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第2話 隣の席のギャルが距離感バグってる件

 いつぶりだろう。

 フユミと肩を並べて歩くなんて。

 通学路で見かけると気まずいのでわざわざ時間をズラしていた日々が、昨日のように思い出せる。


 ってか俺からすると昨日なんだけど。


 現実感がない。足取りがおぼつかない。夢の中で歩いているみたいだ。


 隣を見る。それはそれは整ったフユミの横顔がある。揺れるツインテール、金糸の睫毛まつげ、トルコブルーの瞳、どことは言わんがダイナマイトなシルエット……こいつマジすげぇな……ホントに高校生か? ってか俺と同じ世界の人間なのか?


 画風からして違う気がする。


「なによ」


 萌え声とともに、碧眼が俺に焦点を合わせた。


「私が服着てるの、そんなに珍しい? ええ、そうでしょうね。あんなことしとけばそうなるでしょうよ」


 はあヤレヤレ、と肩をすくめる仕草からは、アメリカの血が感じられる。いやそうでもないかも。今ってそういう偏見ダメだもんな。


 ってか何言ってんだコイツ。何をしちゃったんだ俺。


 クソッ、記憶が戻れば一生分のオカズが手に入るというのに!!


 頭を抱えたくなるのを必死にこらえる。そうこうしているうちに、高校の正門が見えてきた。


「……じゃあね、トーマ。放課後、迎えに行くから」


 フユミは名残惜しそうに別れを告げ、じっとりと湿度の高い視線を送ってきた。


「お、おう。また後でな」


 俺が短く返すと、フユミは不満げに頬を膨らませつつ校舎へ向かう。


 一年生の女子二人がフユミに挨拶する。


「「月澄先輩、おはようございます!」」


「おはよう。あら、タイが曲がってるわよ」


「あ、す、すみませ」


「動かないで。直してあげる」


 フユミは聖母のように微笑む。


「そ、そんな、ありがとうございます……!」


 一年の女子はうっとりしている。もう一人はうらやましそうな顔である。


 朝っぱらからマリ見てみてぇなことを……。


 フユミは才色兼備の文武両道、ファンどころか信奉者みたいになってる生徒も多い。


 そのせいもあって、フユミは人前では猫を被っている。俺への毒舌とは大違いだ。


 フユミは校舎の中へ消えゆく。一年生たちは校庭に立ち尽くしたまま、ヒソヒソ噂している。


「特進の月澄先輩、相変わらず爆美女だねぇ……」


「ね! 彼氏とかいないのかなぁ?」


「いないでしょ〜。いたら先輩ロスで学校休むわ」


「それはそう。ってか、釣り合う男、想像できない」


「でも幼馴染の男子いるんじゃなかったっけ?」


「あ〜……」


 一人が無言で俺をチラ見する。もう一人がその視線を追い、


「あ〜……」


 ため息混じりに言った。


 やめてくれカカシ、その技は俺に効く。やめてくれ。


 そんなん俺が誰より思ってるわ。なんでフユミと俺が幼なじみなんだろうって。だから中学から疎遠になってったんだわ。


 フユミもその頃から俺を避け始めた……が、別に俺を嫌ってはいなかったのかもしれない。フユミは元々気が強く、そんな自分を俺以外には見せたがらなかった。


 あれ? もしかしてフユミの奴、別に俺を嫌ってたワケではないのか?


 一度浮かんだ疑念は、俺の心をとらえて離さなかった。


 考えながら歩いているうちに教室に着いた。


 フユミとは別のクラスだ。


 我が七曜学園は進学校だが、クラス分けは成績によって明確に区分されている。


 才色兼備のフユミは、選ばれしエリートが集う『特別進学コース』。


 対して俺、日村トーマは、平凡な生徒が集まる『総合進学コース』。

 校舎内のフロアも違うし、授業で顔を合わせることもない。つまり、ここから放課後までは、俺の平和な聖域─サンクチュアリ─が約束されているわけだ。


「ふぅ……助かった」


 俺は大きく息を吐き、自分の教室である2年C組へと向かった。


 教室に入り、自分の席へ座る。

 窓際の後ろから二番目。主人公席の真ん前にある、正真正銘のモブ席だ。


 俺はカバンからラノベを取り出し、精神統一を図る。


 萌え萌え美少女たちと冴えない主人公が繰り広げる、笑いあり涙ありお色気ありのドタバタラブコメディ。無駄に冗長なモノローグと、ヒロインの外見に関するヤケに詳細でねっとりした描写を読んでいると、心が落ち着いてくる。

