ここへ来て最もファンタジーを感じた出来事でした
空を飛ぶ禍獣が行く手を阻む。次から次へとこちらに向かって攻撃してくるのは、とっても怖かった。どうしても悲鳴を上げてしまう。
「きゃ、あっ!!」
「だーいじょうぶ! 絶対にエマチャンには近寄らせないからさーっ! あーでも、エマちゃん抱えたままだと全力は出せなくてむずかしー」
たぶん、ガウナだけならこのくらい難なく撃退出来るんだと思う。でも今は私を足で抱えているからバランスも取りにくいだろうし、思うように動けないよね……。
少し無理をして彼の力も解放するべきだったかな? でも、意識を持っていかれてエトワルの解放が出来なかったら元も子もなくなっちゃうよね……。
ここは、やっぱりガウナに頑張ってもらうしかない。そして、私も私で腹を括らなきゃ!
「が、ガウナ! 封印解除中は手が対象にくっ付いたままになるので、その間なら足を放しても大丈夫です!」
本当は掴んでいてもらいたい。いつ落ちるかわからないし、禍獣がこっちに来るかもしれないと思うと怖くて怖くてたまらない。それに何よりこいのぼり状態は本当にきつい!
だけど、だけど。
私だって頑張るって決めた。あと一人くらい耐えてみせる! 怖い! でもやる! 怖い!
ま、まぁね? 解放中は誰も立ち寄れないほどの風が巻き起こるから禍獣に襲われることもないだろうし、ガウナも倒してくれるんだもんね!
……あ、ダメだ。解放が終わったあとのことを考えるともうだめ。
だって、私が最も無防備になる瞬間だもの。手は離れて落下するだろうし、成す術なく落ちている間に禍獣に狙われたらひとたまりもない。泣きそう。覚悟を決めて言ったくせに情けない。でもこれが私……。
「よぉし、わかった。その一瞬でどれだけこいつらを倒せるかはわかんないけど、やってみるしかないってことだね! エマちゃん、意外と根性あるじゃーん! 弱いくせに!」
弱いから嘘っぱちの根性くらいは見せないといけないんですよー! 逃げ出せるものなら逃げ出したいからねっ!
曖昧に笑って誤魔化していると、ガウナが急にヤシの実に向かって声を上げた。
「おーい、エトワル聞いてたぁー!? 解放されたらさぁ、すぐに女の子を助けてあげてね?」
えっ、封印されているエトワルに聞こえている、のかな?
「この声、届いてることを祈るからね? 頼んだよ、エトワルー! オレ、戦いに夢中で忘れちゃうかもだからさー!!」
ものすごく不安になるようなこと言いませんでしたか今!? うぅ、それにやっぱり聞こえているとも限らないんだ……。
でも、信じます。信じるしかありません! ガウナがきっと禍獣を食い止めてくれるから落下中に襲われることはないと信じます!
そ、それに、今は下に他の幻獣人たちもいますし、もしエトワルに声が届いていなくて私が落下したままなら、誰かが気付いてくれる、はず。たぶん。
し、シルヴィオはきっと見つけてくれますよねっ! ねっ!? うわぁぁぁ、本当に信じることしか出来ないのは辛い!
「エマチャンって言うんだけどさー、ほんっとうに弱々なんだよ。絶対に助けてあげてよね! オレらの新しい聖女で、なんかすごくいい子だから!」
ガウナはさらにエトワルに向かって話しかけた。えっ。いい子だなんて言ってくれるの? 優しくて涙が出そう。
ええい、これまでだって色んなことを乗り越えてきたじゃない。今度だって出来る!
「よろしくお願いします! エトワル! 今から解放しますっ!」
もう、やるっきゃない。ガウナの奮闘のおかげでようやくヤシの実に手が届きそうだし!
それに、リーアンを解放したことによって力が少しずつ吸い取られているのも感じる。あまり時間もかけていられない。この前みたいに倒れて迷惑はかけたくないもの。
「投げるよ! エマチャン!」
「お、お願い、しますっ!!」
私の返事を聞くや否や、ガウナは勢いをつけて私をヤシの実の方に放り投げた。どれだけ怖くても目は閉じられない。やばいやばいやばいやばい! っ、けど!
私はギュッと奥歯を噛みしめて、最後の一人が封印されている木の実に手を伸ばした。届いて……っ!
ぐんぐんとヤシの実が近づいて来る。いや、私が近づいているんだけど。まるでスローモーションのように見えて、不思議と冷静になれた。
そのまま紋章の入った右手でヤシの実に触れると……ブワァッといつも通りの感覚が私を襲った。
ああ、これも最後なんだな。そう思うと感慨深い。
そして案の定、手が実にくっついて離れなくなる。見事に私はヤシの木のてっぺんで鯉のぼりとなった。
必死で自分の右手を左手で掴みながらなんとか耐える。そうしている間にも視界の端でピンク色の光が飛び出していくのを確認した。オレンジもうっすら見える、かな?
「エトワルーっ! 聞こえてたでしょーっ! その子が、エマチャン! 今っ、落下中ーっ!」
ふと気付けば私は空に投げ出されていて、遠くの方からガウナのそんな叫び声が聞こえてきた。
信じる。信じる。信じてる……!
「はぁい。おまかせくださぁい」
身体の力を抜いてひたすらに祈っていると、近くでのんびりとした声がした。
声の方に目を向けると、ピンク色のペガサスがふわりと私の周りを旋回し、流れるような動きで私をその背に乗せてくれた。たてがみやしっぽの先がほんのりオレンジで、ものすごくファンシーな幻獣……。
「なぁんか、戦争な感じです? 殺し合い? 結界も張っておきましょうかぁ? あ、いらない?」
「結界!? お、お願いしますぅ!!」
のほほんとしたその質問に、私は反射的にそう答える。するとペガサスのエトワルは「りょーかいでぇす」とやっぱりのんびりとした調子で答えてくれた。
な、なんだか気が抜けるなぁ? と思ったその瞬間、気付けば私はエトワルの背に乗ったままシャボン玉のようなものに包まれた。
ファ、ファンシーっ!!