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第8話 四天王と朝食、勉強とゲーム

 朝のダイニングには、奇妙な空気がわだかまっていた。


「…………」


 ナツキは顔を真っ赤にしてうつむき、焼き魚を箸でつついている。


 さっきのハプニング――お姫様抱っこからの「責任取ってください」発言を、今さらながら反芻はんすうして恥じ入っているらしい。


 その向かいでは、フユミがニコニコと微笑みながら味噌汁を啜っている。


 ただし、目は笑っていない。

 なぎの水面のような静けさが、かえって嵐の予感を漂わせている。


 そしてコハルは、頬杖をつきながらジトッとした視線を俺に向けている。


 無言で放つ圧力は、『やってくれんじゃんトーマ」と糾弾している。


 針のむしろとはこのことだ。


 俺はいたたまれなさに耐えかねて、席を立つ。


「あー……アキハ先輩、そろそろコーヒー用意しますね」


 逃げるようにキッチンへ向かう。

 ナツキを迎えに行く前にセットしておいたエスプレッソマシンが、ちょうど抽出を終えたところだった。

 

 カップに注がれた濃厚な黒い液体。

 そこへ、スティックシュガーを惜しげもなく4本投入する。

 さらに、冷蔵庫から取り出したホイップクリームを、これでもかと言うほど山盛りにトッピングする。


 特製エスプレッソ・コンパナの完成である。


「アキハ先輩、どうぞ」


 俺がカップを差し出すと、ぐったりしていた先輩は、ゆらゆらりと顔を上げた。


「ありがとうございます、タカ……」


「タカさんは来てませんよ」


「あら、トーマさん? ふふふ、夢の中ですねこれは……」


 子どもみたいに笑ってから、カップをそっと受け取るアキハ先輩。


 まだ寝ぼけているらしく、動作が緩慢だ。彼女は両手でカップを包み込むように持ち、ふう、ふう、と息を吹きかけ始めた。 


「……ん、あつつ……」


 カップのふちに口を近づけては、ぴくっと肩を震わせて離れる。


 どうやら猫舌らしい。

 普段の優雅で完璧な振る舞いからは想像もつかない、小動物のような愛らしさだ。


「……ん」


 何度かトライして適温になったのか、ようやく一口、ちびっと啜った。なめらかな唇にクリームがついている。


 ちびり、ちびり。

 リスが木の実をかじるようなペースで、少しずつ、けれど確実に、糖分とカフェインを摂取していく。


 そうしてカップの三分の一ほど飲んだ頃。


「…………ふぅ」


 アキハ先輩は深く息を吐いた。

 その虚ろだった瞳に、だんだんとハイライトが灯る。目が覚めてきたのだ。顔がほのかに紅潮したのは、コーヒーの熱によるものだけではあるまい。


 アキハ先輩はシャッキリ背筋を伸ばしつつ、テーブルナプキンを手に取る。そして、口元のクリームを丁寧にぬぐった。


「失礼。お恥ずかしいところをお見せしたようですね」


 淡々と言ってのける姿には、一周回って強者の風格がある。


「超かわいかったですよ」


 俺がからかってみると、


「あら。照れますね」


 アキハ先輩はふわりと笑った。


 やっぱ強いな、この人……。

 他の三人を見ると、神妙な面持ちをしていた。


「面の皮の厚さって強い武器よね……」


 フユミ、真顔でなんてこと言うんだ。


「おっしゃる通りですよ月澄さん。恥じらっていては踏み出せない境地もあります。それはそうと、今日の食事もおいしいですね。以前にごちそうになったときも思いましたが、やはり月澄さんの料理は絶品です」


 よどみなく褒めるアキハ先輩に面くらい、フユミは一瞬だけ黙り込んだ。


「……素材が良かったんですよ。お口に合ったなら何よりです」


 ボソボソと照れ隠しを言うフユミに、アキハ先輩は笑顔で返す。


「フユちゃんはホントに、なんでもできちゃうんだねぇ」


 コハルはしみじみと言いながら、焼き魚を綺麗に解体している。


「私もかくありたいものです。せめて、お昼までには自然に起きられるようになりたい」


 ナツキは味噌汁をすすっている。


「まったくもう、褒めても何も出ないわよ」


 フユミは呆れ顔だったが、まんざらでもなさそうだった。




 朝食後。


「さて、皆様」


 その声には、いつもの絶対的なカリスマ性が戻っていた。


「きょうは休日ですから、勉強に集中できますね?」


 アキハ先輩は、どこからともなく分厚いプリントの束を取り出した。


 鈍器になりそうな厚みだ。

 俺たちの合宿は、ここからが本番だった。


「うぉ……マジですか? これ全部ですか?」


 コハルが引きつった顔で後ずさる。


「ご安心を。午前中は基礎固め、午後は応用演習、そして夜には確認テストを行います」


 アキハ先輩はニッコリと微笑み、


「テストで合格点に達しなかった方は、夕食後のデザート――専門店からお取り寄せした、『一個千円の極上プリン』は抜きとさせていただきます」


「やります!!! 死ぬ気でやります!!!」


 コハルが即答した。チョロい。いや、食い意地が張っている。


「ふーん。良くできたカリキュラムですね」


 プリントをパラパラと捲っていたフユミが、つまらなそうに呟いた。


「基礎から応用まで網羅されてる。でも、特進クラスの授業進度なら復習レベルです。午前中で終わってしまいますけど?」


 余裕しゃくしゃくだ。

 さすがは学年トップの秀才。この程度の課題では準備運動にもならないらしい。


「ふふ、頼もしいですね。余裕があるなら、私とゲームでもしませんか?」


「遠慮しておきます」


「あら。またスマブラで負けるのが怖いのですか?」


「やってやろうじゃないのよ!!!!!」


「その意気や良し。それでは、10先でお願いします」


 バチバチと火花を散らす二人を他所に、俺たちはそれぞれの席につき、ペンを握った。

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