 

 俺は大丈夫だ。

 きっとすべてうまくいく。

 フユミとの朝は、俺が見た悪い夢だ。


 俺はただのオタクで、スクールカーストの外側にいる観測者。

 三次元の恋愛には縁がない。夢もない。ましてや高校生の場合、7割が別れるという。所詮、泥沼のお遊戯に過ぎない。


 もし万が一、那由多の彼方の確率で、俺が本当にフユミに手を出していたとしよう。


 そのときは責任を取り、交際を開始し、二人で仲睦まじく暮らそう。ちょうどラブコメラノベみたいに。


 そして朝から晩まで、寝室やリビングや玄関で、あんなことやこんなことを……。


 これじゃラブコメラノベじゃなくて官能小説になっちゃうよ〜〜!!!


 俺がニヤニヤニチャニチャしていると、教室の空気がガラッと変わった。


 ドタドタやかましい足音。ジャラジャラ鳴るアクセサリー。


 そして、太陽のように明るい声。


「おっはー! あー、今日マジだるい。現国の課題とか意味不なんだけどー」


 教室の入り口に現れたのは、火伏ひぶせ琥春こはる

 プラチナブロンドに染めた髪、短く着崩したスカート、ばっちり決めたメイク。


 カースト頂点に君臨するギャルであり、美少女四天王の一角でもある。


 当然、俺とは住む世界が違う。

 彼女の席は俺の右隣だが、校内で会話らしい会話をしたことは、これまでに一度もない。隣り合っていても世界が違う。パラレルワールドくらいにはかけ離れている。


 火伏ひぶせさんは取り巻きの女子たちに挨拶しながら、ドカドカと自分の席――俺の隣へやってきた。


 俺が存在感を消すためにラノベのページをめくる速度を上げた、そのとき。


「おはよ、トーマ!」


 ……は?


 俺は我が耳を疑った。


 いま『トーマ』って言ったか? 呼び捨てで?

 恐る恐る顔を上げると、そこには至近距離で俺を覗き込む、火伏琥春の顔があった。


 完璧なメイクで彩られた、あどけない美貌。


「……え、あ、お、おはよう、火伏さん」


「ちょー、なにその他人行儀な感じ? ウケるんだけど〜!」


 火伏さんは俺の肩をバンバンと叩いた。痛い。そして近い。


 教室中の視線が俺たちに集中する。


(おい、なんで火伏が日村に絡んでるんだ?)


(罰ゲームっしょ)


(あーね)


 という心の声が聞こえてきた。気がする。ちなみに俺は被害妄想が激しい。


「あのー、火伏さん? 人違いでは……」


「はあ? あんなことまでシたのに。忘れたとか、マジでないわー」


 火伏はラメ入りリップでつやめく唇を尖らせ、俺の机に身を乗り出した。近いよ〜。


 胸元のボタンが弾け飛びそうな制服の隙間から、健康的な肌色がチラつく。近いよ〜!!


 俺は慌てて視線を逸らす。健全な男子高校生として、条件反射でテンションが上がってしまうのは不可抗力だが、今はそれどころではない。


「あんなこと……? 俺とひぶ、」


「こ! は! る!」


「スィマセ……」


 俺の声は消え入りそうに小さかった。


「俺と、コハルが?」


「そーだよ! トーマんでゲームしてからカラオケ行って、その後ウチでオールしたじゃん!」


「オ、オール!?」


 教室がざわめく。

 カースト最底辺のオタクと、カースト頂点のギャルが、デートからのオール!?


