回想3 蘇るもの
英子が見たのはカケルが不良と有名な先輩に呼び出され、連れていかれたということだ。1人はサッカー部の先輩だという。英子の話を聞き部室を飛び出したわたしがたどり着いたのは学校から少し離れた河原だ前だ。そこには1人の倒れた上級生と、おどおどとしたサッカー部員、まだ立っている上級生に向かい合うカケルの姿があった。カケルは頭にケガをしている。
(何があったの!)
こんな光景を目にすることになろうとは、彼が激昂し、今にも相手に殴りかかりそうだ。
「カケル!何があったの?!」
私の声を聞いた彼はこっちを向いた。
「お前には関係ない、帰れ」
冷たく彼は私に言い放った。そうだ、確かに関係ない。しかし放っておけるかは別の話だ。
「待ってて、英子が先生呼んでるところだから」
しかしカケルが止まる様子はない。
「さっさと帰れ、邪魔だ」
明らかにいつもの彼じゃない。一体何があったのだろうか。
「おいおい、嬢ちゃん。教師呼ばれて困るのこいつだぜ?」
「そうそう、先に殴ってきたのはこいつなんだからな」
私は驚いてカケルを見た。しかしこれほどまでに怒っているのだ。私は彼らに抗議しようとしたが
「ツボミ!さっさと帰れ!」
本気で彼に怒鳴られた。こんな声は初めて聞いた。怒気をそのまま飛ばしているようだ。
「そんなこと言われても帰れるわけないでしょ!とにかく先生が来るまで待ちましょう!」
私はそう言ってカケルを腕を掴む。しかし振りはらわれる。ムキになってわたしはさらに強く腕を掴む。
「いいから、一回落ち着きなさい!」
「うるせぇ、邪魔だっつってんだろ!!」
この時私の見ていて世界が反転した。怒りにまかせて彼がわたしを本気で振り払ったのだ。
そのせいでわたしは地面に倒れた。とっさのことに驚いて彼の顔を見た。彼も驚いたような顔をしていた。
「はっ!何が落ち着けだ!そんな暇ねぇよ!」
「こっちはダチボコられてんだ!このまま先生来るまで待つとかばっかじゃねえの?」
2人の上級生は私のことを罵倒しながらすでに彼にに殴りかかろうとしていた。私とのやりとりのせいで反応が遅れた彼は1人の上級生に殴られる。しかしその痛みが彼の怒りを再び呼び起こし、そこからは泥沼の殴り合いだ。
私は彼を止められなかった。相手は2人だった。しかし最後までたっていたのはカケルだ。1人倒した後に、もう1人も倒した。2人が倒れた後も、彼は怒りにまかせて殴り続けていた。私の他のサッカー部員は尋常じゃなく怯えていた。私は生まれて初めて、間近で彼の怒りに触れた。1メートルも離れてなかった。その距離で、私がいることも忘れて、殴り倒した相手をひたすら殴り続ける彼の姿が、今もまだ鮮明に思い浮かぶ。知らない間に涙が流れていた。どういう状況かが私にはわからなかった。いったい私が見ているのは何なのか。
頭が混乱してなぜ泣いているのか全くわからない。しかし、目を離すこともできない。もし目を離したら私も何かされるかもしれない。ありもしないことに怯えた。ただ視界が滲んでいく、これ以上この光景を直視させないために。
「ツボミ!大丈夫!」
英子が先生たちを連れてようやくここに駆けつけてくれた。目の前の力任せに暴力を振るう男がようやく取り押さえられた。しばらく暴れて拘束から逃れようとしていたが、やがて落ち着きを取り戻し、暴れるのを止めた。そのあと男は一瞬を見た気がした。実際どうだったかはわからない。私は英子に抱きついたまま子どもみたいに泣いていたからだ。
その日、私は部活を早退した。英子に家まで送ってもらった。1人になると泣き出しそうだった。
そして英子が帰ったところで隣の家から女の子が出てきた。その女の子は私を見るなり無邪気に笑いかけてくる。何か話しかけてきている。
でも何を言っているのかわからない。私は彼女をどんな目で見ていただろう。一瞬、何か彼女の笑顔がすごく気に食わなかった。昔似たような笑顔をみた。でもその裏でとんでもないものが育っていた。その後私は言い知れぬ恐怖に襲われ、家へ駆け込んだ。
次の日私は学校を休んだ。お見舞いに2人の女の子がきた。1人は英子。もう1人は名前を聞くなり合いたくないと母に告げて帰ってもらった。ちょうど入れ違いで2人は来たのでもしかしたら顔を合わせたかもしれない。
