第23話 幼なじみと過ごす、甘々な週末
「ふわぁ……。なんか、歌ったらスッキリして眠くなっちゃった」
フユミは小さなあくびを噛み殺した。
まあ、あんなに感情を込めて熱唱すれば当然だろう。かくいう俺も、ライフポイントも削りきられて非常に眠くなっている。明朝、起きられるかすら怪しい。
「フユミ、今日は俺、ちょっと早めに寝るわ」
「……………………そうね」
万感の沈黙を経ての、『そうね』だった。
「せっかく『生姜焼き作る』って言ってくれたのに、悪いな」
「いいのよ。また明日があるし。ね?」
「ああ!」
俺は即答した。
『ね?』の一言に、曖昧な返答を許さない圧が籠っていた。
土曜日はフユミといっしょ、それは既定路線だ。
「じゃ、おやすみトーマ。また明日」
フユミはひらひら手を振り、自宅へ帰っていった。
俺も自宅のドアを開け、後ろ手で鍵を閉める。
瞬間、玄関でヘタり込みそうになった。
……あぶねえ。
正直、助かったと思った。
もしフユミが、「いっしょに寝ましょ」なんて言いだしてたら……!
疲弊してガードの下がった俺の理性なんて、即座に蒸発していただろう。
俺はフラつく足取りでソファに倒れ込む。
明日からも、四天王との目くるめく日々が続く。
今夜の俺にもう余力はない。泥のように眠り、来るべき波乱の週末へと英気を養うことにした。
◆◆◆
目覚めると、午前十時だった。
半日近く眠ってしまったらしい。
「トーマー、起きてるー?」
キッチンからフユミの声がした。
両親不在の我が家は、すでにフユミの独壇場と化しているようだ。料理の良い匂いが、俺のいるリビングにまで漂ってきている。
「今起きた!」
「はーい。お風呂わかしてあるから、入っちゃいなさーい」
フユミ……俺の実母よりオカンだ。
とりあえず朝風呂に入って歯を磨こう。昨日は帰ってすぐ寝てしまったから。
◇
俺が身支度を終えてリビングに戻ると、
「お昼、もうすぐ出来るからね」
キッチンから出てきたフユミが、エプロンを外しながらリビングに入ってくる。
俺はソファから体を起こし、思わず息を呑んだ。
今日のフユミの服装は、制服姿とはまた違った意味で破壊力が高かった。
肌に吸い付くような、灰色のニットタイトワンピース。デコルテが大きく開いている。
いわゆるドンタンスタイルというやつだ。
動くたびに薄手の生地がボディラインを強調する。168センチの長身と、出るところが出たグラマラスな肢体が、これでもかというほどのシルエットを描く。空気を染め上げそうなほど濃厚な色香が部屋中に充満している。
……部屋着にしちゃ刺激が強すぎないか?
俺の熱視線に気づいたのか、フユミは満足げに微笑んだ。
「なに? そんなに見つめて。やっぱり、こういう服、すき?」
「い、いや、何着ても似合うなぁと思って」
「あら。ふふ、ありがと。これ、動きやすいから部屋着にちょうどいいのよ」
嘘つけ絶対それだけじゃないだろ。
俺がツッコミを入れる前に、レンジが「チン!」と音を立てた。
俺はキッチンへ入り、レンジから和風パスタを取り出した。そのまま、キッチンに置かれたサラダと一緒にテーブルへ置く。
「配膳くらい私がやるのに」
「少しは働かせてくれよ」
うっかりするとフユミに任せきりになっちゃうからな。
「じゃ、いただきます」
「はい、召し上がれ。……あ、ちょっと薄味だったかしら? ゆうべはカラオケで済ませちゃったから、きょうは塩分控えめにしたの」
き、気が利くぅ〜!
パーフェクトな正妻ムーブである。胃袋と健康を完全に掴まれている。
「助かるよ。ちょうどいい味付けでおいしい」
「そう? なら良かった」
二人で囲む食卓は幸せな笑顔で満たされている。
合鍵で当たり前のように入り込み、掃除洗濯を済ませ、完璧な昼食を提供する、若奥様さながらな幼なじみの美少女。
楽園だ。
しかし、手を出してはいけない。生殺し地獄である。
完食した俺は、洗い物と風呂の掃除をすることにした。
「そのくらい私がやるから」
と言って聞かないフユミだったが、
「せっかくの綺麗な手が荒れちゃったらもったいない」
の一言で黙らせた。
先に風呂を洗ってから、水に浸けておいた食器に手を付ける。
何枚か洗っているうちに、手作り感あふれるコップが一個、目に留まった。
俺とフユミと両家の両親とで旅行中、いっしょに陶芸教室でコップを作ってみたときのやつだ。お互いの作品を交換こしたので、これはフユミの作ったやつ。懐かしいな、もう何年前だろう。
あの頃に比べて、俺も少しは成長できただろうか。
これからも、フユミのパートナーとして……夫として、頑張ろう。
「じゃねえよ!」
あぶねえ、完全に飲み込まれるところだった。
フユミとは幼なじみで、どんな思い出にもフユミの温もりが残っている。一週間の記憶喪失も相まって、気を抜くと自認が『フユミの夫』になってしまう。
そして恐らく毎週末、フユミと朝から晩まで過ごすことになる。
もってくれよ俺のカラダ……賢者タイム三倍だ!(何とは言わんが回数を三倍に増やす)
「ちょっと、だいじょうぶ!?」
俺の声を聞きつけたフユミがすっ飛んできた。フユミ、頼むからドンタンスタイルで機敏に動かないでくれ。ホヨバの女キャラくらい揺れるから。
「ああ、ちょっと皿を落としそうになっちゃって。ごめん、びっくりさせちゃった?」
「ううん。ケガはない?」
「大丈夫だよ、と……」
答え終わる前に、フユミが懐へ潜り込んできた。恐ろしく速い縮地……俺でなきゃ見逃しちゃうね。
ってか、近いよ〜。近すぎるよ〜。
「気を付けてよね。アンタが私の体を大事にしてくれるのと同じで、私もアンタの体が大事なんだから」
口調の割に、声量は小さい。声色も柔らかい。
すすす、とさらに距離を詰める。
柔らかい。
何とは言わんが柔らかい。お洋服の生地の下にあるものが、立体的かつ柔らかい。
「あたってるんですけど」
「あててんのよ」
こいつマジでさぁ!!
「今日は遅くなるって、親に言ってあるから……」
幼なじみに向かって何だその媚声は!
正午にもなってないのに何をするつもりなんだ!?
「ふ、フユミ、まだ昼だぞ……?」
「別にいいでしょ、もう減るモンでもないんだし。そんなことより、は、早くシましょ……」
フユミは声を上ずらせ、言葉に詰まっている。
照れだけが理由じゃない。極度の興奮によるものだ。
こ、此奴、完全に目が据わっておる……!
澄んだ碧眼は、夜の海より深い色で、ジッと俺を見つめている。興奮に荒げた呼吸のたび、甘い香りが漂う。
色を知りやがって。
俺のせいだから申し開きは無いけれども。
ヤバい、俺までおかしくなってきた。
どうせ毎週末ずっと逃げ切れるワケないんだし、もうこれで終わってもいいんじゃ……?
いや落ち着け! 耐えろ俺!
そうこうしてる間にフユミの唇が近づいてくる──速……避……無理! 受け入れる。無事で? できる?
否。抱。




