01 『地の文』がそう言ってる
俺の名はアーサー。少なくともいまはそう名乗ってる。
聞くところによると、俺は魔王を倒して世界を救う勇者らしい。
誰に聞いたって? そりゃあ――。
【勇者アーサーが魔王を倒し、世界を救う日まで、そう遠くなかった。】
『地の文』がそう言ってるんだ。
―*―
「アーサー、どうしたの? また『お告げ』?」
【彼の隣に座った神女エレナが、案じるようにアーサーを覗き込んだ。勇者の戦いになくてはならない癒やし手として、彼女はいつも彼の傍らにある。】
「いや、ちょっと考えごとをしてただけ」
俺は軽く手を振って答えた。
【ここは、宿屋の一階にある食事処だ。アーサーとエレナのふたりはこの町にたどり着いたばかりで、これからの方針を決める前に腹ごしらえを済ませたところである。】
そうそう。美味かったよ、鳥の串焼き。香辛料が効いててさ。
こんなふうに、俺の頭には『地の文』が届く。
幸いにして、絶え間なくやってくる訳じゃない。俺がいつもと違う行動や選択をしたり、何かを真剣に考えていたりすると、説明をしてくることが多い。
小説って、何も主人公の一挙一動を二十四時間実況してる訳じゃないだろ? それと同じ感じだ。
たいていはただうるさいだけだが、たまに未来の情報を寄越すことがある。「このあととんでもないことが起こるのをアーサーはまだ知らない」みたいなアレ。
具体的じゃないので「とんでもないこと」を完全に防ぐのは難しいんだが、心構えがあるだけでもだいぶ違う。エレナや周囲はそれを「お告げ」と言って、俺が選ばれし〈聖なる勇者〉である証だと思うようだ。
果たして俺は選ばれし者なのか? 正直、よく判らない。
ある日、気づけば俺はこの異世界にいた。いろんな作品で見た、「転移」ってヤツだと理解するまで時間はかからなかった。
もちろん最初はむちゃくちゃ焦った。『地の文』に勇者だの魔王を倒す運命だの言われても、ゲーム以外でそんなことやるつもりはないって抗議した。でも、向こうに俺の声は全く聞こえていないみたいだ。
元の世界では「可もなく不可もない」みたいな人生を送っていて、もてはやされる人生を夢見たことがない、とは言えない。
でも命がけのリアル魔王退治なんて想定外だし、勇者様勇者様と持ち上げられても、いいことなんてそんなにない。
いまになって判る。「可もなく不可もない」って、最高だったんだな……。
勇者様じゃなくて、スローライフ系の方が俺に向いてたんじゃないか、なんてことを思ったりもするが……それができるとしたら魔王退治後だろうな。でも魔王を退治したら俺は元の世界に帰るんだ。
基本的には、俺は元の世界に帰りたい。
馴染めばこの世界もいいところではあるが、言うなれば「旅先として」いいところ、だ。のどかさも不便さも、「帰れば解消される」から楽しめる。
少なくとも俺はそういうタイプ。半年近く経って、手元にスマホがないことにもさすがに慣れてはきたが、いまでもあの速度感が恋しい。
で、俺が帰るには、勇者として魔王を倒せばいいらしい。『地の文』はそんな説明をしていた。なので俺は、一応前向きに、勇者稼業をやっている。
「平気? ちょっと疲れてるんじゃないの? このところ、襲撃に対処するばかりで何も掴めてないものね」
エレナがそっと俺の目を覗き込んだ。長い銀髪が揺れる。可愛い。
勇者と癒やし手の美少女ともなると恋愛フラグのひとつも立ちそうだが、俺は断じてそんな誤解はしない。その理由はいくつかあるが、最も大きいのは――。
【神女であるエレナは、「神殿で修行していた記憶ばかり」と自ら言うほど信心深い神の使徒で、〈白銀月〉という高位の称号を持つ癒やし手だ。アーサーを見つめるのはあくまでも「勇者の疲労を案じ、少しでも癒やす方法を探すため」であり、恋心などはかけらもない。これは今後も変わらないだろう。】
と、『地の文』がことあるごとに言ってくるからだ。
「エレナの癒やしのおかげで問題はないさ」
何も格好つけてる訳じゃない。本当だ。ちょっとした負傷なら彼女の祈りですぐに治ってしまう。聖なる力ってすごいな。
傷を負ったときはもちろん痛くてたまらない。でも最近は、癒やしの術がくるまで耐えられるようになってきた。人間、何でも慣れるもんだ。
「疲労まではどうにもならないから」
エレナは申し訳なさそうだった。そんなの、全く気にすることじゃないのに。
【この場合の「疲労」は、肉体的なものよりも精神的なものが大きかった。身体の疲れはある程度神術でどうにかできるが、心の方は難しい。】
何だって? 俺、メンタルにきてるの?
『地の文』の言いように俺はぎょっとした。
【アーサーがこの世界に転移してきてから、およそ半年――。そう、彼は別の世界からやってきた。】
そうだよ。何だよ今更。
【勇者として「世界」に召喚された彼は、強靱な肉体や瞬発力、よく見える目を得て、様々な危難を潜り抜けてきたが】
俺の転移後のあれこれが「様々な危難」で済まされた。でも思い出したくないような出来事も多いし、それでいいや。
右も左も判らないまま、初めて遭遇した魔物をよくできた着ぐるみだと思って感心するみたいな、そういうテンプレな異世界転移者あるあるをやってきたことなんて、改めて語られたくはない。
それに、転移前との違いについても。
この「アーサー」の身体は細身ながらもよく鍛えられていて、かと言って極端に無骨でもなく、すらっとしてる。転移前の俺とは似ても似つかないので、何と言うか、「扱い方」にはしばらく困惑した。
その辺もやっぱり、あまり思い出したくはないんだ。
【先の見えない戦いに、彼の身体よりも心が弱ろうとしていた。】
ええ……? その判定も語られたくないな……?




