桜、舞う
「お、おい。ネクタイ曲がってないか?っつーか、やっぱこの柄じゃない方がよかったんじゃねーか?」
車のミラーに首元を映しながら、ソワソワと落ち着かない谷崎。
そんな谷崎の様子がおかしくて、私はプププと吹き出した。
「あ、おいっ。なに笑ってんだよ」
「だって、店長ってば珍しく緊張してるんだもん。
なんかウケるー」
「スーツだろっ。そして緊張するだろっ!これからおまえの親父さんに挨拶にしに行くんだぞ!娘を手離す父親の心境も考えてみろ。きっと今頃あぐらかいて腕組みして厳しい顔で待ってるぞ。ヤバイな」
額の汗を拭う谷崎。
「汗かいてるー。おもしろ過ぎるよ、店長」
私は我慢できずにゲラゲラ大笑い。
「笑いごとじゃないぞ、春姫。っつーか。『店長』じゃなくて『竜』でいいって言ってるだろうが」
ドキン。
「そ、そうだけど……。なんか照れくさくて」
私がてへへと頭をかいてる横で、まだ額の汗を拭っている谷崎。
プププ。
やっぱりおもしろ過ぎる。
「ククククク」
「だから、おまえ笑い過ぎだ。オレの身にもなってみろ。こんなに緊張するのなんてなかなかないぞ?なんつーか、かつてない緊張感だ。ーーーいや。まぁしかし、オレも男だ。バシッと決めよう。おまえを嫁にもらいになっ」
谷崎が笑顔で言った。
満開の桜が咲き誇る、春ーーーーー。
プロポーズをされた、あの初めてのクリスマスから1年が過ぎ、2回目のクリスマスも2人で過ごし。
そして今、再び桜の季節を迎えた。
そんな中。
私と谷崎は、両家の親から正式な結婚の承諾をいただくために、私の実家、谷崎の実家という順番で2人で挨拶しに行くことが決まったんだ。
まずはウチから。
それが、今日ーーーーーー。
これから谷崎の車で私の実家へ向かうところ。
本日の主役と言っても過言ではない谷崎はというと。
思いのほかに緊張マックスで、私はずっと大笑い。
でも、そんな谷崎の姿が私はすごく嬉しかった。
春の姫ーーーーー。
こんな私だけど、実は桜舞う春に生まれた女の子。
そして、そんな私の誕生日に籍を入れようと提案してくれた谷崎。
その谷崎は……このあと、汗をかきながら、緊張をひた隠しながら、結婚の許しを得るために私のお父さんに頭を下げてくれるんだよね。
今は笑ってる私だけど、その光景を想像するとこちらまで手に汗握る緊張だ。
そして、そんな風に一生懸命お願いしてくれる谷崎に『ありがとう』の気持ちでいっぱいだよ。
なんか、まだ夢を見ているような気分。
私と谷崎、結婚ーーーーーーするんだ。
私は、そっと谷崎の横顔を見た。
好き。
すごく、好きーーーーーーー。
谷崎に出会えた奇跡に、ホントに感謝している。
神様、ありがとう。
「よし、行くぞっ!」
ブォォォンーーー。
気合いを入れてエンジンをかける谷崎。
車が動き出す。
ゆっくりハンドルを切ろとする谷崎の手に、私はそっと自分の手を置いた。
「店長。実家に行く前に、私どうしても行きたいところがあるんだ」
「え?」
谷崎が静かにブレーキをかけた。
「行きたいとこ?」
「ーーーうん。どうしても行きたいんだ。店長、連れって行って」
「いいけど。どこ?」
不思議そうに聞く谷崎に、私は静かにほほ笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カサ……。
私は、胸に抱いていた小さな花束をそっと置いた。
そして静かに手を合わせて、そっと目を閉じた。
「ーーー春姫の行きたいところって。楓のとこだったんだな……」
私は静かに目を開けて隣の谷崎に笑いかけた。
「連れて来てくれてありがとう。私……店長との結婚が決まる前に、どうしてもここに来たかったんだ。
どうしても、楓さんに会いたかったんだ……」
私はそっと楓さんのお墓を見つめた。
「春姫……。ありがとな。きっと楓も喜んでるよ」
谷崎が静かに空を見上げた。
澄み切った青空。
淡いピンクの桜の木々が、心地よい春風に吹かれて優しく揺れている。
「ーーーきっと、あの空を……風になって、自由に舞ってるんだろうな」
「……そうだね」
私達は、笑顔で静かにうなずいた。
その時だった。
サァ・・・ーーーーーーーーーー。
優しい春風が、一瞬強く吹いたんだ。
その瞬間。
「うわ……」
私と谷崎は、目を奪われた。
そこには。
満開の桜の花びらが、まるで雪のようにハラハラと舞い降りる幻想的な光景が広がっていたんだ。
「すごい……綺麗……」
「ああ……」
私と谷崎は。
その美しい光景に、ただただ見とれていた。
それはまるで魔法みたいで。
そしてそれはまるで……フラワーシャワーのようで。
私達の結婚を祝福してくれているかのようで。
私は、胸がいっぱいになったんだ。
楓、さん……?
私は、心の中で静かに呼びかけた。
楓さんーーーーー。
きっとこの花びらはあなたが降らせてくれたんだね。
ありがとうーーーーーーー。
私は、そっと静かに目を閉じた。