私が学校に戻ると彼は1週間の停学、サッカー部退部などの処分を受けた。それだけではない。この事件で不良の上級生に目をつけられ、彼が望んだかどうかに関係なく、思春期の醜い争いに巻き込まれていく。だがもう私とは関係のない話だ。
英子が今回の事情を説明しようとしてきた時止めた。何も聞きたくなかった。関わりたくなかった。
私は何かを忘れようとして、ひたすら部活に打ち込んだ。最初の方はかなり無理をしていた気がする。しかし優しい先輩や友人に支えられなんとか立ち直ることができた。それ以降は楽しい中学生活だった。合唱コンクールの余興で先輩の引退コンサートをやったり、卒業式で新しくなったメンバーと先輩を送り出したり、クラスの友達と楽しく過ごしたり、夏季キャンプで騒いだり、英子の知り合いの先輩に告白されて付き合い始めたり。
誰よりも楽しい学校生活を送っていたと思う反面、ずっと何かが心に引っかかっていた。度々耳にする孤独な番長の話だ。その噂を聞くたびに、ある人を思い出し、目を背けた。誰かに後ろ指を指されているところを見ても、どれだけ悲しそうな表情を浮かべていても、1人の少年に近づくことはなかった。
受験生になった私は、彼氏と、先輩と同じ高校に入るために受験勉強を始めた。私は部活だの恋愛だのばかりしていたので受験勉強に苦労した。部活もやりながら勉強もしながら忙しく毎日を送っていた。そんなある時、孤独な番長がいなくなったという。その話を聞いて私は困惑した。いなくなったとはどういうことだろうかと。おかしな話だ。姿を見るたび、話を聞くたびに目をそらし、耳を塞いでいたのに、いないとなると今日に深い悲しみが襲ってくる。
そしてある日、家の前で見たことある人を見た。ずいぶんと久しぶりに見た気がする。胸が締め付けられる感覚を覚えた。私がその感じに顔を歪ませると、彼は苦笑しながら帰っていった。最初は彼を見たくないと思っていた。しかし次第に彼のことが気にかかるようになり、私はたまに彼を見かけると、様子を見るようになった。最初はなぜか恐怖に襲われていたが、だんだんと恐怖は薄れ、満たされるような感覚を覚えるようになった。彼は真面目な人だった。最初は周りから疎まれていた。ただ勉強していても笑われて、好奇の視線にさらされて、それで自分も自嘲気味に笑う。しかし次第に真面目な努力がみんなに伝わっていき、笑う人はいなくなり、少しずつ周りに馴染んでいった。私は安心したが、自分がその中に入っていこうとは思わなかった。一歩が踏み出せない。彼が戻ってきても、私は戻れないくらい変わっていたのだ。
しかし次の春、私は再び彼と関わることになる。
希望の高校に入学すると、そこには彼がいた。クラスは違ったが。しかしいきなり問題を起こして先生たちに厳重注意を受けた。何やらケンカをしたらしい。一瞬恐怖が私を襲ったが、そのあとのことを見て私の恐怖は収まった。1人の男子生徒が彼にものすごいお礼を言っていたのだ。あれはちょっと反応が過剰じゃないかと思いもした。彼も迷惑そうにしていたし。しかしどこか嬉しそうでもあった。その時に、私は思ったのだ。
私の怖れていた何かはどこかに消えていったのではないかと。一瞬彼に声をかけそうになったが、留まった。もう昔とは違うのだから。そう思ったあと嫌に悲しい気持ちに襲われた。
そしてあの日、突然彼が死んだと聞かされて、
私はいてもたってもいられなくなった。何もかもを放り出してすぐに彼の元に向かった。
すぐにわかったのだ。私は彼の近くにまた戻りたいのだと。
そしてその望みは都合よく、少しずつ叶っていた。すぐに全て元どおりになると思っていた。
でも今日、そうじゃないと理解した。
元に戻るにはやらなきゃいけないことがいくつもある。でも私にはできるだろうか。
逃げた私にできるだろうか。
私は今日までのことを思い出しながらで考えていた。答えは出ない。今日またあの時の恐怖を味わったからだ。しかも今回は自分に向けられたものだった。
暗闇の中1人はふさぎこんでいた私の携帯電話が光る。
『そら先輩』
私の彼氏の名前だった。