106 光明
揺れがしだいに遠のき、おそるおそる目を開けると、一希はオレンジ色と迷彩色に囲まれていた。一希を覆うようにうずくまっていた男たちが再び散っていく。
「大丈夫か?」
「先生……早く逃げて……」
「諦めるな! カルサでの指名を目指すんじゃないのか!」
(えっ?)
その言葉に、目が覚めた。
半纏の袖に時々手を引っ込めて温めながら、文字だけで一方的に話しかけるいつもの儀式。反省と目標だけを便箋に清書しながら、心の中では愚痴や泣き言をたっぷりこぼした。仕事を離れた個人的な感情は、言葉にすらならないまま、座卓の隅を濡らすばかりだった。
(先生、読んでくれてたんだ……)
本人に届いてすらいないのかもしれないと思いながら、それでも書くのをやめることはできなかった。一希にとってそれは、紛れもなく恋文だった。
穴の中は混沌の度が増していた。穴の入口も一部欠けている。支えを失った土が崩れ始めているのだ。
新藤が爆弾を睨む。一希にはもはやそちらを見やる気力もないが、ザンピードが限界を訴えて脈打っているような気がした。
不発弾の爆発には本来、前触れなどない。しかし何かの記事でインタビューに答え、「爆弾の声が聞こえた」と言った処理士がいた。時が迫っているのが感じられた、と。
外部からの刺激を受けてしまったそのデトンは実際、十五分後に爆発したという。幸い、急遽爆破処理に切り替えて作業員も退避済みだったが、人為爆破を待たずに爆発が起きた事例だ。
その時、
「限界だな」
と新藤の声。返事は聞こえないが、軍員たちが手を止めたのが感じられた。新藤は一希を見下ろし、皆に宣言した。
「こいつを生き埋めにして、他は全員退避だ」
軍員たちの沈黙の一方で、一希は安堵した。
(先生……それでこそ先生……みんな早く逃げて……)
地上の沼田に新藤が告げる。
「次揺れたらもうアウトだぞ」
その言葉に沼田も覚悟を決めたらしい。
「わかりました。急ぎましょう」
「例のやつ、頼む」
「了解」
一希は、再び遠のきそうになる意識の隅で、
「そこ、掘ってくれ」
という新藤の声を捉えた。どういう意味だろうとぼんやり考えている間に、新藤が一希の周りをぐるりと回る。靴の先で線を引いたらしく、土埃が巻き上がった。
「深さ五十センチ。土嚢の際まで」
新藤は懐から何やら折り畳まれた紙切れを取り出した。広げられたそれは、書類でも入れるような大判の封筒。そこに斜めに書き殴られているのは……。
一希ははっと息を呑んだ。
ボールペンで描かれたらしき、傾いた円筒形と、両脇から伸びる二本の直線。ザンピードとその想定爆風域だろう。周りにはこの穴と地上部分の模式図。余白と裏面には、何度か消しては書き直された数式がびっしり。
不意に、処理士としての一希の脳がおぼろげに回転し始める。
(爆風域……転向……?)
避難範囲をずらすなどの目的で、爆破の影響範囲を人為的に調整する手法だ。といっても、こんな急を要する状況で行うことなど、考えてもみなかった。いや、まず無理だと思うのが普通だ。
しかし、できるかもしれない。先生なら。
このザンピードは、先ほどの余震でたまたま大きく傾いている。通常なら一トンもの爆弾の向きや角度を変えるにはクレーンを使うが、角度をわずかに変える程度なら人海戦術でも何とかなるだろう。あとは計算の正確さと作業スピードの問題だ。
新藤が手書きの図を見ながら慎重に指示を出す。軍員らが掛け声とともにザンピードに力を加える気配。そうこうしている間に爆発しないという保証はない。この場にいる誰もが命懸けだ。
「よし、そこだ」
「はい」
「土嚢!」
「了解」
「防護壁、終わったのか?」
と、穴の上に向かって叫ぶ新藤。
「あと少しです!」
と返事が降ってくる。
「避難は?」
「南東側八百メートル、完了!」
そんなやりとりの傍ら、一希の周囲の土が新藤の指示通りに掘り進められている。一希は数人の迷彩服に囲まれ、時に上半身を持ち上げられては呻き、目をつぶりかけては誰かしらに起こされる。早く楽にしてほしい気持ちと、もしかしたら助かるかもしれないという期待とが入り混じっていた。