 ありえない。天地がひっくり返っても起こり得ない。バグだ。そんなことがあったら俺は自分のケツにキスをする。


 だが、コハルの表情に嘘をついている様子はない。むしろ、スネている。


 彼女は周囲の視線を気にする様子もなく、声を潜めて(といっても丸聞こえの声量で)囁いた。


「ねえトーマ。もしかして、周りの目気にしてんの? アタシ一軍だからとか、もうそういうの今さらカンケーないっしょ?」


 コハルの瞳が、ふと真剣な色を帯びた。

 彼女は元々、派手な見た目に反して、カーストの上下関係を窮屈に思っている節がある。だからこそ、俺のような『カースト外』の人間に対しても、以前からフラットな態度は取っていた……気がする。


 だが、ここまで距離が近いのは異常だ。


「アタシさ、トーマのそういうとこ、いいと思ってるよ。誰に対しても普通でいてくれるとこ」


「は、はあ……」


「でもさー、あんなことまでしといて『火伏さん』はないっしょー」


 コハルは、にま〜っと悪戯っぽく笑い、俺の耳元へ口を寄せた。


「私で童貞捨てたくせに、陰キャのまんまじゃん」


 俺とコハルの時間が止まった。


「……こ、コハル。言葉のチョイスが過激すぎないか?」


「えー? だって事実だしー」


「それはアレだよな、こう、一緒にFPSをして、キル数を稼ぎ、殺人童貞を捨てたというような」


「やっだも〜、言わせたい系? 女の子の口から言わせたい系だ? エロだな〜?」


 うりうり、とコハルは肘で小突いてくる。なんだこのエルボーは……少しも痛くない。こんなに心地よい肘鉄砲がありえるのか?


「あ、そうだ!」


 コハルは出し抜けに大声を出した。


「なんすか?」


「今日もヒマでしょ? 放課後、またウチ来なよ」


 人を暇人みたいに……と突っ込むヒマを与えず、コハルは、 


「《《つづき》》しよ」


 核爆弾をブチ落とした。


 《《つづき》》。

 その甘美かつ危険な響きに、俺の理性が警鐘を鳴らす。

 

 ヤバい。


 何がヤバいって、俺が二股をしてしまったということだ。


 ぶっちゃけフユミだけなら何とかなった。

 人様ヒトサマの純情を散らしておいて『覚えてない』だなんて最低だが、責任を取って付き合えば丸く収まったのだ。


 フユミと付き合えるなら万々歳だし。


 だが、コハルにも手を出しているとなると話は別だ。俺は二股をしてしまったことになる。二人の女性に愛を囁く節操なし。浮気性。クズ。カス。俺が最も軽蔑する人種。


 それが今の俺だ。

 このままじゃ殺される。物理的に殺されずとも、社会的に殺される。


 美少女四天王2人を相手に二股を仕掛けた俺は学校中の晒し者となり、ネットに個人情報を公開され、インターネットミームになり、訴えられ、裁判に負け、退学し、少年院にブチ込まれ、デジタルタトゥーのせいで社会復帰できなくなる。


 高校中退性犯罪者人生終了。

 高中性罪こうちゅうせいざい 人終じんしゅうとなるのだ。


 え、終わったんだけど。

 俺の人生終わったんだけどガチで。


 焦りのあまり冷や汗でズブ濡れだ。ワキが冷てえ。緊張感で腹が痛い。下痢の気配がする。


 とりあえず考える時間が欲しい。


「わ、悪い! 俺、急用思い出した!」


 俺はカバンをひっつかみ、席を立った。

 1限目の予鈴が鳴るまであと数分ある。逃げるなら今しかない。


「あ、逃げた! 待てー陰キャ!」


 コハルの楽しげな声を背に、俺は教室を飛び出した。


 目指すは特別棟。文芸部室。

 そこなら、少なくともギャルや陽キャの類は生息していないはずだ。


 ――そこには、もっと厄介な『怪物』が待ち構えているとも知らずに。



───────────────────


ここまで読んでいただいて、ありがとうございます!


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