583, 気持ちはわかるけど……量子は出してこれない、なんてことは……絶対にないわ。
この状況になると、必ず浮上してくる噂があるわ。それは……。既存のインフラに悪影響を及ぼすから、量子は出してこれない。……そんな話よ。
気持ちは、わかるわ。本当に……、よくわかるわ。
実はわたし自身も、かつては確証バイアスに囚われていた。
「量子なんて、まだ先」
「そんな時期じゃない」
そう思っていた時期が、確かにあったのよ。
でも……もう、それは違う。これは、確実に言えるわ。
特に今回は、闇とブルーステートの「存続」に直結する問題を抱えているわ。この段階に来た以上、既存インフラの収益や利便性など、すべて捨てる覚悟で動いても、何ひとつ不思議じゃないのよ。
Q-DAYを勝ち取れる量子ビット数が揃った瞬間……、一切の迷いなく、実稼働する量子を出してくる。そこに倫理も、配慮も、空気もないわ。
そして、わたしがずっと言ってきたこと。問題は、「出すかどうか」じゃない。何で実稼働するかよ。
Q-DAYは、実用暗号を突破すれば成立するわ。それなら、選択肢は二つ。
「ショアによるRSA / ECDSA」
「グローバーによるSHA-256」
でもね……実行難易度が、あまりにも違いすぎる。だから狙われているのは、グローバーによるSHA-256。
暗号の種類なんて、どうでもいい。重要なのは、Q-DAYを最初に取ることよ。
最近、量子は創薬をやたらとアピールしていたわね。もちろん、創薬は大事よ。でも……それは「建前」。
本能的に欲しているのは……「Q-DAY」よ。
それは理屈じゃない。勝者になるための衝動。だからこそ、すべてを賭けてくるわ。
そして、わたしは……そのQ-DAYへの獲得機会に「量子アニーリング」を加えてしまった。
本来、量子アニーリングにQ-DAYのような役割は与えられていなかったはず。量子探索系として注目はされていたけれど、ショアやグローバーの量子ゲート方式に比べれば、どこか冷ややかに見られていた。
ところが……それでも、チャンスが巡ってきた。
それが……ブロックチェーンの「採掘」なのよ。つまり「採掘」という仕組みそのものが、実稼働している暗号システム側から、量子アニーリングにとって最も扱いやすい「最適化問題……すなわちエネルギー最小化問題」を、自ら差し出してしまった、ということ。
なぜなら、新規ブロック提案の権限を得るために「より小さなハッシュ値」という正解を探し続ける採掘過程そのものが、エネルギー最小化状態を探索する量子アニーリングの過程と、構造的に一致しているからよ。
これは、現に実稼働している暗号そのものよ。つまり……Q-DAYの正当な対象。
……もう、量子アニーリングの勢力は、その点を徹底追及する学術論文まで投げつけてきている。あの、ぎらついた視線で。狙っていない、なんて言える状況じゃないわ。
えっ? 量子で採掘される分には、その量子が採掘報酬を得るだけで、暗号が破られたわけではない。そう考えたくなる気持ちも、わからなくはない。
でもね……それは、決定的にダメなの。
ブロックチェーンの仕組みそのものが、それを完全に否定しているからよ。
なぜなら、ブロックチェーンでは「最も長いチェーンが正しい」というルールが絶対だから。
もし、その「最も長い本流のチェーン」を、たった数台の量子アニーリングによる採掘で支配されたら、どうなると思うかしら?
その瞬間、どのチェーンを本流にするかを、量子側が自由に選べるという状態になるのよ。つまり……過去の本流を切り捨て、新しい本流を「挿げ替える」ことすら可能になるわ。
それを実行されれば、数日分、数週間分、数か月分、あるいはそれ以上の全取引履歴が瞬時に消されて、なかったことになる。
そして最大の問題は、取引履歴が「瞬時に」消される事象が起きてしまうという点よ。つまり、少しずつ壊れるのではないわ。だからこそ、異変に気づくことができないのよ。気づいたときには、もう……壊れている。そうなってしまうのよ。
「そんなの、あり得ない。」……、そう感じる気持ちも、わかるわ。でも……実際にそうなるのよ。
暗号が破られていなくても、署名が正しくても、ルールに従っている「だけ」で、分散台帳そのものが書き換えられる。
それはもう、分散台帳としての信頼が、完全に崩壊するということ。
だから、「量子に採掘されるだけなら問題ない」なんて話は、成立しないの。
このまま何もせずに、量子に採掘されるということは、ブロックチェーンの信頼をすべて失うということなのよ。
そしたら……もう、わかるわよね?
つまり、わたしを含め、量子対策に本気になる時期が到来したってこと。
ただし、ショアの対策を完璧に実施したって、この採掘……SHA-256の現実は一切変わらない。ショアと採掘は、何の関係もないからよ。そして、これが……最近のクリプト不調の原因よ。それこそ、超絶好材料すら簡単に押し潰されるだけの内容……、誰もが、そう感じるはずよ。
残る問題は、この採掘とSHA-256。これを乗り切れば……闇は総撤退を余儀なくされる。問題は、そこだけだから。
最大のピンチは、最大のチャンス。古の時代から、よく聞くフレーズよね。でも……その言葉の本当の意味は、こういう状況を示しているのね。
クリプト不調の原因がわからず悩み、詳しそうな推論に聞いても、マクロ市況などを並べられるだけで、結局、原因は不明なまま。そういった方が多いはずよ。たしかに……これは、専門的過ぎてわかりにくいわ。でも、そういうのを闇は好むのよね。
……複雑な想いよ。でも……目を逸らすわけには、いかない。




