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第42話 水着のアキハ先輩と海、そして……


「トーマさん! ナマコですよ、ナマコ!」


 アキハ先輩が波打ち際から駆け寄ってきた。


 右手に掲げているのは、ナマコ。ぬらぬら光る黒褐色。


「おお……」


 俺は少し後ずさった。


 俺たちは水着に着替え、海で遊んでいた。


 アキハ先輩の水着は、競泳用のブランドものだった。ノースリーブのワンピースタイプ。濃紺を基調として、デコルテからヘソのあたりまでジッパーが伸びている。


 セクシーでクールで、カッコよくて大人っぽい。


 そんな装いのアキハ先輩は今、ノリノリでナマコを掲げている。


「ぷにぷにしてますよ!」


 外見と振る舞いのギャップが凄い。さっきのしっとりした雰囲気との落差も凄い。高低差で気分が変になりそうだ。


 気を取り直し、俺は問う。


「これ、食べられるんでしたっけ」


「食べられますよ。関東の沿岸では夏が旬です。酢のもので食べるのが一般的ですが、『このわた』や『くちこ』も美味しいですよ」


 アキハ先輩はナマコを手放した。


「さすが。アキハ先輩はほんと、なんでも知ってますよね」


「なんでもは知りませんよ、知ってることだけです」


 どこかで聞いたような台詞を引用してから、アキハ先輩は胸を張る。腰に手を当てて背を反らすその仕草は、少しナツキに似ていた。


 まったくの余談だが、俺は今、水着を着ている。着替えを持ってきたわけではない。アキハ先輩から貰ったものだ。ジャストサイズだった。


 なんで俺の水着を用意してあるんですか?


 と思ったが、俺は考えるのをやめた。考えたら負けだ。アキハ先輩はすべてを用意している。それだけのことだ。


 思考停止した俺の手を取り、アキハ先輩は水平線を指差す。


「もっと沖まで行きましょう!」


 ナマコを戻したアキハ先輩が、また海へ向かって駆け出した。


 ポニーテールがぴょこぴょこ揺れている。白い素足が、波しぶきを蹴散らしていく。


「楽しいですね!」


「ええ、楽しいです。ホントに」


 俺はアキハ先輩が楽しそうにしていると、俺まで楽しくなる。


 ざぶん、と波を踏んで、俺もアキハ先輩の後を追う。潮風が吹く。


「肌寒くなってきましたねー」


 アキハ先輩は棒読みでそう言って、俺の腕にするりとしがみついた。ひんやりとした肌が、俺の上腕に密着する。柔らかな重みが伝わってくる。


 アキハ先輩は澄まし顔で俺をじっと見つめる。無性に照れくさくなった俺は、たまらず目を逸らした。


「ふふん」


 アキハ先輩は勝ち誇るように小鼻を鳴らした。照れたら負け、という意識があるようだ。


「これで引き分けですね」


 どっちが何勝何敗なんだ、と思ったが聞かなかった。アキハ先輩は深呼吸して、ぽつりと呟いた。


「結局、約束を果たせませんでしたね」


「約束?」


「『迎えに来てください』と言ったのに」


 アキハ先輩の目に、少し自嘲的な色が(よぎ)った。


「私から迎えに行ってしまいました」


「う……すみません、俺、自分から行くつもりだったのに、一歩遅くて」


「いいんです。私が居ても立ってもいられず、あなたに会いに来たのですから。それより、私は──」


 アキハ先輩は、少し間を置いた。


 波が来て、返した。


「私はあなたに、『世界一嫌いだと言ってください』と言ったのに。それだけのことをしたのに、あなたは、私に、す……す、好きだと……」


 語尾は波音にかき消される。


「……言ってくれて……」


 アキハ先輩の耳が、またじわじわと薔薇色に染まっていく。潮風が頬を撫でた。(おく)れ毛がさわさわと揺れた。


「なんで、そこで照れるんですか」


「照れますよっ」


 アキハ先輩は潤んだ瞳で俺を睨んだ。


「普通、好きな人から好きだと言ってもらえたら照れますよ! 普通の反応です! おかしくありません!」


「それは……そうですね」


 俺はアキハ先輩から目を逸らし、少しだけうつむいた。


「どうかしましたか?」


 アキハ先輩が俺の顔を覗き込んだ。


「い、いやあ、なんか……ストレートに好意をぶつけられると、照れちゃうっていうか……」


「ど、どの口で言ってるんですか……!」


「よくよく考えたら、さっき俺も、恥ずかしいこと言ったなぁ、なんて……」


「なんですかもう、今さら冷静にならないでください──!」


 炎天下、海風を受けて頭が冷えて。

 冷たい海水の中、恥ずかしさと愛おしさで頭が茹だる。


 海面は陽光を跳ね返して、きらきら輝いている。水平線には積乱雲が立ち上る。


「……そろそろ上がります?」


 アキハ先輩が言った。


「そうですね」


 俺たちは砂浜へ戻った。



「お次をどうぞ」


 コテージのシャワールームの前で、着替え終わったアキハ先輩がそう言った。ポニーテールを解いて、いつものストレートロングに戻っている。普段通りのアキハ先輩だ。少し頬が赤らんでいるのは、陽射しのせいだけじゃなさそうだが。


 俺は小さく頭を下げる。


「失礼します」


 俺はシャワーを浴びて、手早く着替えた。ジャストサイズの水着を提供してくれるアキハ先輩は、当然、着替えも用意していた。


 俺はもう驚かない。アキハ先輩が俺に合う服を一年分持ってても驚かない。もう何があっても驚かない。


 そう心に決めつつ着替えた。


「お待たせしました」


 コテージの扉を開ける。


「お帰りなさい」


 アキハ先輩が微笑んで言う。


 その隣には、フユミがいた。コハルもいた。ナツキもいた。


 四人でスイカを食べていた。


「遅かったわね」


 フユミは当たり前のようにそう言い、手に取ったスイカを一口かじった。


「トーマ、こっちこっち〜!」


 コハルが手招きしていた。


「先輩、スイカに塩かけます? 岩塩と海塩がありますよ」


 ナツキがソルトミルをしゃかしゃか振った。


 俺はと言うと、


「お、おおお……」


 予想だにしなかった全員集合に、空いた口がふさがらなかった。



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