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第9話 アキハ先輩、煽りちらかす。/踊るコハル

 カリカリカリ。

 カチャカチャ、カチッ。

 シャーペンを走らせる音と、コントローラーの操作音が、リビングに小気味よく響いている。


 俺とコハルとナツキは、中間テストに向けて数学の勉強。


 フユミとアキハ先輩は暇なので、その間にスマブラで勝負をしている。二人は、先週も俺の自宅で戦っていた。つまりこれはリベンジマッチである。


「PKメテオキーック」


 アキハ先輩の涼やかな声。


「チッ……」


 フユミの舌打ち。お行儀悪い。


「からの空後くうご


「あっ! それ届くんですか!?」


 フユミが驚いている。


「ええ。さて、ダメージが100%を超えましたね」


「くっ──!」


 淡々としたやり取りとは裏腹に、画面内ではコンマ一秒を争う超高速の攻防が繰り広げられていた。


 アキハ先輩もフユミもガチガチのガチ勢だ。特にアキハ先輩。涼しい顔でえげつないコンボを叩き込んでいる。


 そんなハイレベルな戦いをBGMに、俺たちは黙々とプリントに向かっていた。


(((……集中できない……)))


 俺と、ナツキと、コハルの心が一つになった、そのとき。時刻にして、勉強開始から約2時間。


 コハルがそろそろと手を挙げた。


「あのぉ……生徒会長殿……」


「なんでしょう、火伏さん」


 アキハ先輩は画面から目を離さずに返す。


「誠に恐縮ながら、なにとぞ……なにとぞ気分の転換をお許しいただけないでしょうか……?」


 コハルが机に突っ伏したまま、上目遣いで懇願した。時代劇の町娘がお代官様にすがるような、妙に芝居がかった下手したてな態度だ。


 アキハ先輩は画面を見ているから無意味なのだが。


「あら。ご褒美のプリンはもう諦めてしまうのですか?」


「お待ちくださいお代官様! これには海よりも深〜いワケがあるのです!」


 コハルはガバッと起き上がると、真剣な顔で訴えた。


「実は文化祭のPV! あれの素材として『アタシのダンス動画』を入れる予定だったじゃないっすか? すっかり撮り忘れてまして〜。ここ、ロケーション最高だし、今撮っとかないとマ〜ジで後悔すると思うんですよね……」


