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第9話 アキハ先輩と朝チュンならぬ昼チュン、フユミのお説教

 七月六日の月曜日。文化祭明けの振替休日。


 俺たち五人は、海沿いのコテージに一泊した。

 眩しい夏日が掃き出し窓の網戸越しにまっすぐ射し込む。


 時刻は昼前。


 フユミの目の前で、俺とアキハ先輩は正座していた。


 白木の板張りの床の上で、正座。


 俺はうつむいていた。

 髪は寝癖でぼさぼさ、シャツのボタンも掛け違えている。目の下にはきっと、重たいクマがあるのだろう。昨日の夜から一睡もしていない。


 アキハ先輩は背筋をスッと伸ばして、手を膝の上に揃えている。いつもの完璧な姿勢に見える。

 が、目の下には、うっすらクマがある。泣き腫らした赤みも残っている。長い黒髪の毛流れは、ほんのわずかに乱れている。


 完璧より少しだけ綻んでいる。


 それが、危うい色香を漂わせていた。


「なんでアキハ先輩の方を見てるわけ?」


 フユミが鋭くそう言った。


「い、いやぁ、あの、すみません」


「『すみません』じゃなくて、理由を聞いてるんだけど?」


 背筋が凍る。

 夏の陽気の割に底冷えするのは潮風のせいじゃない。

 仁王立ちするフユミが、冷たいプレッシャーを放っているからだ。


「そ、その。俺のせいでアキハ先輩を巻き込んでしまって、申し訳ないな、と思って……」


「アンタ、『申し訳ないな』と思ってるとき、さっきみたいなスケベな目で人を見るわけ?」


「す、すみま」


「『すみません』じゃなくて理由を聞いてんの」


「私のせいです」


 アキハ先輩が割り込んだ。いつもの、静かながらもよく通る、澄んだ声だった。


「私の方から誘ったんです」


「いや、アレは──」


「いえ、私が──」


 フユミの咳払いが響く。俺たちは背に鉄串を通したみたいに姿勢を正した。


 フユミが、ゆっくりと口を開く。


「別にね、ふたりっきりになるのが悪いって言ってるんじゃないの」


 声は低く、冷たい。キュートでガーリッシュな顔立ちの何処から、こんなドスの効いた声が出るのか。


 フユミは続ける。


「私もコハルもナツキも、そこに異存はないのよ。『今は二人きりにしてあげよう』って気を利かせたワケ。温泉上がってから、コハルがLINEしたでしょ? 『別室で寝るから、二人でごゆっくり』って」


「え、そうなの?」


「そう、見てなかったワケね」


 アカン墓穴堀った!

 フユミの声が更にワントーン低まった。


 アキハ先輩は、眉間にシワを寄せるフユミを一瞥してから、俺にヒソヒソとささやく。


「ダメですよトーマさん、報連相は小まめにしないと」


 フユミの視線がアキハ先輩を射抜く。


「アキハ先輩には私からLINEを送ったはずですが」


「大変申し訳ございませんでした」


 アキハ先輩が頭を下げて身を縮こめる。こんな姿を見るのは初めてだ。


 フユミは大きくため息をついた。


「別にね、二人でよろしくやってるのはいいのよ。夜通しっていうのも、まあ、仕方ないでしょう。若いし。ただ、私が呼びに行くまで出てこないってのはどういうことなのよ。半日ぶっ続けって、体力どうなってんの?」


「いやあ、そんなそんな」


「ふふ、照れますね」 


「褒めてないわよ!!」


「「すみません」」


 フユミの碧眼が鋭く細められる。金髪を耳にかける所作が、いつもより雑だ。


 怒っているときの癖である。


 そしてフユミは、


「夜更かしはダメよ!」


 ピシャリと言い切った。

 人差し指をすらりと立てて、メトロノームのように振る。これも怒ったときの癖だ。


「トーマは昔から、夜更かしすると風邪引くんだから。そもそもアンタ文化祭で倒れたのよ? それなのにあちこちで好き勝手して……もっと体を大事にしなさい!」


「ご、ごめんなさい……」


「ごめんなさいじゃないでしょうが!」


「気をつけます!」


「ふん、まったく……」


 腕を組み直すフユミの背後、ソファに座ったナツキとコハルが小声で話している。


「フユミさん、お母さんみたいですね」


「実質お母さんなんでしょ。トーマは昔からだらしなかったみたいだし。今もだらしないからね〜」 


「ですね。生活もだらしないし、服装もだらしないし……」


 コハルがナツキの方を向く。ナツキがにやりと笑う。


「「女にもだらしない!!」」


 二人は声を重ねて、キャハキャハと笑い合う。フユミが一瞥する。笑い声が止まり、二人はいそいそと姿勢を正す。


 フユミの青く鋭い視線が、再び俺とアキハ先輩を見下ろす。


「この三日間のアンタの節操の無さについては、もう怒ってもしょーがないから怒らないわよ。私も、その……徹夜させちゃったし。私が言ってるのは、『ペース配分を考えろ』、ってこと。また倒れたりしたら、今度こそ承知しないからね」


「う……すみません」


「それ思った。トーマは自分が病み上がりだって自覚ないよね」


 コハルがうんうんと深く頷いた。プラチナブロンドの毛先が、ソファの背もたれにさらりと揺れる。


「先輩は、抑えが利かないお猿さんですからね」


 ナツキは淡々と同調する。黒曜の瞳を細める。唇の端がほんの少しだけ吊り上がっている。コイツ、俺を馬鹿にしている……! 正論だから言い返せない!!


 フユミが「ほら、もっと言ってやって」と二人をうながした。


 コハルは指折り数えて言う。


「女の敵、沼らせ男、ジゴロ、浮気者」


 ナツキも、細い指で数え上げる。


「女たらし、色魔(しきま)、ヘタレ、むっつり」


 俺は立つ瀬もない……正座してるので当然だが。


「うぅ……おっしゃるとおりです。俺は節操なしの女好きのカスです」


「そうね」


 フユミが当然のようにうなずいた。


「そだね」


 コハルも続く。


「右に同じく」


 ナツキも同意する。


「私もそう思います」


 アキハ先輩もうなずいた。晴れて四面楚歌である。


「はあ、まったく」


 フユミは、またもやタメ息をついた。


「ほーんと、変な男を好きになっちゃったわ。私としたことが……あ」


 フユミは慌てて口を覆う。見る見るうちに赤面する。


「今さら照れなくても……」


 俺が思わずそう言うと、


「いや照れてないけど別に全然」


 フユミは早口で否定した。


「照れてはいますよね」


 ナツキがにやにやしながら指摘する。


「照れてない」


「照れてはいるでしょー?」


 コハルもにやにやしている。


「照れてないっ!」


 フユミの声が、コテージにこだました。



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