第22話 3年目の浮気(フユミとデュエット)
【3年目の浮気】を幼なじみのフユミと歌っている。
フユミの美声がマイクスピーカーを通し、俺の鼓膜を震わせる。
俺の情けない歌声が、それに重なる。
カラオケボックスのモニターには、少し古い服装の男女がコミカルに喧嘩する映像が流れている。
だが、俺にとってはスプラッタホラーより恐ろしい光景だった。
──歌詞が、突き刺さるッ!!
男が「不倫くらい許せ」と居直るのを、女が「人をナメるのも大概にしろ」と叱りつける。
この歌詞、アタシのことだ……。
ワンフレーズ歌うごとに、俺のライフポイントがゴリゴリ削られていく。ほろびのうたか?
フユミは俺を見つめながら歌う。
男の身勝手な言い分を断罪する女のパートに、感情が籠もりすぎている。
その碧眼は、絶対的な圧力を放っていた。
うまい。うますぎる。感情が籠もりすぎている。
これは歌ではない。心からの指弾だ。
絶許の波動を痛いほどに感じる。
俺は冷や汗をダラダラ流しながら、下卑た居直りと情けない言い訳で構成された男パートを歌い続ける。
これはフユミによる『わからせ』だ。
今は見逃してあげてるだけなんだからね、と言い含められている。
無我夢中で歌い上げると、気付けば曲は終わっていた。
間の抜けたアウトロが響く中、俺が酸欠のランナーのようにゼエゼエ喘いでいると、
「――ブラボー!!」
バン! と勢いよくドアが開いた。
コハルとシミズが戻ってきたのだ。
「いやー、最高! 夫婦漫才かよ! め〜っちゃ息合ってたじゃん!」
コハルが手を叩いて絶賛する。
シミズも丸眼鏡のレンズを光らせ、深く頷いた。
「ええ。歌詞の滑稽さと、お二人のシリアスな歌唱技術のギャップ……実に脱構築的な演目でした。特に先輩の歌い方、悲痛な実感がこもっていて笑えましたよ」
「……褒め言葉として受け取れねぇよ」
俺はソファに沈み込んだ。
心身ともに疲労困憊、シミズに言い返す気力もない。
「あら、もう戻ってきたの? もっとゆっくりしてきてもよかったのに」
フユミは何食わぬ顔でマイクを置いた。
その表情は晴れやかだ。言いたいことを歌に乗せてブチまけ、ストレスを発散した顔をしている。
「いーや、これ以上お熱い二人を放置したら、室温が上がりすぎて大変なコトになっちゃうからね〜」
コハルはニシシと笑い、俺の対面にドスンと座る。
コハルの隣にはシミズがちょこんと座る。
右手に幼馴染。対面にギャル。その隣に文学少女。
俺がソファの端に座りその隣をフユミが埋めたため、このような配置になった。
歌という共通体験を経たからか、空気が晴れやか和やかになっている気がする。
「さ、そろそろお時間っしょ! 最後はみんなでアニソン歌って締めよ!」
「賛成です。最後はやはり『団結』を主題に据えた曲で」
「そうね。……ま、楽しかったわ」
フユミも小さく笑った。
最後は四人で、某海賊アニメの主題歌を大合唱して、俺たちのカラオケ会は幕を閉じた。
◆◆◆
店の外に出ると、空は暗くなっていた。駅前のネオンが煌々と輝いている。
「じゃ、アタシらはこっちだから! バイビ〜!」
コハルが手を振る。
シミズもペコリと頭を下げた。
「先輩、月澄さん。お疲れ様でした。……先輩、また部室で」
「おう、気をつけて帰れよ」
二人は仲良く改札の方へと消えていった。
その後ろ姿は、来た時よりもずっと距離が縮まっているように見えた。
「……意外ね」
隣でフユミが呟いた。
「あの二人があんなに仲良くなるなんて。正反対のタイプに見えるのに」
「まあな。でも、案外気が合うんじゃないの? 共通の話題もあるみたいだし」
「共通の話題?」
「あー……アニメとか、漫画とか?」
「ふーん。ま、いいことじゃない。実行委員会が円滑に進むなら」
フユミは納得したように頷き、俺の方へ向き直った。金髪のツインテールがしゃらしゃら揺れる。
「さ、私たちも帰りましょ。……送ってくれるわよね?」
「もちろん」
「ま、家、隣だしね」
「そうじゃなくても送ってたよ、フユミと話すの楽しいし」
フユミは複雑そうな表情をした。
『怒りたいんだけど怒るに怒れない』、みたいな。
また俺なんかやっちゃいました?(なろう主)
「ここで『女の子を送るのは当然』とか言わずに《《そういう》》セリフ出してくるのがアンタの良くない癖なのよね……」
「あー、すぐに直します」
「いや、直さないで。絶対に」
なんなんだよ。
ともかく、俺たちは並んで歩き出した。
火照った頬に心夜風が地よい。
住宅街へ続く道は静かで、俺たち二人の足音だけが響いている。
「……ねえ、トーマ」
不意に、フユミが足を止めた。
街灯の下、彼女の金髪がキラキラと輝いている。
「どうだった?」
「え? ああ、歌うますぎてビックリしたよ」
「そうじゃなくて」
フユミは一歩、俺に近づいた。
バラエティ番組のようなコミカルさは消え、シリアスな眼差しが俺を射抜く。
「最後の歌の、最後の歌詞のことよ」
心臓が跳ねた。3年目の浮気のことだ。
「私ね、あの歌詞には共感できないの」
フユミの手が、俺の袖をギュッと掴む。
「え?」
「私、トーマがひどいことしても、ちゃんと誠意を示してくれたら、ちゃんと受け容れてあげる。愛想尽かして出て行ったりしないわ。ずっと一緒にいてあげるから」
「フユミ……」
「トーマ。大丈夫よ」
フユミは天使のような慈愛の微笑みを浮かべた。
「どこにも行けないようにして、愛してあげるから」
俺の背筋は凍りつく。脊椎に氷柱を差し込まれたみたいにピキンと伸びた。
『どこにも行《《か》》ないように愛してあげるから』、ではない。
『どこにも行《《け》》ないように《《して》》、愛してあげるから』。
物理的な拘束が示唆されている。
ふ、フユミの奴、クラシカルなツンデレ属性だけじゃなく、クラシカルなヤンデレ属性も持ってたのかよ……!
クソっ、いったい誰のせいで
俺のせいだわ。
俺が抱いたせいだわ。
クソァ!
「……は、はい。肝に銘じておきます。よろしくお願いします」
俺が丁寧に応えると、
「ふふ、よろしい」
フユミは満足そうに俺の腕を離し、また歩き出した。
「今日の夕飯、ハンバーグにする予定だったけど、やっぱり生姜焼きにしようかしら。トーマ、好きでしょ?」
「あ、うん。大好き」
日常会話に戻ったフユミの背中を見ながら、俺は胸を撫で下ろした。
やはり、この幼なじみは侮れない。
アキハ先輩が緻密に組み上げた盤面も、フユミの重い愛を踏まえれば薄氷のように崩落しかねない。
ああ、一体どうなる俺の日々。
まあ悩んでも仕方ないか。とりあえず今は金曜夜だし、土日に備えてよく寝よう。
ともかく今日は無事に終わった。
ヨシ!
俺は心の中で指差し確認をする。
コハルとシミズは仲良くなり、フユミの機嫌も取れた。アキハ先輩との約束も守った。
悪くない。俺の立ち回り、悪くはないぞ。
だが、このときの俺はまだ知らなかった。
四天王による包囲網は、まだ狭まり始めたばかりなのだ。




