第11話 俺と幼なじみのフユミと、会長。自宅でデート。
自宅前に鎮座する黒塗りの高級車。
車種はセンチュリーか、はたまたマイバッハか。
なんにせよ、庶民の住宅街には似つかわしくないプレッシャーを放っている。
「……なによ、アレ」
隣でフユミが警戒心を剥き出しにして睨みつけた。
まるで縄張りを荒らされたネコのようだ。こころなしか金髪が逆立っている気がする。
後部座席のドアが、音もなく開く。
最初に現れたのは、磨き上げられた革靴。
続いて、スラリと伸びる脚。
優雅に降り立ったのは、七曜学園の絶対権力者にして美少女四天王の一角、木南 秋葉先輩だった。
「ごきげんよう、日村さん。それに、月澄さんも」
木南先輩は優雅に微笑んだ。
夕闇の中でも輝くような美貌。制服姿のはずなのに、なぜかイブニングドレスを着ているかのような気品がある。
「木南……先輩……ッ!」
フユミが俺を背中に隠すように一歩前へ出る。
「《《うちの》》幼なじみがいつもお世話になっております。なにか、ご迷惑があったでしょうか?」
おだやかな笑み、上品な声色、丁寧な言葉。
しかし、初手で独占欲をにじませている。対する木南先輩は一歩も引かず、むしろ身を乗り出した。
「とんでもない。ただ、伝えるために伺ったのです。《《私の》》日村さんへの感謝を」
《《私の》》が何を修飾しているのかは曖昧だ。とんだ読解問題もあったもんだ。
フユミと木南先輩の距離がじりじりと縮まっていく。気がする。
周囲の空気が、ぐにゃ〜と歪んでいく。どこの格闘漫画だよ。
とにかくこのままじゃヤバい!
動こうとした俺を一瞥した木南先輩は、車に視線を移す。運転手とアイコンタクトを取ったらしい。
運転席から降りてきたのは、執事服を着たムッキムキの老婆だった。なにこの人、ツボネ? 木南先輩のスタンド? なんにせよバトル漫画の住人だろ。世界観間違えてますよ。
木南先輩はヘソの辺りで手を組み、深く頭を下げる。
「突然の訪問について、非礼を詫びます」
教科書通りの謝罪の所作に、俺もフユミも言葉を失う。
木南先輩はたたずまいを正し、老婆から桐箱を受け取る。
「これは、せめてもの気持ちです」
そして、桐箱を開けた。
「マスクメロンです。好物だとお聞きしたので」
マスクメロン。
その単語の響きに、フユミの眉がピクリと動いた。
俺の生活レベルでは贈答用メロンなど都市伝説上の存在だ。
そして何より、メロンは俺の大好物である。しかしそれを知る者は少ない。好きすぎるがゆえに、特別な日にしか食べないようにしているからだ。
知っているのは、俺の親を除けばフユミくらいのはずだ。
どうやって調べたんだよこの人……。
畏怖の視線を向けてみるが、木南先輩はたおやかに微笑むのみだ。
「少し、お話をさせていただいてもよろしいですか? 生徒会の案件で、日村さんに確認事項があるのです。もちろん、月澄さんにも同席していただけたら嬉しいです。月澄さんとは前々から話してみたいと思っていたので」
木南先輩は完璧な笑顔で、外堀を埋めてくる。
公的な理由(生徒会)、手土産、そしてフユミへの配慮(同席要請)。
断る理由に欠けている。
「あら、木南先輩にそう言ってもらえるなんて、光栄です。ふふふ……」
フユミは笑うフリをして手で口元を隠し、俺にだけ聞こえる声量で「ぐぬぬ」と唸り、俺を振り返った。
「……トーマはどうしたいの?」
「あ、ああ、俺は、」
「では決まりですね。お邪魔いたします」
木南先輩は許可を得たと解釈し、優雅に門をくぐった。
その背中は、『拒否権など最初から与えていない』と語っていた。
フユミは無言で後に続く。
その背中は、『アンタが頼りないからこんなことになってんのよ』と語っていた。
俺も無言で後に続く。その背中は……俺に語れることなど何もない。
◆◆◆
見慣れた我が家のリビングには、異様な光景が広がっていた。
俺、フユミ、そして木南先輩。
三人で食卓を囲んでいる。
「……いただきます」
「召し上がれ」
フユミが母親のような口調で促す。
木南先輩は「いただきます」と手を合わせ、ナイフとフォークでハンバーグを切り分けた。所作のひとつひとつが美しい。ウチの安いカトラリーが銀食器に見えてくる。
「……美味しい」
一口食べた木南先輩が、目を丸くした。
「お肉の焼き加減が絶妙です。それに、このソース……デミグラスの隠し味に赤味噌を使っているのですか? コクがあって、より白米に合いますね」
「あら、わかっていただけますか? やっぱり舌が肥えてらっしゃるんですね」
料理を褒められ、フユミの表情が少しだけ緩んだ。料理には一家言あるのだ。
「月澄さんは家庭的ですね。日村さんが胃袋を掴まれるのもわかります」
「べ、別に掴んでなんていませんよ! トーマが勝手に餌付いてるだけで!」
「そうですか? そういうこともありますかね」
会話は弾んでいる……ように見える。
だが、俺は気が気じゃなかった。
これは『冷戦』だ。
木南先輩は一見フレンドリーだが、その瞳は常に冷徹に、フユミと俺の関係性を観察している。
一方のフユミも、いつ噛みつこうかと牙を研いでいる気配がする。
せっかくの手作りハンバーグの味に集中できない。ごめんフユミ。俺は必死に咀嚼し、胃に流し込んでいく。
食後。
マスクメロンも美味しくいただいた後、なぜか三人でテレビゲームをすることになった。
俺の部屋にあった対戦格闘ゲームだ。
「凝を怠りましたね」
「くっ、不覚……」
意外にも木南先輩はゲーマーだった。
フユミと互角以上に渡り合い、画面内では激しい攻防が繰り広げられている。俺は既に全ての残機を失った。
俺の精神の残機も限界が近い。
この気化爆薬で満たされた空気に耐えられない。いつ火がつくか分からない以上、一旦、場をリセットしたい。
「木南先輩、次はアイテムなし終点でやりませんか?」
「奇遇ですね月澄さん。私も同じことを考えていました」
熾烈に打ち合いながら再戦の約束を取り付ける二人に対し、
「あー、ちょっと待って」
意を決した俺は水を差す。
「そろそろいい時間だし、フユミ、先に風呂入ってきなよ」
その瞬間。
ピタッ、とフユミの指が止まる。
画面の中でフユミのキャラが必殺技を食らい、画面外へKOされる。
「ふ、風呂……?」
フユミがバッと俺を見た。
顔が真っ赤だ。
「そ、そんな、木南先輩がいるのに……」
エグい誤解を招いてしまった。
「待ってくれフユミ、俺は」
「わ、わかったわ! すぐに入る! つまさきから耳の裏まで念入りに洗うから!」
フユミは叫ぶや否や、着替えをひっつかんで脱衣所へとダッシュした。
バタム! と勢いよくドアが閉まる。
……困ったことになった。
木南先輩は無言でくすくす笑っている。
困ったことになった!!




