第2話 四天王と俺の、勉強合宿が始まる。
「見えてきましたね」
アキハ先輩の声を受け、俺たち4人は窓の外へ視線を移す。
よく手入れされた雑木林と、その奥にそびえる洋風の建築物。
場所は隣街の外れ、山の中腹あたりだ。
眼下には、美しい夜景が広がっている。
運転手のタカさんがゆっくりとブレーキを踏み、リムジンは徐々に減速し、停車した。
「到着です。皆様、お手回り品をご確認くださ〜い」
アキハ先輩は楽しげな声で言った。この人、バスガイドの制服を着たまんまだが、良いのだろうか。
「タカ、レッドカッペートを」
「ございません」
「からの〜?」
タカさんはアキハ先輩を無視して降車し、俺たちをエスコートして降ろしてくれた。気分はまるで上流階級だ。
初夏の夜気は少しひんやりとしている。
目の前にあるのは、ログハウス風の木造建築だった。
城とまでは言わないが、個人の別荘と言うには大きすぎる。林間学校で使う宿泊施設のような規模感だ。
「で、デッカ〜〜……」
コハルがぽかんと口を開けて見上げている。
「……ペンションを貸し切っているかのようですね」
ナツキも感嘆の声を漏らす。
アキハ先輩は、そんな俺たちの反応を見て、少し困ったように眉を下げた。
「あの、皆さん。あまり期待しないでくださいね? 本宅に比べれば手狭ですし、設備も最低限で……」
「「十分デカいですよ」」
俺とコハルのツッコミが重なった。
嫌味で言っているわけではないのが分かるだけに、住む世界の断絶を感じる。これがガチお嬢様の《《手狭》》なのか。
荷物をすべて降ろし終えると、運転席のタカさんが俺たちの前に立った。
「ではお嬢様、皆様。私はこれにて失礼いたします」
うやうやしく一礼するタカさん。
これからこの場所で、俺たち5人だけで過ごすことになる。
色々と不安!
「あの、タカさん。本当に高校生だけで大丈夫なんですかね? こう、色々と……」
俺が遠慮がちに尋ねると、タカさんはツルなしメガネの奥から俺を見据え、淡々と言った。
「問題ありません。どうとでもなります」
「どうとでも……?」
「では」
タカさんは運転席に乗り込むと、エンジンを始動させた。
ブォン! と猛獣の咆哮のような音が響く。
直後。
キキキキキッ!!!!
リムジンが轟音を上げ、その場で凄まじい白煙を上げた。
10メートルはある車体が、コマのように回転する。超絶技巧のアクセルターンだ。
「うおっ!?」
俺たちがのけぞる目の前で、リムジンは猛スピードで林道を下りていく。
赤いテールランプは、瞬く間に木々の彼方へと消えていった。
「…………」
残された俺たち5人。
森の静寂が戻ってくる。
「……行っちゃったな」
俺は呆然と呟いてから、振り返り、ギョッとする。
美少女四天王たちが、無言で俺を見つめている。8つの瞳それぞれが、心なしかギラついているように感じる。
これから彼女たちの誘惑に屈さぬよう、必死に己を保たねばならない。
俺は決意を新たに固めたのだった。
◆
「さあ、中へどうぞ」
アキハ先輩が玄関の鍵を開け、俺たちを招き入れた。
エントランスホールは吹き抜けになっており、木の香りがふわりと漂う。
「すっげー……! めっちゃキレイですね! 映え〜! マジ映えですぅ〜!」
コハルは目を輝かせ、スマホを取り出してパシャパシャと写真を撮り始めた。
ナツキも「ほう、書棚のラインナップが気になりますね」と興味津々だ。
「ねえアキハ先輩! ここWi-Fi飛んでますか?」
コハルが尋ねる。なんとも現代っ子らしいライフラインの確認だ。
「ええ、飛んでいますよ。館内全域、爆速の回線が」
「やったー! パスワード教えてください!」
「はい、こちらです」
アキハ先輩はニッコリと微笑み、一枚の紙を差し出した。
そこには──数式が書かれていた。
『(x^2 - 2x - 4)^2 + (x^2 - 2x - 4) - 6 = 0 の実数解の総和をパスワードとする(半角数字)』
「…………はい?」
コハルの思考が停止した。
「前年度の一学期、中間テスト数学の第3問です。これを解かないと、Wi-Fiには繋がりません」
「お、おぉぉ……」
腰砕けになるコハル。
腰砕けになるギャル、エッチ文脈以外で初めて見た。
「ちなみに、間違えるとルーターのロック機能が作動して、1時間は再入力できなくなりますから。慎重に計算してくださいね?」
アキハ先輩、楽しそうだ。ものすごく楽しそうだ。
「やれやれ……難儀なことね」
フユミが肩をすくめ、手帳を取り出して計算を始めている。文句を言いながらも手は動かす、さすが特進クラスだ。
「わ、私は1年生ですから、できなくても当然ですよね?」
ナツキはあからさまに動揺している。
そう言えばコイツもインターネット中毒のオタクだった。
「ご心配なく。問題は数Ⅰのものです。冷水さんの習っている範囲で解けますよ」
「お、おぉぉ……」
腰砕けになるナツキ。
これで被害者の会は、俺を含めて3人になった。
かくいう俺も、Wi-Fiに繋げないのはキツい。
「さて、お夜食の準備もしておきましょうか」
アキハ先輩はパチッと手を叩き、話題を切り替えた。
「タカは帰らせましたから、家事は私たちで行います。食材はリムジンから降ろしたものを冷蔵庫に詰めてありますので」
もちろんアレルギー等々には配慮しております、とアキハ先輩。いつ確かめたのか気になったが、聞くのが怖い。みんなも怖かったらしく、誰も聞かなかった。
「というわけで、今夜の料理当番を決めましょう。公平に、あみだくじで」
アキハ先輩が取り出したタブレットには、すでに5本の線が引かれたあみだくじアプリが表示されていた。
「ペアで調理を担当します。当たりは2つ。さあ、指でなぞってください」
俺たちは言われるがままに、画面上の線を選択した。
結果――。
当たり1:日村 斗真
当たり2:木南 秋葉
「おや」
アキハ先輩が目を丸くした。
「私と日村さんですね。ふふ、光栄です」
「よ、よろしくお願いします」
俺はペコリと頭を下げた。
正直、アキハ先輩が料理をするイメージが全く湧かない。
卵を割ろうとして握りつぶすとか、そういうお嬢様ムーブをかましてくるんじゃないだろうか。
「あら、日村さん。私の腕前を疑っていますね?」
「えっ、いやそんな滅相もない」
「ふふふ。見ていてください。こう見えて私、家庭科の成績も『5』ですから」
アキハ先輩は自信満々に微笑むと、袖をまくり上げた。しなやかな白い腕が露わになる。やる気がみなぎっているようだ。
「残りの御三方は、その間にWi-Fiのパスワードを解読しておいてくださいね。月澄さんはすぐに解けるでしょうが、カンニングは禁物ですよ」
「もちろん」
フユミは軽くうなずいた。
「う、が、頑張ります……」
コハルがげっそりした顔でうめいた。
「是非もなし、ですね……」
ナツキが死にそうな顔で呟いた。
こうして、波乱に満ちた合宿の夜が始まった。




