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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第3章 血の叫び
77/116

77 花火

 夫人がビニール袋から缶入りのみかんジュースを取り出し、新藤に渡す。それを見るや、


「なんだおめえ、こんなんよりビール持ってこんか」


と灯台守。


「車でいらしてんでしょうが。あんたのはここにあるがね」


「おう、そうか」


「お嬢さんは飲む人?」


「あ、いえ、未成年なので……」


「ほいじゃこれね」


と、みかんジュースをくれる。


「すみません、どうもありがとうございます」


 海に面した通路は車座には狭すぎるが、ジグザグに座って何とかつまみを囲む。


「今年は随分おとなしいのお。もっとドンパドンパ上げたらんか」


とぼやく灯台守を夫人がペシッと叩く。


「まだ始まったばっかしでしょ。せっかちしないの」


 一希が遠慮していると、新藤が枝豆をひと(つか)み一希の手に握らせた。


「あっ、す、すみません」


 跳ね上がった心拍数を悟られたくなくて、目の前の光景に見とれているふりをした。薄紅に銀白、(だいだい)群青(ぐんじょう)。夜空に花が咲くと、海の(おもて)も素直に同じ色に染まる。後に残るのは、清々(すがすが)しいようでどこかもの悲しさを帯びた旋律。


 夫妻は二人とも人懐っこそうなのに、せいぜいつまみや飲み物のお代わりを勧める程度で、ろくに話しかけてこなかった。二人きりでいる時とおそらくはあまり変わらない調子で感想を述べ合い、(うなず)き合っている。


 そこへ(まぎ)れ込んだオレンジ色の二人組は一体何だと思われているのだろう。邪魔してはいけない関係だとでも勘違いされていなければいいが。


 ここにたどり着いた経緯を説明するどころか名乗る機会もないまま、適当に塩気をつまんでは夏の終わりの花火を()でる。作業服のまま夏祭り気分を味わえる手段を瞬時に思い付き、図々しく実行してくれた新藤に、一希は感謝した。いや、これは感謝よりももう少し親愛に近い感情だろうか。


 誰よりも尊敬する師匠と、急な思い付きで花火を見ている。こんなに近くにいるのに、身動きすれば(そで)が触れ合うほどなのに、そっと横顔を(うかが)うことすら不自然に思えてできない。仕事の帰りにぶらっと立ち寄っただけの師弟という関係を、なぜか演じてでもいるかのように思えてもどかしかった。事実はそれに他ならないのに……。


 先生の瞳に映る花火はどんな色をしているだろう。あるいは、ただ終宴の時を待ちわびながら、明日の仕事のことでも考えているのだろうか。そっと肩にもたれてみたらどうするだろう。驚いて飛びのくだろうか。それとも……。


「おおー」


と、隣から新藤の声。いつの間にか変わり花火が始まっていたらしい。星型やハート型、渦巻きなど、あらゆる形が夜空に描き出される。


「ん? なんだこりゃ」


「リボンじゃないですか?」


(つづみ)じゃろ」


「ちょうちょでしょ」


「これは……ボルトとナットか?」


「違います、キノコですよ」


「いや、栗じゃ」


「ウニかな」


 てんで意見の合わない四人が勝手なことを言い合う。


「デトンもこんだけバンバンまとめてぶっ放したら気持ちいいだろうにな」


「やめてください、物騒(ぶっそう)な」


とたしなめつつも、新藤が明らかに一希だけに向けた話を持ち出したことが(おも)はゆかった。


 灯台守夫婦が揃って頬を赤く染めた頃、花火大会も終盤を迎えた。フィナーレの乱れ打ちが(とどろ)き、これでもかと町中を沸かせる。


 最大級の破裂音の嵐にも耳が慣れた頃、ほんの一瞬の闇と静けさが訪れ、白い火の玉が幾筋か夜空を駆け上った。その全てが次々と咲き誇り、花びらを散らし始めた頃、ひときわ強固な決意を秘めた炎が悠々と黒のキャンバスの上方を目指す。誰もが手元の全てを忘れて見入った瞬間、見事な大柳(おおやなぎ)が世界を照らした。地上の小さなオレンジ色は、その圧倒的な光にあっさりと呑み込まれた。


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