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【常世の君の物語】No.14:異朱 ~室町時代の摂津国、異朱という名の少年の物語~  作者: 百字八重のブログ


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第八話:旅立ち

連判状を手にして忍の里に帰還した異朱を、洞耶一同は「よくぞ戻った」と笑顔をみせないままではあったが、ねぎらってくれた。


その晩、異朱は洞耶の――歌丸の――家で床を借りることになった。

空蝉と良太は既に寝所で寝息を立てており、起きているのは興奮して寝付けない異朱と、それを見守る洞耶だけであった。

縁側に出ると、冷え冷えとした月明りがあたりを照らしていた。


「洞耶さん、俺を弟子にしてくれねぇか」

異朱はそう言い、洞耶を振り仰いだ。

洞耶の表情は影になって異朱には分からない。

「忍になるということは、今の暮らしを捨てるということだぞ。それに常に命の危険がつきまとう。それでもいいのか」

最後は異朱の身を案じるようなその物言いに、普段は能面のような洞耶の、人間の一部を垣間見た気がした。

「ああ、かまわない」

異朱は洞耶の目をまっすぐにとらえて答えた。

「そうか。では明日、旅立つ準備をしてこい。この地での任務は終わった。ここに里を築いてもう長い。そろそろ移動せねばならぬ。会いたい者にも会っておくがいい」

「分かった」

すぐにおばあの顔が浮かんだ。

一気に切なくなる。

「ではもう布団に入れ。寝られるうちに寝ておくのも仕事のうちだ」

そう言うと洞耶は先に家の中に入ってしまった。

ひとり庭に残された異朱は、「そうはいっても今日ばかりは寝るに寝られねぇよ」とこぼすのだった。


翌日、忍の里を一旦出た異朱は、まずおばあに別れの挨拶をしに向かった。

話を聞くとおばあは怒るでもなく、「そうかい。達者でなぁ」と言っていつものように異朱を見送った。

その後、おばあがどうなったのかはついぞ知れない。


異朱はその足で町の市へと向かった。

大通りを進み慈念寺の方へと歩いてゆく。

慈念寺の門前へとたどり着き、異朱は目当ての人を探した。

いや、人ではない、正しくは化け猫である。

たしかテンという名前もあったはずだ。

結局眠れなかった異朱は、薄らいできた昨夜の興奮をぼんやりとした頭で思い出していた。

と、その時、異朱の頭にかたいものが当たった。

「あの店ならねぇぞ」

そう拳を振り上げて言うのは、以前も異朱の頭を殴ってきた、あのだみ声の元太であった。

「店がないとはどういうことだ」

異朱は元太に殴られたことより、そっちの方が気になった。

「今朝片付けているのを見たぞ。この町を去るんだろうぜ。それより――」

元太は頭をさする異朱をにらみつけて続けた。

「俺の座を仕切っている領主様がやられてよ。寺に族が入ったらしい。お前、何か知らねえか」

異朱の全身が一瞬でかたくなる。

「知るわけねぇよなぁ。ったく、勘弁してくれよなぁ」

そうぼやきながら、元太は人込みの方へと消えていった。


ざまぁみろ。そのままくたばっちまえ。

元太が見えなくなったのを確認してから異朱は頭にやっていた手を降ろし、その顔に薄く笑みをたたえた。

すると「あの男はお前の家族か何かか?」と背後から声をかけられた。

異朱は思わずその場で小さく飛び上がった。

「わ、洞耶さん、つけてきてたの?」

異朱の問には答えずに、洞耶は「別れは済んだのか?」と尋ねた。

「家族じゃないよ。でもあいつの顔を見れてよかったよ。あの悔しそうな顔ったら」

そう言って異朱は満足した顔を洞耶に向けた。

その後、二人の姿を見た者はいない。


ほどなくして、摂津国一帯の座を介して、大きな商いを成功させた二人の若者の噂が世に広まることとなる。

その噂は国を越え、きっと懐かしい響きをもって成長した異朱の耳へと届くのであった。


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