちゃかかっています……! 本当にごめんなさーい!


「エマに何かある方が問題だ。こうするのが一番ミスも少なく効率的なのだから謝る必要は皆無。防御はエトワルがいるのだからさほど気にすることがない分、そう負担はかからない。こちらに問題はない」


 頼もしすぎますね……! というわけで、私は少しでも体力をつけること、ジーノに抱えられながら指示に従って解放を繰り出すのに慣れること、が訓練の内容となっているのです。


 ……完全にジーノの訓練ですね。心苦しい。


「オレっちは解放されるの楽しいから、この特訓も苦じゃないぜー!」

「オレもオレも! めっちゃ爽快だねー、解放! 細かい動きも出来るしパワーが段違いだしー! 早く実戦で使いたいなー!」


 一方、リーアンとガウナの戦闘狂コンビはルンルンの様子。まぁ、楽しんで訓練が出来ているのなら何よりです。


 毎日しっかり訓練して、ご飯を食べて、ゆっくり寝て。大変だけど平和な日々が過ぎていく。


 でも、その間も朝露の館の外では日に日に禍獣たちの凶暴性が増しているとの報告が入ってきていた。


 ここのところ毎日こちらにやってくるアンドリューの顔色も、日に日に悪くなっているように見えた。城内はもはや、味方と呼べる者の方が少なくなっているんだとか。


「禍獣の王の目覚めが近い。だからこそ、これまで信用出来ていた者たちも急激に心が侵されていっているのだろう。私も、じわじわと心を蝕む何かを感じている」

「っ、もう、アンドリューはここにいた方がいいです! 決戦の日まで、心も身体も万全にしておきましょう?」


 アンドリューがしっかりと正気を保っていられるのは、こまめに朝露の館に来ていることと、時々シルヴィオが浄化してくれているからだという。


 私の言葉にアンドリューは悔しそうに表情を歪めながら頷く。


「決戦の時はもうすぐだ。私も、微力ながら助けになれればいいのだが……」


 とはいえ、禍獣の王を前にして正気を保っていられるのは幻獣人たちと聖女だけ。この国の者の中で強者に位置するアンドリューといえど、長く禍獣の王の前に出ることは難しいんだって……。


「ならば、アンドリューが戦略を練ってくれ。俺はその時々で動きを読むことは出来るが、作戦までは立てられない。マティアスなら出来るだろうが、あいつは最前線に立つのが良いはず。つまり参謀として適任なのはアンドリュー、お前になる」

「ああ、それは良い案ですね。エマ様の近くにいることとなりますから、エトワルの結界内にいられるでしょうし、禍獣の王に心を支配される危険も低くなるかと。オレも様子を見て浄化をかけられますしね」


 ジーノが提案し、シルヴィオが同意する。それはとてもいい作戦だと思います! 日頃から上に立つ者として指示を出すことに慣れているアンドリューなら、きっとうまくみんなを導いてくれる。


 期待のこもった眼差しを向けると、アンドリューは驚いたように目を丸くしてからすぐにニヤッと笑った。


「承知した。その役目、必ずや全うしてみせよう」

「頼もしいです、アンドリュー」


 これでやっと、全員のやるべきことが見えてきた。決戦は来週かもしれないし、明日かもしれない。


 それからの数日間、私たちはいつも以上に緊張感を漂わせながら過ごすこととなったのです。


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