表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/141

第1話 5人で合宿、いざ別荘へ。

「本日は〜、木南きなみ観光バスをご利用いただき〜、まことにありがとうございま〜す♪」


 木南きなみ秋葉あきは──アキハ先輩の美声が、リムジンの車内に響く。


「右手に見えますのは〜、コンビニエンスストアでございま〜す。左手に見えますのは〜、家電量販店でございま〜す」


 マイクを片手に、独特の節回しでアナウンスするアキハ先輩。


 アキハ先輩は今、バスガイドに扮している。わざわざ、学生服から着替えている。

 制帽、制服、蝶ネクタイ。白い長手袋までハメている。それにしても、この生徒会長、ノリノリである。


 俺たち五人を乗せた車は、滑るように夕方の国道を走っていた。


 車と言っても、ただの車ではない。


 リムジンだ。

 映画とかでしか見たことのない、ハチャメチャに長い高級車だ。


 運転席に座るのは、木南家の使用人、「タカさん」ことたか 貴美子きみこさん。


 ムッキムキの巨体を執事服に包み、ツルなしメガネをかけたクールな老女である。


 タカさんは、アキハ先輩のハッチャけたガイドを完全にスルーしている。クールである。


「運転手さ〜ん、この辺りのオススメスポットは〜?」


「ございません」


 タカさんはクールである。


「からの〜?」


「ございません」


 タカさんは本当にクールである。


「…………」


 俺の隣に座るフユミは、口を半開きにしてアキハ先輩を凝視していた。


 第2会議室で撒き散らしていた、あのドス黒い殺気はどこへやら。


 あまりにも自由奔放な生徒会長の姿に、振り上げた拳の落としどころすら見失ったようだ。


「……なんなのかしらね、あの人」


 フユミがぽつりと呟いた。呆れ果てた声には、もう敵意の影もなかった。


「それは本当にそう」


 俺も苦笑するしかない。

 だが、結果オーライだ。アキハ先輩の奇行のおかげで、フユミの怒りの矛先がブレた。


 車内には、なんとなく和やかというか、うやむやな空気が漂っている。


 コハルとナツキは、備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出してキャッキャしている。


「ナツキちゃんもコーラでい〜い?」


「炭酸は辛いので、オレンジジュースを所望いたします」


「りょ〜か〜い」


 仲よさげだ。


 アキハ先輩も「次は〜、信号待ちでございま〜す」と楽しげに実況を続けている。


 いい雰囲気になってる!


「しっかし、意外だよなぁ。アキハ先輩にあんな子どもっぽい一面があるなんて」


 言いながら背中をシートに預けると、フユミはふんと鼻を鳴らして身を乗り出した。


「あの人、昔からそうなのよ。頭の回る享楽主義者、趣味のためなら何でもする。ぜんぜん変わってないわ」


「昔から?」


「ええ。……中学生の頃、バイオリン教室やフィギュアスケートのスクールで一緒だったの」


 フユミが懐かしむように目を細めた。

 そういえば、フユミも結構なお嬢様だ。アキハ先輩ほどではないだけで。


「学年も違うし、向こうは上のクラスだったから、挨拶する程度の顔見知りだったけどね。でも、有名人だったわ」


「へえ、やっぱりすごかったのか」


「ええ。なんでもかんでも覚えが早すぎるのよ。一度聴いた曲を講師以上に弾きこなすし、アクセルジャンプも簡単に真似してみせた。……他の子をドンドン引き離すから、少し浮いてたわ」


 フユミは、楽しげにマイクパフォーマンスを続けるアキハ先輩を見つめている。


「周りの大人たちも、最初の方こそ持てはやしていたけれど、そのうちプライドを折られて……」


 そこまで言って、フユミはハッとしたように口元を押さえた。


「ああヤだ。これじゃ陰口ね。ごめん、忘れて」


「まあ、陰口ってほどでもないだろ。……そっか」


 俺は納得した。

 アキハ先輩が今、俺たちを巻き込んでこんなに楽しそうにしている理由が、なんとなく分かった気がした。


 それと同時に――俺は別の感傷を抱いていた。


 中学生の頃、か……。


 その頃のフユミは、学校が終わるとすぐに習い事へ向かっていた。

 俺とは疎遠で放課後に遊ぶことはおろか、一緒に帰ることすら少なかった時期だ。


 俺の知らない場所で、フユミはバイオリンを弾き、氷上を滑り、アキハ先輩のような人々と切磋琢磨していたのか。


 思えば忙しそうだったなぁ、と当時のフユミの背中を思い出す。

 そして、置いてけぼりを食らったようで、少し寂しかった自分の気持ちも思い出す。


 そして、タカさんにダル絡みしているアキハ先輩を見つめる。アキハ先輩は中学時代のフユミについて、きっと俺より知っている。


 なんだかフクザツな感情になる。


「…………」


 俺は気付けば黙り込んでいた。


 そんな俺の顔を、フユミがじっと覗き込んでいた。


「どうしたの? 車酔い?」


「ああ、別になんも」


 俺は慌てて視線を逸らした。


「大丈夫? 酔い止め持ってきたから、飲む?」


「や、大丈夫。ありがとう」


 俺は手を振ってごまかす。

 まさか「フユミが忙しくて寂しかったことを思い出してた」なんて、口が裂けても言えない。いくらなんでも女々しすぎる。


 だが、幼なじみの観察眼は欺けない。

 フユミは俺の心中を見透かし、「ははあ」と笑った。


いてるのね?」


「はあ!?」


 俺が素っ頓狂な声を上げると、フユミは楽しそうに碧眼を細めた。


「アンタほんっとかわいいわよね、そういうとこ。私が会長の話をしたから、トーマくんはスねちゃったのよね〜?」


「ち、ちげーよ! 誰がスねるか!」


「照れないの。こっちまで恥ずかしくなるわ」


 フユミは上機嫌に微笑むと、俺の肩にこつんと頭を預けてきた。


 金髪からただよう甘い香りが鼻をくすぐる。

 肩に感じる体温と重みが、俺の動揺を加速させる。


 ……まあ、いいか。

 殺気立っていたフユミが機嫌を直してくれたなら、それに越したことはない。


 ヨシ!(現場猫)

 リムジンは夜の闇を払うように、別荘へとひた走る。


 波乱の合宿は、すぐそこで待ち構えている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