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第2話 四天王、全員集合!(後編)


 夕食は、にぎやかだった。


 卓上には、鮮魚店から仕入れた料理が所狭しと並んでいた。刺身の盛り合わせ、鯛の塩焼き、その他もろもろ。海の幸が取りそろえられていた。


「わあ、ちょー豪華!!」


 コハルが目を輝かせた。


「このあたりの漁師さんとは懇意にしていますので」


 アキハ先輩はさらりと言った。


「じゃあ、貝から焼きますか」


 フユミがエプロン姿で袖をまくる。コンロの火加減を確かめて、バターを一欠片だけ落とす。じゅわ、と音がして、バターと醤油の香りが広がった。


「俺、刺身の盛り付けしますよ」


「お願いします」


 アキハ先輩が差し出した皿を受け取った。


 コハルはトウモロコシを焼いていた。時々くるりと回しながら、焦げ目をつけていく。


 ナツキはと言うと、


「私も何か手伝いたいのですが」


「じゃあ、応援してて。すぐできるから」


 コハルに押し返されたナツキは、むっと頬を膨らませる。


「……私も何か手伝いたいのですが!」


「じゃあ、食器出しといてほしいな」


 俺が言うと、ナツキは意気揚々と棚の方へ向かった。


「手を滑らせないようにね」


 フユミが声をかけると、


「みんな私のこと子ども扱いしてますよね」


 ナツキはぷりぷり怒った。


 そうして準備が整った。


「いただきます」


 五人で手を合わせる。


 最初に貝に手を伸ばしたのは、コハルだった。ホタテをひと口かじり、


「んー!!」


 かわいい声を上げた。


「おいし〜〜!! バター醤油のシンプルな味付けが良いですね!!」


「ですね」


 ナツキが静かに同意した。


「刺身も新鮮でいいわね」


 フユミがマグロを箸でつまみながら言った。醤油をちょんとつけて、口に運ぶ。満足げに碧眼を細めた。


「喜んでもらえて何よりです」


 アキハ先輩が微笑む。茶碗が空になっている。この人、食べるのメチャクチャ早いな……。


「あっ、じゃあ俺ご飯よそいますよ」


 俺は炊飯器から茶碗によそって、アキハ先輩の分をよそった。


「ありがとうございます」 


 アキハ先輩が受け取った。


 ふと、アキハ先輩の皿を見ると、刺身と焼き貝と鯛の塩焼きだけが山になっていた。野菜系の副菜には一切手が伸びていない。


「アキハ先輩」


 フユミが静かに呼んだ。


「なんでしょう」


「野菜も食べないと体に悪いですよ」


「私は無敵なので大丈夫です」


 澄まし顔の即答だった。


「無敵って何ですか」


「無敵です」


 フユミはため息をついて、ゴーヤの白和えをアキハ先輩の皿の端にそっと乗せた。アキハ先輩は一瞬だけ白和えを見て、それから黙って口に運んだ。


「……野菜嫌いというわけではないんですよ。私は好き嫌いしませんから。ただ、お魚とお肉が、好きなだけで……」


「はいはい」


 フユミは小さく嘆息してから、自分の箸を動かした。


 一方、コハルはナツキの方へ枝豆の皿を押しやる。


「ナツキちゃん、枝豆食べてる? タンパク質は体つくりにいいよ」


「食べています」


「お味噌汁は?」


「飲んでいます」


「えらいね〜」


「……子ども扱いしないでください」


 ナツキはむっとしたが、コハルはケラケラ笑うだけだった。


「ナツキ、ナスの揚げびたしも」


 フユミがナツキの皿にナスを取り分けた。


「……ありがとうございます」


 ナツキは素直に受け取った。


「ナッちゃん、ひじきも食べなよ〜」


「わかりました」


「トウモロコシは?」


「あ、少しください」


 アキハ先輩が焼きトウモロコシを渡した。ナツキの皿がみるみる賑やかになっていく。当のナツキは料理の味に夢中なのか、気づけば黙々と食べていた。


「……おいしいね、これ」


 俺は手元の茶碗蒸しを食べながら、そう言った。


「どれが?」


 フユミが横目で見てきた。


「どれもおいしいよ」


 俺が答えると、フユミは少しだけ鼻を鳴らす。


「雑食だもんね、アンタ。手当たり次第に手を付けちゃって。ねぇ?」


 フユミの言葉には含みがある。碧眼がギラッと光る。小首をかしげた勢いで、金髪のツインテールが肩からさらりと滑り落ちる。


「い゙っ、いやぁ、あの……」


 俺は他の三人に、視線でSOSを送る。しかし、四面楚歌ならぬ三面楚歌だ。コハルとナツキが何かを囁き合って、くすくす笑っている。アキハ先輩はいつの間にか、ゴーヤの白和えをおかわりしている。


 逃げ場は無い。


 フユミに視線を戻すと、黙々と刺身を食べていた。


 俺もそれに倣い、食事に集中した。





 食後、俺たち五人は自然にデッキへ出た。


 七月初旬、午後七時を過ぎても、未だ日は落ちきらない。

 西の水平線が、薄藍色に滲んでいる。東の空は、より深い色に染まっている。濃紺の宵闇(よいやみ)に一番星がぽつりと輝いていた。


 海風が吹く。潮の匂いが濃かった。

 デッキの床板が昼間の熱気を溜め込んでいるのか、足裏へ温もりを伝えてくる。


 でも海風は、少しだけ涼しい。


 波は寄せては返し、返しては寄せる。砕ける波飛沫の白さだけが、暗くなる海で目立っている。波音は低く、規則正しく繰り返す。静寂が際立つ。


 誰も、何も言わなかった。


 フユミは手すりにもたれて、一番星を見上げていた。


 コハルは、潮風に揺られる髪を押さえていた。

 ナツキは海を眺めているようだった。


 アキハ先輩は目を細めて、俺を見て微笑んだ。


 四人とも、それぞれの表情をしていた。


 今、伝えたいことがある。


「……あのさ、」


 振り向いて、四人を見る。四人も、俺を見る。


 波の音だけが響いていた。


「……俺、ずっと一緒にいたい。五人で、ずっと」


 誰も何も言わなかった。


 波の音だけが、ずっと響いていた。


 フユミが最初に口を開いた。


「何を今さら」


 声には呆れが混じっていた。


「カッコつけるねぇ」


 コハルが眉尻を下げて笑った。


「皆そのつもりでしょう、もう」


 ナツキが淡々と呟いた。


「ふふ、計画成功ですね」


 アキハ先輩は両手を合わせて、心底幸せそうに、天使みたいに笑った。


 『五人で一緒がいい』なんて。


 告白としては無茶苦茶で情けない。

 そもそも人として、許されないのかもしれない。


 でも、これが俺の全部だった。


 波が来ては返す。夜の海は、ひどく静かだった。




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