「ふむ……」


 アキハ先輩はフユミのブラピを画面外へブッ飛ばし、ネスご自慢の煽りアピールをキメつつ考え込む。


「確かに、生徒会のPV制作は急務ですね。それに、火伏さんのダンススキルは我が校の貴重な広報資源です」


「でしょう!?」


「ええ」


 アキハ先輩とコハルの話が進むのをヨソに、フユミが怒りにぷるぷる震えている。


「か、会長……いくらオフラインとは言え、煽りアピールはいかがなものかと思いますよ?」


「お〜けぇ〜い?」


 アキハ先輩は腰に手を当ててヒネり、フユミの方へ振り返る。ネスの煽りアピールの真似である。フユミの美貌に青筋が数本浮かんだ。


 間髪入れずにコハルが言う。


「あとさ、思ったんだけど、今度の舞台劇! あれ、フツーにやるよりも、『ミュージカル風』の方が面白そうじゃないですか?」


「ミュージカル、ですか?」


「そう! 歌って踊れる神話劇! アタシが振り付け考えるからさ!」


 コハルの提案に、ナツキが眼鏡を光らせて反応した。


「……なるほど。悪くない着眼点です。ギリシャ悲劇と音楽の融合は、演劇の起源でもありますからね」


 ナツキは手元のノートを閉じ、どこからともなく取り出した紙束を開いた。


「それは?」


「プロットメモです」


 そういえば、ナツキは一昨日も『パリスの審判』を題材にした劇をやりたいと言っていた。どうやら、高層はかなり練り上がっていたらしい。


 アキハ先輩も特に驚く様子はなく、むしろ「よく形になっているようですね」とうなずいている。事前の根回しは済んでいたようだ。


「配役は以下の通りです」


 ナツキが示したメモにはこうあった。


 【キャスト】

 ・ヘラ(結婚と貞節の女神):月澄つきずみさん

 ・アテナ(知恵と戦いの女神):木南きなみ会長

 ・アフロディーテ(愛と美の女神):コハルさん

 ・エリス(争いと不和の女神):この私 冷水しみず 夏希なつき


 ナツキ、自分用のメモに「この私」なんて書くのは変人だよ……。言わないでおくけれども。


 ナツキは、華奢な体をぐぐんとそびやかし、胸を張ってみせる。


「私は進行役であるエリスとして、物語を混沌へと誘う朗読も担当します」


「ふむ、なるほど……。私がアテナですか」


 アキハ先輩が興味深そうに顎に手をやった。


「知恵と戦術を司る女神。いやはや、恐れ多いですね」


 絶好のハマり役に思えるが、これも言わないでおこう。


「私はヘラ……結婚の神様ね」


 フユミはまんざらでもなさそうだ。


「アタシがアフロディーテ……美の女神ぃ〜? 照れちゃうな〜も〜〜」


 コハルはデレデレと、しまりのない顔で笑った。


「というわけでアキハ様! アフロディーテの役作りとPV撮影を兼ねて、一曲踊らせておくんなまし……!」


「よろしい。許可します。トーマさん、撮影をお願いできますか?」


 断れるはずもなし。


「ハイッッ!!!」


 俺は居酒屋店員顔負けの声量で撮影機材を構え、カメラマンとしての位置についた。





 勉強道具を片付け、別荘の中庭に出た俺たち。


 そこは、まるで映画のセットのような空間だった。

 丁寧に刈り込まれた芝生の鮮やかな緑と、抜けるような青空のコントラスト。周囲を囲む白樺の木々が、高原の風に吹かれてサラサラと葉音を奏でている。


 広々としたウッドデッキには、木漏れ日がスポットライトのように降り注いでいた。


「よし、いくよー!」


 コハルがウッドデッキの中央に立つ。

 スマホからアップテンポなダンスミュージックが流れ出した。


 その瞬間。

 コハルの纏う空気が一変した。


「――――」


 いつものヘラヘラした笑顔が消え、真剣な眼差しになる。俺だけでなく、4人全員が息を呑むような気配。


 ラフなニットパーカーとショートパンツ姿。けれど、動き出した彼女は完全に『ダンサー』だった。


 しなやかに伸びる手足。

 激しいビートを的確に捉えるステップ。

 プラチナブロンドの髪の毛の一本一本までコントロールされたかのような、流麗なターン。


 すごい。

 ファインダー越しに見ているのに、その迫力に圧倒される。


 ただ可愛いだけじゃない。挑発的で、情熱的で、見る者すべてを虜にするような『美』の暴力。


 まさに、アフロディーテだ。

 曲の終わり、コハルはカメラに向かって流し目を送り、ビシッと決めポーズを取った。


 静寂。


 そして――。


 パチパチパチパチパチ……。


 拍手が響き渡った。


「いや〜どーもどーもぉ」


 コハルは後頭部に手をやり、


「どぉ? 撮れた?」


 コハルがいつものギャル顔に戻って駆け寄ってきた。


「ああ、バッチリだ。……正直、見惚れたわ」


「にしし、ありがと! トーマに見惚れられるとか、役作り大成功って感じ?」


 コハルは嬉しそうにピースサインをした。


「すごい……。ダンスが得意なのは知ってたけど、ここまでとは思ってなかったわ」


 フユミも素直に称賛している。


「ええ。これならPVのクオリティも保証されるでしょう」


 アキハ先輩も満足げだ。


「よしっ! 気分転換完了! これで心置きなく勉強に戻れるわ!」


 コハルはタオルで几帳面に汗を拭うと、再び机に向かった。その姿は、さっきよりもずっと頼もしく見えた。


 パリス不在の【パリスの審判】。


 文化祭本番では、一体どんな争いが繰り広げられるのやら。俺は少しだけ戦慄しながら、カメラの録画を停止した。


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