言霊 対 呪文
私はその人達が怖かった。
だから、その人達の名を思うだけでも怖かった。
頭の中から、消し去りたかった。
拒絶した。
拒絶した。
一生懸命、頭の中で拒絶をした。
その人達の名を見たり聞いたり思い浮かべたら、即に、頭の中に、その名を否定する言葉を思い浮かべて、私の目から見えるように実際に否定の言葉をその周辺から見つけ出し、私の耳から聞こえるように実際に否定の言葉を口に出し、頭の中に否定の文字を浮かべ、拒絶した。
そうしないと、怖かった。
触れる事が、怖かった。
心が怯えていた。
私の精神がMAXで怯えていた。
否定する事で、私を落ち着かせていた。
ある意味、呪文かも。
その人達の名が、私にとって、呪いの呪文なら、否定する言葉は、私にとって、救いの呪文だった。
それは、言霊が、呪いの呪文にもなるし、救いの呪文にもなるという事だった。
だから、私は、せっせ、せっせと、しょっちゅう呪文を唱えていた。
始めは、小声だった。
でも、段々、声が大きくなっていった。
否定しても、否定しても、頭から消えなくなっていった。
始めは、その名だけを否定すれば良かった。
でも、段々と、その名に関連する言葉に気付くようになっていき、あれもこれもと否定しなければいけない言葉が出てきた。
苦しかった。
本当に、苦しかった。
周りの人達が、呪文に気付き始めた。
私は、もう、社会にいられなくなっていった。
恥ずかしかった。
だから、会社をやめた。
そして、引き籠もった。
とてもとても、長い長い、時間が流れた。
私は、いつの間にかに、年をとった。
まだ、抜けきれていない。
でも、呪文は、大分、しなくても良くなってきた。
まだ、言霊に縛られる生活は続いている。
でも、やっと、光が見えて来た。
抜け出せる道が見えて来た。
余り、いい考えかどうか、分からない。
でも、私は、それでも、抜け出ず為に、その考えにすがりたい。
私は、子供の頃、人をいじめて楽しんでいる人を馬鹿だと思っていた。
だから、いじめられると、何で私が馬鹿に馬鹿だと言われなきゃいけないのかと思っていた。
結構な考え方だ。
書いていて、恥ずかしい。
でも、今の私には、この考え方しか、言霊の幻影から抜け出せる方法が見当たらないので、許して下さい。
もっといい考え方は、誰か、頭のいい人が考えて下さい。
そして、私に、教えてください。
宜しくお願い致します。
ここまでお読みいただき、有難うございました。
もし、よろしければ、次回作もお読みいただけると嬉しいです。




