01 無口なヒーロー
あのあと、まあまあ大変だった。
追いついてきたレナは、俺の負傷を見て即座に癒やしの術をかけてくれた天使だったが、とてもじゃないが落ち着ける状況じゃなかった。
それは『地の文』のネタバレのせいじゃなくて――ユウオと言うらしい火炎使いが、小鬼を吹き飛ばしたついでに森まで燃やしかけたからだ。
俺は急いでジャレットに指示、風術で空気を遮断してもらい、火消しを試みた。レナも普段は使わない水術を駆使して熱を冷やしていき……その間、当のユウオとやらはぼーっと立っていた。こいつ、スパイやる気あんのか?
幸い、大きな火事にはならず、火種も残っていないと確信して町に戻った頃には、もう日が暮れそうになっていた。
『地の文』のヤツは、火術のあとに木の爆ぜる音なんかを描写してたくせに、火事については考えていなかったようだ。一切沈黙を保っている。たぶん、俺たちが飯にでもしはじめた頃、また描写を再開するだろう。
「俺たち」というのは、俺と、レナと、ジャレットと……ユウオだ。
いや、俺はスルーしようとしたよ! 魔王のスパイですって言われて仲間にするヤツがあるか!? でもレナとジャレットに状況を説明したら、「アーサーを助けてくれて有難う」「数十体を瞬殺なんてすごいな」って方向になるに決まっていて、実際そうなった。
俺は「自分だけでやれた」とイキったが……違う、格好つけた訳じゃなくて、実際ヤバかったが、あと少しだけ耐えればレナの援護が飛んできたはずだ、と。
でも、結果としてユウオに助けられた事実の前には、負け惜しみに聞こえるんだ!
もっとも、ジャレットのときと同じだとは判ってる。俺が「いいえ」と答えることは可能だが、「そんなこと言わずにお願いしますよ」と連発されたらいずれ「はい」を選ぶしかないのだ。ゲームなら演出のひとつで、俺は好きだが、実際の体験としては嬉しくない。
「へえ、ユウオって言うのか。いい名前だな!」
「火炎術が得意なのね。かぶらなくてよかったわね、ジャレット」
「ええ? 俺をクビにしてユウオを勧誘するってことか?」
かくして俺は、俺の聖女様と気遣い魔人が無口なヒーローを間に盛り上げようとしているなか、酒を飲みたい気分になっていた。飲まないが。
【アーサーたちは何も知らずにユウオを誘い、友好の場を設けた。】
知ってるよ。俺だけが。
言ったところで根拠が示せないからなあ。俺がおかしくなったと思われるか、下手な冗談とでも取られてスルーを決め込まれるかのどっちかだ。
『お告げ』だ、と言う手はあるが、現状だと「助けられたことを認めたくない勇者が悪い冗談で恩人を貶める図」になる。漫画とかでもあるよな、「悪党が主人公にだけ本当の顔を見せるが、そいつは外ヅラがよくて、主人公がどれだけ言っても周りには信じてもらえない」みたいなヤツ。あれになるのが目に見えてる。
俺は、「少し様子を見る」以外の選択肢を採れなかった。
「それにしても、ユウオ、本当にいいの? あなたの術で手に入った魔石よ?」
【ユウオが小鬼を一掃したあとには、複数の魔石が散らばっていた。通常は爪の先ほどの大きさで、ひとつで数旬分ほどまかなえるが、今回は大きなものもあり、しばらく路銀には困らなさそうだった。もっとも当初、アーサーたちは馬鹿正直にもそれをユウオに差し出した。】
そりゃそうだろ。どんな裏があったところで、倒したのはあいつだ。
【しかし、ユウオはそれを突き返してきた。要らない、と。】
……魔王軍って資金潤沢なのかもな。いいな。
「要らない」
【レナの確認に、ユウオはまた言った。】
「あ……でも」
「何?」
ユウオが何か言いかけたのに、優しくレナが問い返す。レナは優しいから仕方ない。俺は嫉妬なんかしてない。
「――魔石は要らないのでその代わりと言うのではないですがぼくを一緒に連れて行ってくださいぼくの力は見ての通りですきっと役に立つと思います」
俺はゾッとした。こいつ、無表情のまま一息で言いやがった。
【まるで暗記した原稿をそのまま口にしたかのように、いや、実際ユウオは、暗記した原稿をそのまま口にしていた。不自然な口調に、彼らは戸惑う。】
「あ、ああ……どうするアーサー。なんてな……俺も試用期間だが」
少しひきつった笑いを浮かべてジャレットが振ってくる。和まそうとしてくれてるのが判った。やっぱりこいつはいいヤツなのかもしれん。
「バランスとしては悪くない。風と火は相性もいいもんな」
答えながら俺は考えた。
反射的な思考としては「有り得ない」だ。魔王の手先だと判ってて、かつ、コミュ力がない、ってレベルとも違いそうな、非人間的な口調。見たところはちょっと顔色が悪い程度の人間に見えるが、シノンの例からも、人型の魔物や人間に化けられる魔物は存在する。
……シノンに習ってこなかったのか? コミュニケーション。いや、迫られても困るが。
「少し相談させてくれ」
俺はジャレットのときに言ったのと同じことを口にした。しかしユウオは、そのままうなずかなかった。
「少しはどれくらい。このあと。もっとあと。明日」
「そうだな……」
グイグイくるじゃねえか。控えめに言って怖い。
断るのは簡単だが、この調子じゃやっぱりついてくる。魔石をもらった恩もできちまったし、レナは〈聖なる勇者〉の評判を落とすべきではないと考えてる。恩を仇で返すような真似は反対されるだろう。
「明日の昼までに一度返事をする。『保留』も有り得るし、最上でもジャレットと同じ、『試用』だ」
【アーサーは妥協点を出した。術士が増えるのは心強いが、急にふたりも迎え入れるのは危険もある。まさか魔王の手先だとは思わないとしても】
言われなくても怪しむレベルだよ、いまの口調は。
【「勇者の仲間だ」などと言いふらして派手な真似をされても困る。レナとふたりならば全く心配することのなかった「仲間による評判の下落」も、警戒すべきだ。】
あー、そうかもな。ジャレットは奔放そうに見えて気遣い魔人っぽいから平気だろうが、ユウオがこの調子で他人と接するなら、ちょっと人を怖がらせるか……?
なんて、話すのが苦手なだけかもしれない人にこんなことを思うのは失礼かな。いや、確定スパイ、しかも魔物かもしれない相手に対して申し訳なく思う必要はないかな?
――大きな問題は、まだジャレットに裏がないとも確信できていない、というところにある。転生者だというのが彼の隠しごと……「設定」なのは『地の文』が盛大にネタバレしてきたが、それが「実はこいつも魔王の手先」のブラフ、という考え方だってできるからだ。
俺がジャレットを信用しきれずにいるところに「魔王のスパイ」がやってきたのは、「ほら、ジャレットは安全ですよ」という『地の文』のトリックという可能性……考えすぎだとは思うが。
もちろん、そんなことを疑い出したらきりがないとは判ってる。たとえば、レナが実はシノンの上官とか、姉妹とかだったら?
ない。いやそれは絶対にない。そんなことになったら俺は世界を滅ぼす方に回る。




