第2話 鉄砲が、欲しい
俺は鉄砲が好きだ。
いや――好き、というのとは少し違う。
正しくは、こうだ。
俺は刀が怖い。
考えてもみてほしい。
刀で人を斬るには、相手のすぐ間近まで近づかねばならぬ。手を伸ばせば届く距離。相手の息づかいが聞こえる距離。汗のにおいまで届く距離だ。そんなところまで暗殺者を近づけて、たまるか。
想像しただけで、鳥肌が立つ。目の前に立った男が、笑いながら懐に手を入れる。抜く。銀色の光が、こちらへ――。懐に飛び込まれたら終わりだ。一突きで、俺は死ぬ。
だが、鉄砲なら。
遠い。とにかく遠い。相手が俺に指一本触れる前に、ずっと向こうから撃ち倒せる。顔も見なくていい。息づかいも聞かなくていい。あの、間近の恐ろしさを、まるごと消してくれる。
つまり鉄砲とは。
「暗殺者を近づけずに仕留められる、夢のような道具」なのだ。
だから、俺は買った。
南蛮の商人が種子島の鉄砲を持ってくれば買った。堺の鍛冶が新しい筒を打てば買った。値を吹っかけられても、言い値で買った。命が惜しいのに、値切っている場合か。
一挺では心もとない。十挺あっても、まだ怖い。百挺あっても、まだ誰かが間合いに入ってくる気がする。
千。
気がつけば、千を超える鉄砲が俺の蔵に積まれていた。
黒々とした筒が、ずらりと壁に立てかけられている。それを眺めていると、少しだけ、ほんの少しだけ、息が楽になった。これだけあれば、間合いに入られる前に、みんな倒せる。そう思えるからだ。弾も火薬も、唸るほど買い込んだ。多すぎる、と家臣はあきれ顔をした。多すぎるものか。いくらあっても、足りない気がして仕方ないのだ。
ついでに、と言ってはなんだが。
南蛮の胴鎧も集めた。
これが、またいい。鉄の板が分厚くて頑丈で、聞けば鉄砲の弾さえ弾き返すという。
弾を弾く鎧。
初めて胴につけたとき、俺は思わず胸を撫でた。硬い。冷たい。だが、この冷たさが心地よかった。ここに弾が当たっても、俺は死なない。そう思うだけで、少しだけ、まっすぐ立てる気がした。俺のような、いつ撃たれるかと怯えて暮らす者にとって、これほどありがたいものはない。
宣教師に頭を下げて、譲ってもらった。異国の神の話は正直よく分からなかったが、うんうんと熱心に聞いた。彼らを丁重にもてなした。寺を建てる土地もやった。南蛮の品が、もっと欲しかったからだ。神ではなく、鉄の板が欲しかった、とは、口が裂けても言えなかったが。
そうして、ある日、ふと気づいた。俺はいつのまにか。
この日ノ本でいちばん、鉄砲を持っている男になっていた。
ただ、怖かっただけなのに。
世は、こう言った。
「織田殿は、鉄砲という新兵器の底知れぬ威力を、いち早く見抜かれた」
「南蛮の文物を進んで取り入れ、古き殻を破ろうとしておられる」
「まさに時代の最先端を行く革新者。新しき世の申し子よ」
革新者。新しき世の申し子。
俺はただ、暗殺が怖かっただけだ。
刀の間合いに人を入れたくなかっただけだ。
なのに世は、俺を時代の最先端を行く、先進的な天才と呼んだ。
「暗殺者を遠くから仕留めたい」だけで日本一の鉄砲コレクターに――保身が革新者と誤訳される落差に噴き出したら、【笑える】か【びっくり】を! このオタクの行方を、ブックマークで。




