全ての幻獣人を解放しました
ふわり、ふわりと空を飛ぶ。ペガサスのエトワルの背にきちんと座り直した私は改めて今の状況を観察した。やっと落ち着けたともいう。
今はまだ空高い場所にいるし、相変わらず空ではガウナが禍獣と戦っていて、眼下ではもはや大戦争が繰り広げられているまさに地獄絵図なんだけど。
でも、エトワルののほほんとした雰囲気とシャボン玉の中に入ってフワフワ飛んでいるこの状況もあって妙にリラックスしてしまうというか……。
いやいや、まだ危険な状況には変わらないんだから気を引き締めないと!
「さっきさぁ、うっすらガウナの声が聞こえたんだけどぉ。君が、新しい聖女さん? 前の人はどうしたの? お散歩かなぁ。いい天気だと良かったのにねぇ」
あ、やっぱりエトワルのペースに引きずられるかも! お散歩って……ちょっとだけ想像してほっこりしてしまったよ。
そりゃあいつか、マリエちゃんとのんびりお散歩出来る日が来て欲しいけど。
「えっと。私はエマといいます。新しい聖女、のようなものなのは確かです。けど、ちゃんとした聖女かというと自信がなくてですね……前の聖女であるマリエちゃんは私の姉で、今禍獣の王と一緒に封印されていて、私たちは禍獣の王を倒すとともにマリエちゃんを助けたいとも思っているんです」
うっ、毎回思うけど説明するのって難しい。聖女と認めたくない気持ちがややこしくさせているのはわかるんだけど、ここは最後まで譲れないというか。
や、やるべきことはやりたいし、今は禍獣の王を倒す協力だってしたいって思っているけど……それはそれ、これはこれなのです。
「エマさんってぇ、難しい話をするね? 俺にはよくわかんないやぁ。せっかくだから空のお散歩しながらもっとお話ししよー?」
「えっ! その、わかりにくい説明で申し訳なかったですが、その。今の状況、わかって言ってます……?」
本当にのんびり屋さんですよね……? ちょっと心配になってきた。焦っている私がおかしいのかな?
い、いやいや、流されちゃダメ。おかしくない、おかしくない。
「状況? んー、みんなが大戦争してるよねぇ。楽しいのかなぁ? 俺は散歩の方が好きなんだけどぉ。エマさんも大戦争が好き?」
「いえ! お散歩の方が好きに決まっています! ですが、今はまず朝露の館に急いで帰らないと!」
「えー? せっかく長ーい封印から解放されたのにぃ」
「そ、それは心中お察ししますが、お願いします! まずは一度帰りましょう?」
状況はちゃんとわかった上でこれなのね!? これまた新しいタイプのマイペースさんだぁ!
私がお願いしてもまだ不服そうにフワフワと旋回しているので、本当にこの状況を気にしていなさそう。ど、どうしよう。
「そ、そろそろリーアンの能力解放を続けるのも、限、界……!」
冷や汗が出てきた。と同時にリーアンに向けている糸のような意識を切ると、リーアンの能力解放も途切れたのがわかった。
ふぅ、とりあえず自分の意思で切れることがわかってよかったけど……このままじゃ、じわじわと押され始めてしまうかも!
「あれ? エマさん、元気ないの?」
「元気……そう、ですね。私は弱っちいのでもうヘトヘトです……」
「……本当に、弱いんだぁ」
なんか、哀れまれた……! いや、いいの。それによってみんなの下に行ってくれるなら。
というか、実際かなり限界で身体を起こすのもしんどい有様なので、ぐったりとエトワルの首に寄り掛かっちゃってるし。ごめんなさいね。
「え、ガチじゃぁん? ちょっと待ってねぇ。シルヴィオんとこ行けばいい?」
「あ、いえ……カノアの、ところに……扉を、出してもらえると、思うので」
「はぁい、わかったよぉ」
あ、優しい。相変わらずのんびりなトーンだけど心配そうなのが声でわかった。
「俺さぁ、この姿で人乗せるの苦手だから人型になるねぇ。羽がうまく動かせないんだよぉ、そこに乗られると」
「あ、確かにそうですね……重ね重ね、ご迷惑をかけてすみません」
ペガサスだから背中から羽が生えているものね。そこに乗られたら邪魔なのもわかる。だからさっきからずっと同じ場所を旋回していたのかな? だとしたら申し訳ないです、本当。
エトワルは身体をピンク色に光らせながらその姿を人型に変えていく。
気付けば私は、ピンク髪のおかっぱをサラサラと靡かせた美少年にお姫様抱っこされておりました。
え、エトワルったら見た目が中学生くらいの少年だから、背徳感がやばいんですけどっ!!
「すぐ向かうからねぇ? エマさん」
「お、お願いします……」
やや垂れ目なオレンジの瞳をこちらに向けた美少年の微笑みは破壊力抜群ですね。尊さで浄化されそうです。
「エマ様! エトワル、エマ様はどうしたというのです!?」
「あー、シルヴィオだぁ。会えて嬉しいよぉ」
「挨拶より先に、質問に答えてくださいっ! 全く、貴方という人は相変わらずのんびりなんですから……」
地上で戦場から少し離れた位置にいたカノアの下に降り立つと、真っ先にシルヴィオが駆けつけてくれました。
そのまま流れるようにシルヴィオの腕の中へと移動する私。
「だ、大丈夫です……それより、早く避難しましょう? みんなは無事ですか……?」
「ああ、よかったエマ様! 我々のことを案じてくださるなんて、やはりお優しい……」
ぐったりしながらそう告げると、シルヴィオが感動に打ち震え始めた。
あの、いや、その。いいから早く朝露の館に行きましょうよぉっ! 幻獣人っていうのは本当に、もうっ!! カノアーっ! 扉を出してくださぁい!!