第7話 二人目の味方
こうして、俺の周りには、二つの居場所ができた。
奥に、帰蝶。
表に、藤吉郎。
世間のすべてが、俺を第六天魔王と恐れ、誰一人、本心では近づいてこない中で。この二人の前でだけ、俺は仮面を外せた。怖がっても、震えても、泣き言を言ってもいい。俺がただの臆病な男であることを、知った上で側にいてくれる。そんな相手が、二人もできたのだ。
たった二人。だが、二人もいる。かつて、この世に一人も味方などいないと思っていた俺には、それは奇跡のような数だった。
***
あるとき、こんなことがあった。
俺が奥から表へ移ろうとした、廊下の途中で。ちょうど、奥から下がってきた帰蝶と、表から上がってきた藤吉郎が、鉢合わせした。
俺は、柱の陰で足を止めた。息を殺したのは、いつもの癖だ。人の気配があれば、まず身を隠して様子をうかがう。臆病者の、しみついた習い性だった。
二人は、互いに軽く頭を下げた。そして、ほんの短い言葉を交わした。
「猿どの」
帰蝶が、言った。
「殿は、お疲れじゃ。胃を痛めておられる」
「は」
藤吉郎は、にっこりと笑って答えた。
「ご案じなされますな、御台さま。表のことは、この藤吉郎がしかとお守りいたします」
「頼みますぞ」
「お任せを」
それだけだった。それだけの、やり取りだった。
だが、俺には分かった。あの二人は、通じ合っている。俺が本当はどんな男か。怖がりで、優しくて、一人では何もできない臆病者だということを。二人とも、知っている。知った上で、奥と表で手分けして、俺を守ろうとしている。俺の知らぬところで、二人の理解者が、俺のために言葉を交わしている。
胃を痛めておられる、と帰蝶は言った。しかとお守りいたします、と藤吉郎は答えた。守るべきは天下ではない。震えて胃を痛めている、この情けない男一人なのだ。それを、二人はちゃんと分かっていた。
それを見て、俺の胸は、温かいものでいっぱいになった。怖くて、孤独だったはずの俺の隣に。いつのまにか、二人も味方がいた。
柱の陰で、俺はしばらく動けなかった。魔王だ、天下人だと持ち上げられても、少しも嬉しくなかった俺が。この短いやり取りひとつに、危うく泣きそうになっていた。
帰蝶と、藤吉郎。私の支えと、公の支え。
俺はもう、たった一人で震えてはいなかった。殺したくないのに、殺してしまう。逃げたいのに、逃げられない。そんな、どうしようもない俺を。この二人だけは、責めずに側で支えてくれる。それだけで、俺はまだ、生きていられた。
***
だが。皮肉なことに。その安堵とは裏腹に。桶狭間で生まれた「第六天魔王」の名は、止めようもなく大きくなっていった。
寡兵で大大名を破った大将。異能の士を見出す慧眼の主。日本一の火力を蔵に積む、時代の先を行く者。そういう噂が、雪だるまのように膨れ上がり。
気づけば、俺の足元には。誰も望んでいない――俺自身、これっぽっちも望んでいない――天下への階段が。一段、また一段と、伸び始めていた。
奥に帰蝶、表に藤吉郎――孤独だった男の隣に、いつのまにか二人。その温かさにほっとしたら、【にこにこ】を! 足元に伸び始めた天下への階段の先を、ブックマークで。




