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あなたの声は想いを奏で、私のペンは希望を紡ぐ ~社交界を追放された令嬢が常勝将軍の最愛になるまで~  作者: 碓氷シモン
第二章

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第26話 白いスミレ

「ロバート様が、望んでおられない……とは?」

「ああ。貴女にこんなことを話して良いものか迷うところだが……実は最近、私は目が見えなくなった今のほうが、以前より幸せなのではないかと思う時がある」

「まあ、それは」

「おかしいだろう? 自分でも不思議だ。あれほど絶望していたというのに、ふとした瞬間にそう思ってしまう自分がいる。あ、貴女も含め、皆が私を気遣い、視力を取り戻せるよう尽力してくれていることはよく分かっているから、そこは誤解しないで欲しい」

「もちろんですわ」


 ジュリエットが頷くと、ロバートは一語一語、噛みしめるように言葉を続けた。


「確かに、以前と比べて今の生活は不便なことが多い。何をするにも誰かの手助けが必要だし、昼も夜も関係なく暗闇の中にいると、自分の不甲斐なさが情けなくて、不安と苛立ちで胸が押しつぶされそうになる。……だが、そんな日々だからこそ、気づけたことがある。人間は一人では生きていけないのだ、ということにね。それを気づかせてくれたのはジュリエット嬢、貴女だ」

「わたくしは何もしておりません。そんな分不相応なことを仰らないで下さいまし」


「何を言う!」


 突然、ロバートが強い口調でジュリエットの言葉を否定した。だがすぐにはっとして冷静さを取り戻すと、半分独り言のように呟いた。


「失礼。貴女は謙遜するかもしれないが、私は本当にそう思っている。貴女の思いやりに満ちた凛とした言葉が、ささくれて固まった私の心を解き放ち、もう一度、光を取り戻そうと思わせてくれたのだ。そして、貴方が書く手紙の一語一句が、私を外の世界へ繋げる橋渡しとなってくれる。そう、まるで貴女のペンが、希望を紡ぎ出すかのように」

「ロバート様、買い被りすぎですわ。わたくしはただの代筆係に過ぎません。わたくしが書けるのは、ロバート様が溢れ出る想いをまっすぐに口に出して伝えて下さるからこそです」

「ただの代筆係、か。……そうだったな」


 ただの代筆係。自分でも認めたくはなかった。だが、ロバートとジュリエットを結び付けているのは、それだけであることも事実だ。ジュリエットは自分自身に言い聞かせるように、感情を抑えようとつとめながらその言葉を引き取った。


「ええ。いずれわたくしは用済みになって、ここから去る者です」

「ならば、私の目が治らなければ、貴女はずっと私の元にいてくれるのか? 私は……その日が来るのが怖いのだ。貴女がここからいなくなる時が来るのが。その時、私は以前の私に戻れるのだろうか。何事もなかったかのように、貴女を忘れて……」

「それ以上仰ってはいけません、ロバート様。確かにロバート様がお怪我をなさらなかったら、わたくし達が出会うことはなかったでしょう。それに関してはわたくしも人のえにしに感謝しておりますわ。感謝という言葉が適当かどうかは自信がございませんけれど。……でも、わたくしとロバート様の関係は、それだけのものです。ロバート様には待っておられる方がいらっしゃるではありませんか。一日も早くご回復なさって、セシリア様と再びお会いになって、離れ離れだった時間を取り戻して頂かなければ。わたくし、その日が来ることを心から願っておりますの。……セシリア様も同じお気持ちでいらっしゃることでしょう」


 セシリアという名を口にする時に、一瞬、声が震えそうになったが、何とか平静を保つことはできた。だがロバートはその名を聞いて頬を紅潮させるかと思いきや、どこか達観したようなかすかな笑みを浮かべながらこう言った。


「セシリア、か……。あれも考えてみたら不思議な話だ。それまで何度ダリルから手紙を送ってもなしのつぶてだったのに、貴女が私の代書係になってくれた途端、あのように私を気遣う返事をくれるとは」

「……っ!」


 ジュリエットの喉が、ひゅっと音を立てた。だがちょうどその時、強い風にあおられて木立がざあっと音を立てたので、その音にかき消されてロバートに聞こえなかったのは幸いだった。


「で、でもロバート様は以前からセシリア様とお手紙のやり取りをなさっておられたのでしょう? それにちょうどわたくしの代筆でお手紙を差し上げる少し前まで、セシリア様は病にふせっておられたと伺っておりますから、たまたま色々なことが重なっただけではございませんこと?」

「まあ、確かにそうだ。巡り合わせが悪かったと言えば道理は通る。だが、なんというか……手紙の内容が、それまでセシリアがよこしたものとはどこか違うのだよ」

「内容……」

「ああ」


 頷くロバートの表情は、闇に紛れてよく見えない。ジュリエットの鼓動が激しくなり、爪先がすっと冷えるのが分かる。内容、というのはどういうことだろう。ロバートの洞察力の鋭さは、やはり只者ではないということだろうか。あの手紙を書いたのが名門侯爵令嬢セシリアではなく、社交界から逃げ出した貧乏子爵令嬢ジュリエットだということを、ロバートに気づかれてしまっていたら、全てがお終いだ。ジュリエットは両手の爪が掌に食い込むほど拳を握り締めて、ロバートの言葉を待った。


「以前のセシリアの手紙は、まるで透明な水晶で作られた針のように硬質で鮮烈で、どこまでも誇り高く美しく、良くも悪くもブラウニング侯爵令嬢の名に相応しいものだった。私は時にその冷たさに翻弄されながらも、彼女の高貴な足元に跪かずにはいられなかった。だが、最近の手紙はどこか違う。親しみやすく、どこか慎ましく暖かで……。この前もそうだったが、散歩の途中で白いスミレを見つけただなんて、まるでセシリアらしからぬ言葉だ。いや、それはそれで微笑ましくもあるのだが、やはりあれはセシリアが書いたというよりは、何というか、むしろ貴女のような女性の……」


 さっきよりも遥かに大きく喉がひゅっと音を立てそうになって、ジュリエットは咄嗟に顔を横に向け、咳をするふりをして誤魔化した。ロバートが心配そうな様子でこちらに視線を向けているのが分かるが、今はそれより、なんとかしてこの場を切り抜けなければ。



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