第6話 焼け野原
夜が、明けた。俺は、正気に戻った。肩で、激しく息をしていた。腕が、鉛のように重かった。冷や汗と返り血で、全身が濡れていた。どこまでが汗で、どこからが血か――もう、分からなかった。
そして、目の前を見た。
山が、なくなっていた。
ゆうべまで、霧の向こうに黒々とそびえていた、あの山が。ただ、灰色のなだらかな起伏に変わっていた。煙が、まだあちこちから、細く立ち昇っている。
物音が、しなかった。鳥の声も、経の声も、風の音さえ、しなかった。ただ、静かだった。恐ろしいほど、静かだった。
俺は、ゆっくりと悟った。ここで何が起きたのかを。ゆうべ、ここに何人の人がいたのかを。その多くが、もういないということを。僧も。そうでない者も。山に暮らしていた、すべての命が。俺の放った、火で。
俺は、惨状を見なかった。正しくは――見ることが、できなかった。そちらに目を向けることが、どうしてもできなかった。それを書くことも、しない。あの場所で失われた一人ひとりに、名があり、暮らしがあり、明日があったはずだ。それを、俺が奪った。その重さを、見世物のように書き連ねる気には、どうしてもなれない。
ただ、これだけは言える。取り返しが、つかなかった。何一つ、もう、元には戻らなかった。
膝から、崩れ落ちた。俺は、灰の上に両手をついて。吐くように、泣いた。
「……すまぬ」
声が、震えた。
「焼くつもりじゃ、なかった。殺すつもりじゃ、なかった……」
「俺の、せいだ。俺が……俺が、やってしまった……」
止まらなかった。涙も、嗚咽も、震えも、何一つ止まらなかった。灰の上に額をこすりつけて、俺は、ただ、ただ、泣いた。
そんな俺を、家臣たちが、遠巻きに見ていた。そして、こう囁き合っていたのだ。
「殿が……山に向かって、咆哮しておられる」
「仏の山を焼き払い、なお、天に向かって吼えておられる」
「あれこそ、凄絶なる勝鬨よ。叡山すら焼く、第六天魔王の――」
違う。違う。これは、勝鬨ではない。俺は、勝って喜んでいるのではない。俺は、ただ、謝っているのだ。取り返しのつかないことをしてしまって。許してくれと、泣いているのだ。
だが、誰にも、それは伝わらなかった。誰も、俺の涙の意味を知らなかった。世は、また一つ、俺を恐れた。仏の山すら焼く、情け無用の、まことの魔王、と。
子どもの頃、聞かされた、あの地獄の話を思い出した。人を殺した者は、釜で煮られるのだと。ならば、俺は、もう、何度地獄に堕ちても足りない。それでも、いい、と思った。俺一人が、どんな罰を受けようと、構わない。
ただ――失われた命は、もう、戻らない。それだけが、どうしても耐えられなかった。
俺は、灰のなかで、泣きながら、思った。
――もう、限界、だった。
号泣が「凄絶な勝鬨」と誤解される――誰も涙の意味を知らない哀しさに、静かに涙したら、どうか【泣ける】を。「もう限界だった」その先を、ブックマークで見届けてください。




